第36話 手に入れた自由

──【剣聖】ハイト・グラディウス──



 魔人ガイロン・アグネスの討伐からほどなくして、王都内に解き放たれた魔物の討伐も完了、『王都動乱』は終結した。


 とはいえ、王都に残された傷跡はあまりにも大きい。家を失った人間は身分にかかわらず多数、今も国民の八割がテントでの生活を余儀なくされている。守れなかった人も、残念ながら存在している。

 王城にはほとんど被害がなかったため、物資面での心配がないのがせめてもの救いだ。メリッサの話では、少なくとも向こう数か月は国民が飢えることは無いと言う。


 そして王都動乱から一週間、一体俺は何をしているのかと言うと。



「ふぅ……降参。私の負けだ。今日こそは一撃浴びせるつもりだったのだがな」


「最後の一撃は隠し玉か?ならばもう少しこちらに動きを悟らせない立ち回りを学んだ方が良い」



 騎士団の訓練場、とは名ばかりの広場で、メリッサの稽古をしている。

 メリッサの元に剣の件で謝罪に行った際、彼女に要望を聞いたときにお願いされたのだ。王都がひどい有様になっている状況になっているというのに、呑気に訓練をしても良いのかという思いはあるが、これに関しては正直特に問題はない。


 まずは魔物だが、これに関してはプレイヤーが率先して狩ってくれているため問題ない。ギルドも緊急事態のため、報酬を吊り上げて対応しているようだ。


 街中の治安維持に関しても騎士団が精力的に動いているので、俺の出番がくることはないだろう。平民ならともかく、相手が貴族だった場合は俺が出ても話をややこしくするだけだしな。



「動きを悟らせない立ち回りか」


「こういうのは言語化が難しい。一番は見て学ぶことだが……そうだな、アイシス殿あたりが適任だろう」


「ふむ。望み薄な気もするが、今度頼んでみるとしよう。少し、休憩にしようか」



 メリッサはあれから、騎士団長に就任している。

 昨今の洗脳の騒ぎのせいで市民の信用が落ちているらしく、信用回復に勤しんでいるがなかなか上手く行っていないようだ。



「はぁ。この稽古の時間が最近の癒しだよ」


「こんなことであれば、いくらでも付き合おう」


「……私にそれだけ気を回してくれるのなら、騎士団長の席に座ってくれても良くはないか?」



 一応、俺を騎士団長にという打診も国から、というよりは国を通したメリッサからあった。

 団長が実は魔人だったり、騎士のほとんどが洗脳されていたり、色々と内部のゴタゴタを知ってしまった今では、前ほど騎士団という組織に悪感情は抱いていない。

 だが、今の俺には致命的に足りていないものがある。



「ダメだ、今の俺には愛国心がない。国を守る心がないものに、騎士を纏める役は務まらん」


「むぅ……こんなことなら剣の礼は、稽古ではなくこちらに回すべきだったか」


「まぁ、しばらくは手伝うから勘弁してくれ」



 とはいえ騎士団長は死亡、メリッサも副団長としては新人で経験が不足しているため、混沌極まる今の王都では流石に荷が重かろうということで、俺は暫定的な団長補佐として働いている。



(魔人だったとはいえ、団長を殺したのは俺だしな。このくらいの雑用は請け負おう)



 あの一件以来、俺はプレイヤーから妙な視線を受けることも多くなった。

 考えてみれば当然の話で、ここはゲームの世界。この世界の主人公はプレイヤー達。にもかかわらず、俺は今回の一件で少々目立ち過ぎてしまった。

 俺がいなければクエストは失敗に終わっていた可能性が高いとはいえ、彼らが俺を疎ましく思ってしまう気持ちも分からなくはない。


 幸いにも補佐として動けば表に出ることも少ないので、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていようと思っている。



「ハイトー!」「ハイトさーん!」


「おっと、姫たちがやってきたみたいだな」


「……仮にも騎士団長が、王女殿下ではなく彼女らをそう呼ぶのは些か問題がある気もするが」



 姫、というのはアイシスとサフィリアのことだ。どうやら先のアグネス戦や、騎士団を率いる姿が映像として残っていたらしく、拡散された映像を見たプレイヤーからそう呼ばれるようになったようだ。

 正確にはサフィリアが『知姫ちき』で、アイシスが『剣姫けんき』らしい。知姫はともかく、剣姫は実際に職業として存在していそうだ。



「今は休憩中?」


「その通りだ、今日も相変わらず完敗だよ」


「私からすれば、メリッサも反則なくらい強いけどねー」


「ハイトさん、約束していた魔法書の件ですが……」


「ああ、執務室に運んである。後で好きに見るといい」


「ありがとうございます。これでまた魔法開発が進みます」


「ほどほどにな」



 彼女達は動乱以降、ちょくちょくこうして特に用事もなく詰所に遊びに来るようになった。俺達としては当然断る理由もないのだが、彼女達はこんな場所に時間を使ってもいいのだろうか。



「ハイトって、今の役職は暫定的なもので、混乱が収まったらまた辞めるつもりなんでしょ?その後どうするかって決めてるの?」


「そうだな……」



 勿論、決めている。

 今目の前にいる三人には世話になったことだし、どうせだから発表してしまう。



「旅を、しようと思っている」


「旅、ですか?」


「ああ」



 この世界に来て、俺は何よりも切望していた自由を手に入れることができた。

 例えこの世界がデータでできた仮初のものだったとしても、俺はこの自由を楽しみたい。



「修行の旅……と言いたいところだが、正直言って俺のレベルはもう頭打ちだ。剣の腕が鈍らない程度に、気ままな旅をするつもりだ」


「へぇ……何だか私達プレイヤーみたいね」


「つまりハイトさんは、24時間永遠とプレイし続けるゲーム廃人となると」



 サフィリア、相手がNPCだからって言って良いことと悪いことがあるぞ。



「それまでにハイト殿には何とか心変わりをしてもらわねばな……やはりここは、私の身体で勝負するしかないか?」



 メリッサはそう言いながら、俺の隣に座って体を擦りつけて来る。確かにメリッサは大変魅力的な女性ではあるが、残念ながら鎧越しでは硬い感触があるだけだ。



「公爵令嬢と貴族落ちが結ばれるなど、他の貴族が黙っていないだろう」


「ええ?私は結構お似合いだと思うけどなぁ」


「勘弁してくれ」


「ふむ、フラれてしまったか」


「ハイトさん、ひどいですね」


「……何故そうなる?」



 こんな馬鹿らしい会話ができるのも、ここにいる人間や他のプレイヤー、NPC達が死力を尽くした結果なのだろう。


 俺はこの何気ないひと時を、王都を爛々と照らす太陽を見つめながら噛みしめた。






───────



 お読みいただきありがとうございます。

 というわけで第一章『あらたなる剣聖』でした。


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 次回更新は少々日を空けることになるかと思いますが、気長にお待ちいただければ幸いです。




 




 

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