第17話 王都へ

「──終わりだ」


「うぐっ!?」



 目の前の【上級剣士】を斬り伏せると同時に、決闘フィールドが消失する。これで今日は15人目、戦績は当然の如く全勝。



「これで三回目の挑戦だったな。せめて上位職のスキルは無意識で使えるようにしておくべきだ。そうでなければ俺と同じ土俵には立てん」


「……三回目にして、そのアドバイスを聞いたのは初めてなんだが?」


「お互い合意の上とはいえ、流石に三回も毟り取れば良心が痛む。この金は授業料として受け取っておく」



 挑戦者がこれで一段落しそうなこともあり、時間に余裕もありそうだったのでこうしてアドバイスしてみた。

 『騎士の墓場』での一件以来、会話できるバリエーションが増えた気がする。



「そうかい。じゃ、そこらへんのモンスター相手に練習してまた来るわ」


「待っている、とは言えないが、挑戦はいつでも受けよう」


「……どういうことだ?」


「しばらくこの小屋を留守にするのでな」



 あの一件から、こちらの世界で3日が経過した。中々踏ん切りがつかずにいたが、そろそろ前に進むべきだろう。ハイトとしても、叶馬としても。


 サダルを討伐するまでは、何時いかなる時でも彼の存在が脳裏にチラつき、形容し難い焦燥感が俺を包んでいた。

 だが今の俺にはそのような強制力が働いている様子はなく、現実の俺よりも自由なくらいだ。

 料理は味気ないものしか作れないし、寝具も決して質が良いとは思えないベッドだが、それ以上にこの自由が俺にとっては楽しかった。



(でもきっと、このままこの平穏は続かない)



 『グラドマギスワールド』はスローライフRPGではない。

 プレイスタイルによってはそれも可能だが、プレイヤーがこのゲームを攻略し続ける限り、きっとどこかで世界に変革は訪れる。


 その変化の波に呑みこまれないようにするためにも、俺自身、色々と準備をしておく必要がある。



「……へぇ。あんた、外に出れるんだな」


「今までは出るつもりが無かっただけだ。俺にも、やるべきことができた」



 前半の言葉は嘘だ。サダルを討伐するまで、俺はどれだけ森から外に出ようとしてもそれが叶うことはなかった。

 これは運営が働かせた強制力ではなく、ハイト自身の願いだったのではないかと今では思っている。



「じゃ、しばらく決闘はお預けか」


「先程も言ったが、挑戦自体はいつでも受ける。これでも王国内ではそれなりに名の通った人間、俺を探すのはそこまで難しくないはずだ」



 本音を言えば断りたい。が、それは許してくれない。これがNPCになった最大のデメリットと言える。


 【上級剣士】のプレイヤーが小屋を後にしたのを見届けた後、小屋に戻って装備を確認する。

 これからどう行動するかは全く決まっていないが、少なくとも一度はここに戻るつもりなので、必要最低限だけ持っていけばいいだろう。一番重要な金銭はインベントリに容量無限で持ち運べるので問題ない。



(ま、今はほぼ無一文なんだけど)



 先の一件の報酬として所持金のほとんどを攻略隊に渡してしまったため、今の俺は王都に行ってもすぐに所持金が尽きる。なので換金できるモンスターの素材は多めに持っていこう。俺が持っていても使い道のないものだし。



「ハイトー?いないのー?」



 旅支度を整えたところで、小屋の外から聞き覚えのある声が届いた。



「アイシス殿、再戦か?」


「いやいや、あんな戦い見せられたらしばらくは勝てないって理解できるから」


「私もいますよ」



 森の中から現れたのは、いくらか装備のグレードが上がったように見えるアイシスとサフィリアの二人だ。

 いつも一緒にいるような気がするが、二人はリアルでも知り合いなのだろうか?



「そろそろ一度王都に戻る頃合いかなーと思いまして、よろしければご一緒させてもらおうかと」


「その格好を見るに、サフィの予想は当たったようね」


「予想ではなく推理ですよ、アイちゃん」


「……どうやって推理したのか聞いても?」


「企業秘密です」



 ……探偵か何かなのか?



「付いてくるのは構わないが、サダルの剣を返しにいくのは憶えているか?」


「ええ、勿論」


「サダルの家は曲がりなりにも貴族だ。約束もなしに身分を持たない人間が訪れても、門前払いにあうかもしれん」


「ええ、弁えています。ただの興味本位ですから、殊更執着したりはしませんよ」



 何が彼女達の興味を誘ったのは疑問だが、二人なら礼儀を欠くような行動をしないだろう。



「すぐに向かっても良いか?」


「勿論です」


「私も良いわよ」



 二人を連れ、慣れた足取りで森の中を進む。

 一応魔物も棲息している危険地帯ではあるが、このメンバーなら特に警戒する必要もない。



「ハイトさんって貴族なんですよね、家の方はどうしているんですか?」


「執事に任せてあるが、どうなっているかは分からんな」



 ハイトの記憶情報によると、十分以上の資金を託しているようなので、特に問題がなければそのままの状態で残されているはずだ。

 とはいえ、一年以上も放置してしまっているので、実際のこの目で確認していなければ確かなことは言えない。



「それなら、サダルさんとこにあいさつを済ませたら見に行ってみましょうよ」


「……構わないが、流石にもてなしの準備はないと思うぞ?」


「別にそんなの気にしないわよ、私達はそういうの慣れてないし」


「ですねぇ」



 プレイヤーである二人なら、ゲームの楽しみ方はそれこそ無限にある。

 わざわざ一人のNPCに付いて行くなんて時間の無駄だと思うんだが……まぁ、二人がそれを望んでいるなら、こちらに嫌がる理由もないか。


 途中何度か戦闘になったものの、やはりこの三人を相手にできるような魔物はおらず、瞬く間に経験値と化した。

 森を抜け、三人で街道を進む。以前のように、森の外に進むと急激に足が重くなるようなこともない。



(そういえば、この道を歩くのは初めてになるのか)



 まだ叶馬の人格が乗り移る前には何度も歩いているが、乗り移ってからは初めてだ。

 ハイト・グラディウスとしては森から出られず、ベータ時代も王都に立ち入ることができなかったため、この道を歩くことはなかった。



「流石に、この辺りまでくると魔物の姿はないようだな」


「ええ、たまに森から出てくる魔物を見つけることもあるみたいだけど、そういうのは私達プレイヤーが真っ先に討伐しちゃうから」


「王都はプレイヤーも多く滞在していますから、比較的安全ではあると思いますよ」



 なるほど、プレイヤーが治安維持の機能を果たしているのか。

 ゲームの攻略が進み、プレイヤーのボリューム層が拠点を移すようなことがあればまた問題が表面化するかもしれないが、それを考えるのは国や騎士の仕事だろう。



(そんなことを俺がやりたいとは思わないし)



 これがハイト・グラディウスであれば自ら率先して動いていたかもしれないが、残念ながら今の人格は宵崎叶馬だ。

 正直言って、王国の市民のために動こうという意思はあまりない。


 だから騎士に戻るという選択肢も存在していない。そもそも戦闘スタイル的に、盾と剣を使う騎士という職業は性に合わないのだ。

 今の身体なら片手に剣を持っても問題なく動かせるが、宵崎の剣は基本的に両手持ちを前提とした型。片手の型もあるにはあるが柔軟性に乏しいし、盾を持つなんてもっての外、捨てた方がより多くを守れる自信がある。



「見えてきましたね」









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る