第9話 不安要素

「『光斬ラクスラッシュ』──」



 無限に等しい勢いで湧き出てくるスケルトンやゾンビといったアンデッドの軍勢を、俺は最前線で薙ぎ倒していく。



「……いやぁ、こりゃ想像以上だな」


「アンデッドは大した旨味もないからいいが……むしろボス戦は参加できなくて正解だったかもしれん」


「流石に運営もそこら辺は考慮してるってことかね」



 助っ人NPCが戦闘に参加すると、その貢献度に応じて獲得経験値やアイテムに下方修正が入る。

 そのため俺は戦闘に参加しない方がプレイヤー達の実入りは多くなるわけだが、今回は道中の消耗を抑えるためにも雑魚狩りには全力で協力している。


 恐らくボス戦では戦力にならないので、このくらいは協力させてほしい。



「ほとんど貴方一人で相手しているけど、大丈夫なの?」


「問題ない。もとより【剣聖】はアンデッドに対して手札が多いしな」



 単純な戦力だけを見るなら、レイドボスであるサダルに一人で立ち向かえる存在、それがハイト・グラディウスだ。

 このくらいのレベル帯なら、例え100体同時に襲い掛かって来ても対処できる。



「まさしくバランスブレイカーですねぇ。やはりこのダンジョン、ハイトさんの存在が前提の難易度なのでしょうか?」


「俺達からすりゃ、ハイトの協力を取り付ける方が難易度高いけどな。ベータ時はそもそも王都に入れなかったから情報の集めようがねぇよ」



 実際ベータでもあと一歩までは追い詰めたので、ハイトという存在が必須と言うわけではないと思う。


 今回は平均レベルも人数もあの時より多いし、順当にいけば討伐まで行けるはずだ。



(不安要素があるとすれば……)



 攻略隊の面々をぐるりと見まわす。明らかにダメージディーラーが多く、逆にタンクやヒーラーと言った支援職が少ない。


 それもそのはずで、このゲーム使用上、どうしても支援職はレベリングの効率が悪いのだ。


 パーティー戦闘では貢献度によって経験値が振り分けられるのでいいが、ソロ狩りはモンスター当たりの討伐時間がものを言うため、どうしても攻撃職に後れを取ってしまう。攻略の最前線で役職に偏りが出てしまうのは仕方のないことだ。


 一部のプレイヤーからは支援職の取得経験値にボーナスが得られるようにすべきだという要望が挙がっていたが、この状況を見るに聞き入れられなかったのだろう。



(タンクは何人かのディーラーがサブタンクとしていけそうな気もするが、問題はヒーラーか)



 ベータ時は時間を湯水の如く費やし、最前線に張り付いていたヤクモというプレイヤーがいたが、今回はロクに育ったのがいない。持ちこみの回復アイテムにも限界があるはずなので、長期戦は避けるべきだろうな。



「おっと……ハイトのお陰で随分早く着いたな」


「口振りから察するに、ここが?」


「ああ。例の骨将軍が居座るボス部屋だ」



 キョウマとハイト、どちらとしても何度も訪れたこの扉。全ての真実を知った後にこうして目の前に立つと、何とも言えない感情が湧き上がってくる。



「……ここからは、よろしく頼む」


「ええ、任せてちょうだい」


「もう充分働いてくれたからな、ここからは俺達の出番だ」


「NPCの活躍を見てるだけじゃ、アニメ見てるのと変わんねーしな。やっぱVRは自分の手足を動かさねーとよ」



 俺という戦力がいなくなることを悲しむどころか、逆に燃え上がるプレイヤー達。

 やはり彼らは、どこまで行ってもゲーマーということだろう。



「ハイトさん、一つお願いが」


「なんだ?」


「サダルさんとの戦いが始まったら、私達後衛の護衛をお願いできませんか?特に私はレベルが低いので、一撃が致命傷になりかねないんです」



 なるほど。確かにそれならば「サダルに攻撃できない」という問題点をクリアしながら、戦いに参加することができる。



「分かった。その役目、俺が請け負おう」



 こうして口にすることができたということは、それが可能だということだ。

 特にサフィリアには俺をここまで導いてくれた恩がある。俺の全てを使って守りに徹しよう。



「装備の確認は良いな?それじゃお前ら、ボス戦へと洒落込もうじゃねぇか!!」


「「「おお!!」」」



 攻略隊はその目を爛爛と輝かせながら、ボス部屋へと足を踏み入れる。

 扉は勝手に閉まったりしないのでいつでも離脱することは可能だが、一度離脱すると部屋からプレイヤーやNPCがいなくなるまでは再挑戦することはできない。



「KORORORO……」

「KARAKARA」

「KEHIHIHI」



 現れたのは、5体のスケルトン。

 道中のスケルトンとは異なり、彼らはナイトやソルジャーと言った役職を持ったモンスター、つまりは騎士達の成れの果てだ。


 その中でも一際目立つ鎧を身に纏い、直剣に赤黒い光を帯びているあのスケルトンこそが、



「サダル……!」


「……レンヤさん、名前が」


「分かってる、下調べの時点では変わってなかったんだがな」



『ハイスケルトン・サダル』



 ベータではハイスケルトンジェネラルと表示されていたボスの名前が、今はこのように表示されていた。

 間違いなく、その原因は俺にあるだろう。



「名前が変わったことによる変化はあるのかしら」


「ないことを祈るしかないな、弱体化してても面白くねぇ。お前ら!とりあえずは手筈通りに行くぞ!事前情報と異なる行動があったら一旦距離を取れ!!」


「了解!!」



 まず攻略隊は、サダル以外のスケルトンの討伐に出る。

 彼らはサダルと違って固有名が付いたりはしていないが、高性能な装備を身に纏い、戦いの記憶が残っているという点で決して油断できない相手だ。



「KORORORO……」


「おらよぉ!『豪炎剣バーニングソード』!!」



 だが、攻略隊のメンバーはその上を行く。

 ソルジャーの直線的な攻撃を半身で躱した【剣士】のプレイヤーはそのまま懐に潜り込み、炎を纏わせた剣を腹部に叩きつけた。

 スケルトンは斬撃に多少の耐性があるため、斬ったり突いたりするよりは力に物言わせて叩いた方がダメージの通りが良い。



「疾っ!」


「無理すんなよ嬢ちゃん!」


「だれが嬢ちゃんよ、レベルが低いからって舐めないでよね!」



 STRが低いアイシスはスケルトンと相性が悪いが、彼女ならその程度のハンデで有利不利が覆ったりしない。

 持ち前のスピードで複数のスケルトンからヘイトを取り、疑似的な回避タンクの役割を担っている。



「そこっ!」


「───KEHI!?」


「すっげぇなあの嬢ちゃん、まるで……」


「その呼び方嫌がってるんだからやめてやれ、それと口を動かしてるなら手を動かせ。このセクハラ親父が」


「流石にそこまでセクハラ基準厳しくねぇからな!?」



 時折馬鹿らしい会話も聞こえてくるが、それはそれだけ彼らにまだ余裕がある証拠だろう。

 アイシスが最後の一体を両断し、取り巻きのスケルトン達は瞬く間に全滅した。


 つまり、残りはサダルただ一人のみ。



「WOOOOOO!!」


「ボスが動くぞ、開幕の範囲攻撃だ!ディレイタイミングで削れるだけ削るぞ!、魔法職は事前詠唱忘れんなよ!!」


「「「了解!!」」」


「さて、私も少しは役に立ちませんと」



 そう言って詠唱を開始するサフィリア。

 この詠唱は特定のワード、詠唱語スペルワードを声に出すことによって魔法を発動するという、没入型のVRMMOならではの仕様なのだが、当人の活舌が詠唱速度に影響してしまうため、意外に賛否両論だった記憶がある。



「───」


(聞いたことない羅列だな、製品版で解禁された魔法体系か?)



 フレンドの詠唱練習に付き合った経験があるので、サフィリアくらいのレベル帯の魔法なら何となく知っていてもおかしくないのだが、残念ながら憶えはない。



「来るぞ!タンクは防御準備!」


「下手に正面から受けようとするなよ!他の前衛職が下がるまで時間を稼げればそれでいい!」


(……いや、ちょっと待て)



 それはおかしい。ハイトは相手の詠唱から発動される魔法に対処できるよう、一般的に知られる魔法の詠唱語スペルワードはおおよそ網羅している。

 そしてその記憶を利用できる俺が知らない魔法、そんなものをゲームを始めて一か月の彼女が入手できるのか……?



「さて……魔法がどこまで通用するか、貴方で試させていただきますよ、サダルさん」








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