第6話 最後の責任
「後悔する。ということは、その、第二騎士団は……」
「俺が盗賊団を討伐して王都に戻った時には、第二騎士団は壊滅していた。生き残った騎士は約半数、そしてサダルは……ハイスケルトンジェネラルにその姿を変え、今もこの森のダンジョンに囚われている」
「「!!」」
そう。ベータテスターを蹂躙し、ついぞ討伐することが叶わなかったあのアンデッドには、実はこんなストーリーが用意されていたのだ。
当時はただダンジョンの強敵に挑みたくて、フレンド達とあれやこれやと試行錯誤するのが楽しくて挑んでいた森のダンジョン。当時このストーリーを知っていたら、皆あれ以上に躍起になっていたかもしれない。
「その後俺はすぐに騎士団を辞めた。民を守るべき立場にある騎士が、民である騎士の命よりも人気取りを優先したんだ。あんな組織に居続けていれば、そのうち俺まで腐ってしまっただろうからな……いや、既に腐っていたのだろう」
上司の言葉など無視して、俺がアンデッドの討伐に行けばよかったのだ。
そうすれば、何事もなく日常を続いた。サダルは死なずに済み、いつか二人とも団長の椅子に座って……騎士の在り方は、大きく変わっていたかもしれない。
「それからはこの森に住み、時折ダンジョンから溢れるアンデッドを退治している。ダンジョンに行ったことは?」
「……少しだけ。今の私達じゃレベル不足だったから入口付近を軽く探索しただけよ」
「実はあの入口に、魔物の出入りに反応する探知機を設置していてな。反応があれば、すぐに向かうようにしている」
あの後、騎士団の方も何度か対処に向かったようだが……結果は火に油を注ぐようなもので、騎士をアンデッドにされ、敵勢力を増やすだけになってしまった。
結局一般の立ち入りを制限され、ここは人の立ち寄らない森と化している。どうやら異界の民、つまりプレイヤーは自由に出入りが出来るようだが。
プレイヤーは死んでもアンデッドに変えられることはないので、国としても放置するつもりなのかもしれない。
「貴方は良いのね?」
「向こうも快くは思っていないだろう。だが俺相手に力づくでどうこう出来る手合いは、もうあの国には残っていない」
それに、本来は騎士の仕事であるアンデッドの対処を俺が行っているので、あまり強くは言えないのだろう。【剣聖】はアンデッドに有効なスキルが多い。もし俺がまだ騎士団にいたとしても、恐らく仕事場はこの森だっただろうな。
「その、サダルさんを直接倒してしまおうとは考えなかったのですか?ハイスケルトンジェネラルと言えば、あのダンジョンのボスモンスターだったはずです。確かに強力ですが、ハイトさんなら……」
「ちょっとサフィ、それは」
「……いや、いい。確かに俺ならば、少し無理をすれば単独で討伐もできるだろう……それは分かっているのだ」
無意識のうちに拳に力を入れながら、感情が昂るのを感じる。どれだけ抑えつけようとしても、その昂りが漏れ出すことを止めることはできない。
「俺なら、アイツを苦しみから救ってやれる。そんなことは分かっている!だが……できない。俺には、できない……!」
このゲームの主人公はプレイヤーだ。だからこそ、ダンジョンのボスを討伐させないための、NPCとして生まれ落ちてしまったが故の制約、そう片づけることもできる。
だが実際に当事者となった俺には、それ以上の意味があるようにしか思えなかった。
「……なるほど、ハイトさんの事情は理解しました。正直に言って、私達はあなたに対して心を痛めることはできますが、共感することはできません。私達が生活する、あなたたちが異界と呼ぶ世界は、とても平和な世界です。私はまだ、大切な人を失った経験はありませんから」
それはそうだろう。時折物騒なことも起こるが、それでもこちらの世界に比べれば平和なものだ。
「ですが、これだけは分かります。ハイトさん、このままあのダンジョンから、サダルさんから目を背けていれば、その胸に燻ぶる後悔の念が消えることはありませんよ」
「……それは」
「それはあなた自身が一番理解しているはずです。あなたは一生、その後悔を背負いながら生きていくつもりですか?そして何より、サダルさんがそれを望んでいると思いますか?」
真剣な表情で俺の目を真っ直ぐに訴えかけるサフィリア。その瞳を見た俺は、ずっと彼女に対して抱いていた違和感の正体が分かった。
対等なんだ。彼女はNPCである俺のことを、あくまで一人の人間として認識し、接している。
「……ではどうしろと?やはり騎士団に戻れとでも言うつもりか?」
「他者の協力を得るという意味では惜しいですが……ハイトさんが頼るべきはずばり、私達です!」
「は?」
「ちょ、サフィ!?」
「まぁまぁ二人とも、まずは話を聞いてください。ハイトさんはご存知ないと思いますが、実は3日後、異界の民が合同でパーティーを組み、あのダンジョンを攻略しようと目論んでいます」
「……ほう」
ベータ時の進捗を考えればむしろ遅いくらいだが、それだけ万全を機しているということかもしれない。
「私達も参加したかったのですが、ステータス不足を理由に断られてしまいました。私はともかく、アイちゃんはレベル以上の働きができると思うのですがねぇ」
それは俺も同感だ。もしアイシスがベータに当選していれば、一か月の期間でもハイスケルトンジェネラルを討伐出来ていたと思う。
「ですが、ハイトさんが私達の助っ人NPCとしてパーティーに加われば、向こうも無視することはできなくなるでしょう」
『グラドマギス・ワールド』には、助っ人NPCというシステムがある。
名前の通り、NPCをパーティーの一員として迎え入れ、共に戦うことができるシステムだ。
入れることができるNPCはパーティーにつき一人まで。またアイテムの譲渡は可能だが、装備の譲渡はできない。
だがこのシステム、ベータ時はとても使えたものでは無く、縛りプレイだとさえ言われていた。何せ助っ人になれるNPCは戦闘能力が皆無に等しく、ある程度戦える騎士などは要職に就いているために助っ人として勧誘することができない。
その上もし助っ人NPCが殺されれば、そのNPCにゆかりのある他のNPCの信用度が大きく下降するという、完全に厄介者扱いのシステムだった。
「いかがでしょう?ハイトさん、あなたがサダルさんに剣を向けられないのは分かりますが、せめて最後を看取るくらいはするべきです。あなたにはその責任があると思います」
「……だが、戦いで役に立たない俺を攻略隊が招き入れるか?」
「それは心配ご無用ですね、むしろ彼らは強引にでもパーティーに加えようとするでしょう」
……するだろうなぁ。
なんせ今の俺は、ハイスケルトンジェネラルに関わる重要NPCだ。
俺がまだプレイヤーだったなら戦いの途中で覚醒する展開を期待するし、例え役に立たなくても討伐後に何らかのクエストフラグが発生する可能性がある。
「最後を看取る責任、か……」
「はい。あなたはそれが果たせて、私達は攻略隊に参加できる。WIN-WINというやつです」
「サフィ、それNPCに言っても分からないから。要はどっちにも得することがあるってことね」
大丈夫、分かるから。
俺を縛っているいくつもの鎖のうち、助っ人NPCの参加制限はさきほど解かれた。二人のパーティーに入る場合限定だが。
それに叶馬としての心情的にも、あのボスとはもう一度戦いたい気持ちもある。直接剣をぶつけることは叶わないだろうが、せめてアイツの最期を見届けたいというのは、ハイトだけの感情じゃない。
「……そうだな。アイシス殿にサフィリア殿、最後の責任を果たすため、俺に協力してほしい」
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