第10話 陰の天才

「WOOOOOO!!」


「来るぞ!」


(『武神乱撃』か……)



『俺はよハイト、神ってやつを信じちゃいねぇんだ』


『おいおい、騎士の身分で滅多なことを言わないでくれよ』


『いやいや、無神教の連中みたく存在を疑っているわけじゃねぇぞ?俺が言いたいのは、教会の連中が言っているほど高尚な存在じゃないってことだ。分かるだろ?神様が常に俺達を見守ってくださっているなら、この世界はもっと死が減っていいはずじゃねぇか』



(お前が言う通りだったよ、サダル)



 神は確かに存在している。

 だがその神でさえも、この世界においては万能な存在ではない。


 そして、皮肉なものだとも思う。

 神を信用していなかったあいつが、『神』の名を冠するスキルを使わされているのだから。



「ハイト!!」


「分かっている」



 『武神乱撃』はその空間にいる全てを対象とした全体攻撃。

 距離による威力減衰こそあるものの、耐久力の低い後衛職では十分脅威となる攻撃だ。



「後ろへの攻撃は全て俺が対処する。後衛は詠唱を止めるなよ」


「───」



 以前よりも更に洗練された動作で剣を抜き放ち、剣に光を集める。



「『光斬波ラクスラッシュ・ブーム』」



 斬撃には斬撃を。

 サダルが放った斬撃は完全に相殺され、小さな爆発と共に闇の中へと消えていく。



(……くっ、ステータスに変化はないはずなんだが)



 ものは試しとサダルに攻撃できないか試そうとしたが、そう考えた瞬間、凄まじい圧力が俺の体に襲い掛かった。

 それらしきデバフを貰った形跡はないが、どうやらハイトの身体はしっかりと縛られたままらしい。



「おおおおお!!」


「気合の見せどころだぞタンク隊!!」



 タンクの受ける攻撃は、俺が防いだそれよりも苛烈。一部ディーラーの分も請け負わなくてはいけないため、負担はかなり大きい。

 無数の斬撃が、タンク達に襲い掛かる。



(だけど、あなたなら防いでくれますよね)


 

「こなクソがああああああ!!『防衛本能ディフェンシブ』!」



 レンヤさんは【盾戦士】専用の防御スキルを発動させ、大盾を地面に突き立てる。

 あの時には防げなかった攻撃も、レベルが上がった今なら。



「ははっ、防ぎきってやったぞ!ヒーラーは俺達の回復、他の奴らは今がチャンスだ、叩きこめぇ!!」


「おっしゃあ!反撃開始だぜ!」


「ふ、『フレイムアロー』!」


「『クレストバレット』!!」


「行きます──『イーラ・スピーネ』」



 獰猛な笑みを浮かべたレンヤさんの一声で、怒涛の攻撃がサダルへと襲い掛かる。


 そしてやはり、サフィリアの魔法は聞いたことがない。

 分かりやすい名称が多いグラマギにおいては珍しい気がするが……。



「──ほう?」



 サダルの足元に浮かび上がった魔法陣から出現したのは、いかにもといった毒々しい見た目を持つ紫色の茨だ。

 生き物の如く動き回る茨は瞬く間にサダルの体に絡みつき、動きを封じる。



「これが私の開発したオリジナル魔法『イーラ・スピーネ』です。高レベルのサダルさん相手ではすぐに抜け出されてしまうでしょうが……」


「WOOOOO!!」


「な、なんだ!?」



 茨に絡まれたサダルに魔法が当たった瞬間、声帯の残っていないはずのサダルから絶叫が上がる。不審に思ってサダルの状態を確認してみると、魔法の威力に対して明らかにHPの減りが大きい。



「この魔法の真価は耐性低下、対象の魔法防御を低下させることにあります。スケルトンにも痛覚はあるようですね」


(『拘束バインド』と『魔法防御低下』の二重デバフ。これが、サフィリアのオリジナル魔法……!)



 詠唱語スペルワードを独自に組み合わせることによって、システムで習得できる以外の魔法を発動させることができるのではないか。その発想は、確かにベータテストでも一部プレイヤーから上がっていた。


 だが実際に調査が始まると、同じ魔法でも人によって詠唱語スペルワードが異なる事や、そもそもの使用できる魔法の少なさ、つまりは情報源となる詠唱語スペルワードの少なさから難航。

 いくつもの仮説がスレッドに上がっては否定され、少なくともベータ時点ではオリジナル魔法を完成させた人間は一人もいなかったはず。



「ふふっ、ハイトさんの驚かせられたのはこれで二度目ですね」


「……独自の魔法開発など、誰が聞いても驚く」



 実際のこの目で確認しなければ、俺はきっとその存在を否定していただろう。

 彼女の為したことは、それほどまでに常軌を逸している。



「まぁこれは、詠唱語スペルワードを完全に理解したわけではなく、一種の偶然の産物に過ぎないのですが」


「十分正気の沙汰ではないと言っておこう」


「ハイトさんだけには言われたくありませんね」



 向こうでは言語学者でもやっているのだろうか。

 口調や態度からそれほど年が離れていないように感じていたが、よくよく考えてみれば、アイシスに比べて随分落ち着いているし物腰も低い。実際はかなり年上なのかもしれない。



「……今、何か失礼なことを考えませんでしたか?」


「……何だ、唐突に」


「何となく、そんな気がしたので」


「……気のせいだ」



 ……少なくとも、恐ろしく勘と洞察力は鋭いようだ。






♢ ♢ ♢






「HPゲージラスト一本!範囲攻撃の後に攻撃パターンが変化するから、焦って攻撃するんじゃねぇぞ!」


「ベータ時はここで誰かさんが退場したからなぁ!」


「うるせぇ!お前らもアイツがいなかったら似たようなもんだろうが!」



 戦闘が開始されてから、およそ三十分。

 以前の苦い経験を遺憾なく発揮したベータテスター達や、想定外の戦力であるサフィリア・アイシス両名の活躍もあり、予想以上のスピードでサダルのHPは削れていた。まだ離脱者も出ていない。

 士気も下がるどころか上がる一方であり、状況は極めて良好であると言って良い。



「ミソラさん、マナポーションの残りは?」


「え、えっと……三本。皆は?」


「俺達も似たようなもんだ。ここからは消費も考えながら魔法を選択していかなきゃならないな」



(だが、後衛職はMPに底が見え始めている。特にヒーラーは負担が大きい)



 サフィリアとアイシスの二人以外は全員が攻略適正レベルに届いているとはいえ、偏ったパーティー構成のせいでタンクの消耗が激しい。そしてそのしわ寄せがヒーラーに向かっている。



(攻撃には参加できない……さらせめて、防御くらいは担わせてもらおう)



 次にくる範囲攻撃、防御をタンクにだけ任せていれば、恐らく決着前にヒーラーのMPが底を付く。俺が前衛の分まで防御に回れば、いくらか消耗は抑えられるはずだ。

 【剣聖】である俺には自分限定の回復スキルもある。多少無茶をしてもヒーラーの仕事を増やすようなことになはならない。



(『光斬波ラクスラッシュ・ブーム』を乱発してシステムに攻撃扱いにされても困る。剣で直接受けるために、加速系スキルと退魔スキルの併用で行くか)



 そう算段を整え剣を構えると、前衛プレイヤーから距離を取られているサダルの空虚な瞳孔が、こちらを見据えた気がした。



「HAI、TO……」


「……!」


「今、ハイトさんの名前を」


「何か様子がおかしいぞ!」



 確かに何か変だ。

 ここは通常通りなら範囲攻撃が来るはず。だが剣に収束している赤黒い光が放たれることはなく、より鮮烈に、よりどす黒い光へとその姿を変えている。



「HAITOOOOOOOOO!!」


「来るぞっ!!」



 サダルがこちらへ駆け出すのと同時に、俺は前へと飛び出す。

 あの場で待ち構えているだけでは、周囲を巻き込んでしまうと思ったからだ。



(さっきみたいに体が重くなる感覚はない……これならいける)



「WOOOOOO!!」


「『光斬ラクスラッシュ』!!」



 白と黒の閃光が、辺りの空間を埋め尽くす。

 これが生前のサダルとの対決であれば、俺が押し勝っていただろう。だがアンデッド化により力を得た今では互角。いや、少しずつではあるが俺が押されている。



「サダルッ!」


「HAITOOOOOO!!」


「くっ、凄い圧力ね……」


「近づくことすらできんか……!」



 俺の剣が押し込まれていくにつれ、サダルの黒い光と共に、怨念が流れて来る。




『聞いたぜハイト、第一に入団が決まったんだろ?おいおい、羨ましいぜこのヤロウ!』


『ハイト!【剣聖】に就いたって本当か!?すげぇじゃねぇか!!』


『お前ならいけるとは思ってたが、本当に副団長に昇り詰めちまうとはなぁ……だけど俺も負けねーぜ。見てろよハイト、すぐに追いついてやるからよ』




(……ああ、そうか。そうだったのか、サダル)









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