第18話 プレイヤーという存在
「久しぶりの王都の感想はどう?」
「……不思議と新鮮な気分だ」
王都はベータ時代に訪れたどの街よりもデカイ。
付近にはそれなりの危険地帯が数か所存在していることから防衛に重きが置かれており、数十メートルに及ぶ外壁はさながら都というより要塞を彷彿とさせる。
記憶情報により外観は知っていたが、こうして間近で見るとより一層大きく感じるな。
「……凄い数だな」
「丁度多くのプレイヤーがやってくるタイミングですし、今日は向こう……私達の世界では休日ですから、より一層多くなっていますね」
王都の門の前には溢れんばかりの人、人、人。
サフィリアの言葉から察するに、その多くがプレイヤーなのだろう。
ベータテストでの評判が影響しているのだろうが……一体何人がこのサーバーに同時接続しているのやら。
「流石にこんなのに並んでいては日が暮れてしまいますので、こちらにどうぞ」
「?」
サフィリアに連れられ、長蛇の列を素通りするようにして門に近づいていく。
列の途中では座り込んで何やら酒のようなものを飲んでいたり、列に割り込まれたと言って決闘を始めていたり、それを見て懸けが始まっていたりと、かなり混沌としている。
二人とも特に気にしている様子がないので、もしかするとこれが平常運転なのかもしれないが……だとするとあまりよろしくない状況な気がするのは俺だけだろうか。
「門衛さん、どうもお久しぶりです」
「……おお、アンタか。ちょっと待て、そっちのあんたはフードを取ってくれ」
「……これで良いか?」
「な……!と、悪い。大丈夫だ、入って問題ない」
「どうもです」
「……?」
(いや待て、何故騎士でもないサフィリアが門番のチェックをパスしているんだ)
以前騎士団とコンタクトを取ったことがあると話していたが、サフィリアの態度を見るに門番の騎士にはほぼ全員に顔を覚えられているらしい。
流石にそれは意味が分からない。サフィリアが半ば顔パス状態にある現状も含めて。
「ちょっと騎士団の方々には恩を売りつけておきましたので」
「……そうなのか」
「あら、もう少し追及してくると思ったんだけどね」
「今の俺は騎士ではないからな。二人のことは信用しているし、あの列を並びたくない気持ちは分からないでもない」
何やら黒い理由がありそうではあるが、犯罪に手を染めているわけではなさそうだし、大丈夫だろう。
仮に二人がそういったことを計画していたとしても、今の俺にそれを止める義務はない。
「それじゃ、早速サダルさんの家に向かう?」
「ああ……いや、その前に少し寄り道をさせてもらおう。何分一文なしの身分でな、このままではまともに移動すらできん」
王都は広すぎるため、基本的に移動には現代のバスやタクシーに当たる辻馬車を使う。
AGI《アジリティ》に物を言わせてを街中を走ることもできるが、目立つわ迷惑になるわであまり褒められた行為とはいえない。
もっとも、そういった視線を気にしないプレイヤーもそれなりにいるようだが……NPCの俺が目立つわけにもいかないので、ここは正規ルートでいかせてもらおう。
♢ ♢ ♢
「久しいな、店主」
「ん?おお、剣聖様ですか!騎士団を辞めてからは何の音沙汰もなく心配していましたが……」
「それはすまなかった、俺にも色々とあってな。今日は商談に来た」
まずは素材を換金するために、ハイトと知り合いらしい商会を訪れてみた。
ハイトの記憶ではこじんまりとした商店だったが、この一年で改装したらしく少し店が大きくなっている。
普通、こういった魔物の素材は冒険者ギルドに売るのが実績と金銭を同時に得られるので一番良いのだが、実績は今必要ないし、あちらはプレイヤーでごった返しているのが容易に想像できたので、別の手段を使ってみた。
「多少足元は見てもらって構わない、これらをすぐに金に換えて欲しい」
「剣聖様にそんな真似はいたしませんが、
「訳あって資産をほとんど手放したのだ、このままでは移動もままならん」
俺は苦笑交じりにそう答える。
ハイトとは知り合いだが、俺自身は完全に初対面なので態度に出ていないか心配だ、商人には色々と敏いイメージがあるし。
「なるほど。流石にこの量を換金するとなると時間がかかりますので、まずは半分ほどでいかがでしょうか」
「それで頼む」
新たに拵えたのだという執務室まで案内された俺達は、以前のこの店では出されなかったようなグレードを紅茶でもてなされた。サフィリアはいつも通りのように見えるが、アイシスはこういった雰囲気は慣れていないのか、どこかそわそわとした様子が感じられる。
査定を待つ間、店主としばし雑談に花を咲かせることにした。ボロを出さないか心配だったが、もし疑われたら一年で色々あったんだと誤魔化すことにしよう。
「最近はどうだ?」
「まさしく激動の日々でございますよ。プレイヤーの皆様がこちらにやってくるようになってから、ありとあらゆるものの需要が変化いたしました。近頃はようやく落ち着きを取り戻してきましたが、この店のあり様も大きく変わりましたね」
「なるほど」
プレイヤーと言う名の変数に対応し、この店は上手く時代の波に乗ることができた、ということだろう。これから俺も見習わなければならない部分だ。
「それにしても、またこうしてお会いできる日が来るとは。もう王都には帰ってこないものとばかり……」
「王都でのハイトさんはどんな人だったのですか?」
「とにかく我々平民にお優しい人でありました。よく街にも顔を出して、我々の愚痴にも等しい不満を聞き入れてくれていたんですよ」
「……ただ聞いていただけだがな」
「そんなことはありません。確かに全ての悩みが解消されたわけではないのでしょう。ですが、剣聖様のお陰でこの街の治安が良くなったのもまた事実なのですよ」
確かに、この王都という街におけるハイトの存在は大きいものだった思う。
だがしかし、それはハイト・グラディウスという一人の人間の為したことであり、今の俺の功績ではない。そんなに尊敬のまなざしをこちらに向けられると、罪悪感が沸々と湧き上がってくるからやめてほしい。
「……騎士団は相変わらずか?」
「……いえ、ハイト様が王都を去ってからより一層ひどくなっていると言っていいでしょう。プレイヤーが現れてから危機感を感じているのか、最近では自分達の存在感を示すために頻繁に見回りを行っています。中には難癖を付けられ、罰金を取られるような事例まで出てきているんです。今のところ、捕縛されたものが出ていないのは不幸中の幸いでしょうか」
「……それを国は容認しているの?」
「一部都民が署名を集めて国に陳情いたしましたが、どうもどこかで握りつぶされているようです。それに王国側も今は続々と世界に現れるプレイヤーの対応に手一杯のようでして……」
王国にとっても、プレイヤーの出現は想定外の出来事だということなのだろう。
現実的に考えれば、それは何らおかしなことではない。異界の住人が自分達の世界に大量にやってくるなんて出来事を、予想できるはずもないのだから。
だが、ゲームとして見れば逆におかしなことのように思う。プレイヤーの存在が世界に影響を与える、これは別にいい。だがその影響を及ぼしている範囲があまりにも広すぎるのだ。
物資の需要・供給や住人の生活にまで影響を与えているのは流石にやりすぎだろう。しかも後者にいたっては、プレイヤーの存在がマイナスに作用してしまっている。
もし住人にプレイヤーを排斥するような動きが出てしまえば……その先の展開はいくつか予想することができるが、そのどれもがとても世界にとって、ゲームとして幸せな展開だとは思えない。
(運営は、このゲームをどんな方向に導いていくつもりなんだ……?)
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