第19話 望まぬ再会 前編
形容し難い不安感が襲いかかるが、それについて考えるのは今じゃないな。
目の前のことに集中しよう。
「と、すみません。つい昔のように不満を溢してしまいました。いけませんね、今のハイト様は騎士ではないというのに」
「なに、愚痴ぐらいならいくらでも聞こう。残念ながら、今では本当に聞くだけになってしまうがな」
「私達も構いませんよ、都民の皆さまは中々本音で物を騙ってくれませんし。こういう機会は中々ありません」
「まぁ、同じ国民どころか同じ世界の住人でもない私達に、一から十まで全部話せって言うのが無理な話なんだけどね」
うん、それはそうだろうな。
アイシスの辟易としたような表情を見るに、サフィリアはそれを実行しようとしたのだろうか。無茶をするにもほどがある。
「……ありがたいお言葉ですが、それはまたの機会にしておきましょう。そろそろ査定が終わるころですし、この後もまだ予定があるのでしょう?」
「ああ、少し旧友の家にな」
「……なるほど。それは、その、大変かもしれませんが、陰ながら応援しております。私が力になれることであれば、協力いたしますので」
「……?ああ、助かる」
そう言って執務室を出ていく店主の言葉は随分と歯切れが悪く、どこか具合が悪そうだった。
直接の面識はなかったとは思うが、彼にサダルのことを話した記憶はある。
どうやらハイトには数えるほどしか友人と呼べるものがいなかったようなので、もしかしたら誰のことか分かるかもしれない。
「はぁ……そんな必要がないのは分かっていても、こういう場所は緊張するわ」
「アイちゃんの家柄なら慣れていてもおかしくないと思いますけど」
「はいそこ、リアルの話禁止。ハイトもいるんだから」
「確かにそれはそうですが、聞かれても問題ないのでは?」
「……気持ちの問題よ」
「?」
まぁ、元とはいえ中身は人間なので、リアルの話は俺としても程々にしてほしい。妙な罪悪感がある。
俺の場合、一応とはいえ宵崎家は歴史の長い家ではあったし、何より幼馴染の八雲が超の付くお嬢様だったので、これくらいの雰囲気は多少慣れていたりする。
(そういえば、八雲は元気にしてるのかね……)
グラマギの正式サービスが予定通り行われているのならば、恐らく宵崎叶馬が死んでから三か月程度が経過しているはずだ。
何も気にしていなかったらそれはそれで悲しいが、それでも元気にしていてほしいと思う。
ただ、グラマギにログインした様子がないことを見るに、まだ引きずっていそうなんだよなぁ……恐らく俺の代わりに龍馬が八雲護りに付いているはずなので、上手くフォローしてくれていると信じたい。
(いや、それは厳しいか?)
龍馬のやつは親父にそっくりな堅物だったから、そういう精神的なフォローを任せるのは些か不安が残る。
とはいえ、それこそ八雲とこの世界で出会わない限り、今の俺には祈る事しかできない。
「……ねぇ、ちょっと変じゃない?」
二人が和気藹々と話していたのでつい一人で思考の海に沈んでいると、突如としてアイシスが声色を変えて俺に話しかけてきた。
「何がだ?」
「店長さん、ちょっと遅くないかなって。一年の半分を換金しようとしてるんだから量が多いのは分かるけどさ、こっちじゃお金はインベントリに入るから、そこまで時間のかかる作業じゃないでしょ?」
「……確かにそうですね」
叶馬としての価値観が残っていたので気にならなかったが、確かにアイシスの言う通りだ。
この世界では、お金のやり取りというのはどれだけ金額が大きくなっても所要時間がかかるものではない。メニューウインドウを通してやり取りが行えるからだ。
一応硬貨は存在しているが、向こうに比べてそれを目にする機会は極めて稀だと言って良いだろう。
金庫でさえ、こちらの世界では異空間──という名のポリゴンデータとして格納される仕組みになっているので、これまたメニューウインドウを操作するだけで預け入れも取り出しも行えてしまう。
だから、こちらの世界で素材の換金というのは確かに時間がかかる作業ではあるが、それは査定に時間がかかるからであり、それさえ終わってしまえば後は現実よりも極めてスムーズに進行するはずだ。
何かあったのだろうか、そんな風に考えていると。
「──────!」
「──────!?」
「何やら厄介事が迷い込んできたらしいな」
「そのようですね」
防音機能があるのか内容までは聞こえないが、それでも何か言い争っているらしいことは分かる。そして言い争っている声の中に、店主の声があることも分かる。
「どうします?」
「余計なお世話かもしれんが、様子を見に行こう」
「そうね。あの誠実そうな店長さんが、ハイトとの用事を後回しにするなんてよっぽどのことだと思うもの」
勘違いだったとしら騒いでも迷惑になると思うので、あくまで慌てずに階下の店内スペースまで向かう。
……何故か店内スペースに店主がいるあたり、やはり何かしらのトラブルがあったのは間違いなさそうだ。大金をもってわざわざ客の前に出る必要はない。
「どうし────」
店内スペースまで出て、事情を聞こうとした俺だが、途中で言葉を詰まらせてしまった。
その理由は店主と言い争っていた男達が、
「お、お前は……ハイト・グラディウス!」
「……お久しぶりです、エンヴィー卿」
俺がかつて所属していた王国騎士団、そしてサダルを置き去りにした第二騎士団の団長であるティラン・エンヴィーその人だったからだ。
金属鎧に剣と盾をしっかりと装備しているので、私用で来たわけではないのだろう。目が痛くなるほど色のきつい赤髪をしているのですぐに分かった。
今の俺にとっては特に関わりのない人物のはずなのに言葉を詰まらせてしまうとは、やはりハイトにとってサダルという男は余程大きい存在だったんだなと改めて実感する。
「エンヴィー卿、これは一体何の騒ぎです?多忙な騎士団長様がわざわざ出張ってくるなど、余程の事がおありなのだと思いますが」
「き、気安く話しかけるでないわ!召集の要請を幾度となく蹴った貴様が、よくもまぁいけしゃあしゃあと我々の前に顔を出せたものだな!」
この場合、どちらかと言うと顔を出したのはそっちじゃないのか?
確かに後から登場したのは俺達だけども。
「私にも用事がありますので、彼を引き留められては困るのですよ。一体何があったんです?」
「ふん、この店には売上を誤魔化し、納付額を操作した脱税容疑がかけられている!我々がこの店に赴いたのは、正しい金額の徴税を行うためだ」
「そんな、何かの間違いでは……」
「うるさい!金が支払えないのであれば、ここに商品は差し押さえさせてもらおう。お前達!」
「「はい!」」
(……なるほどねぇ、そういうことか)
多分、ティランの話は頭からつま先まで真っ赤な嘘だ。
大方、売り上げが増えてきて余裕ができただろうから、脅せばいい
そしてその予想は恐らく正しい。
俺が提出した一年分の魔物素材を、半分とはいえ一括で買い取ることが出来るあたり、この店が規模以上の利益が出ていることは俺にも分かる。
(もっとも、それは俺達が許容するかどうかは別問題だけど)
「アイちゃん」
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