第35話 渇望

──【剣聖】ハイト・グラディウス──



 アグネスの自爆スキル『魔誓オース』と、俺のスキル『聖剣憑依セイクリッド』の衝突、この二者の巨大な力な奔流は、一体何を巻き起こしたのか。


 結論から言おう。何も起きていない。



「ふ、不発……?」


「だが、グラディウス卿の剣は確かに……一体、何が起こったというのだ」



 雷鳴が降り注ぐこの空も、街が瓦礫と山と化しているこの光景も、何も変わっていない。

 一つ変化をあげるとすればそれは、



「アグネスは────きゃ、何!?」


「この音はレベルアップ?」


「てことはそういうこと?……カノーファスとは比べ物にならないわね、一気に5つもレベルが上がったわよ」



 アグネスが死を遂げたことぐらいだろう。



「他にも魔人が潜伏でもしていない限り、今回の元凶は叩くことができたと考えて良いだろう」


「ハイトさん、今のスキルは一体?」


聖剣憑依セイクリッド魔壊デストル。あらゆる『魔』を破壊する、聖剣憑依セイクリッドの奥義の一つだ」



 この『魔』というのは非常に範囲が広い。

 プレイヤーにはMPと表現される魔力は勿論、魔人や魔物も『魔』に該当する。そしてこのスキルは、あらゆる防御を貫通して対象を破壊する。

 相手にどれだけのHPが残っていたとしても一撃で粉砕できるという、反則じみたスキルなのだ。


 だが”抹消”ではなくあくまで”破壊”であるため、そのものが消失してしまうわけではない。だからアグネスの死体は俺のインベントリに入っているし、行き場を失った魔力は今も天候を荒らしている。



「魔人にとっては天敵のような存在なのだな、【剣聖】というのは」


「本当の意味で天敵とは言い難い。魔人相手に毎回剣をこんなにしてしまっていては懐が持たん……メリッサ殿には、謝罪では足りないことをしてしまった」



 勿論、そんなスキルが乱発できるわけもなく、剣は一度スキルを発動しただけでボロボロの状態だ。刀身は粉々に砕け散ってしまったし、柄にまでヒビが入っている。これでは修復は不可能だろう。


 誤解のないように言っておくが、決してメリッサの剣がなまくらだったわけじゃない。それどころか業物と呼んで遜色のない逸品だった。そんな剣でも、こんな状態になってしまうくらい剣の負担が大きい技なのだ。


 剣士の端くれとして、このような剣をいたずらに破壊するような戦い方はできればやりたくないというのが本音だ。



「所詮武器は消耗品。娘も騎士としての歴は浅いとはいえ、それくらいは理解しているだろう」


「そうだとしても、俺が借り物の剣を壊してしまったのは事実だ」


「メリッサさんも言ってましたが、ハイトさんは意外と堅物ですよね……ひとまずそれは後に置いておきませんか?まだ王都の脅威は完全に去ったわけではありませんし」



 確かにサフィリアの言う通りだ。魔人は二人とも討伐が完了したとはいえ、都合よく王都に放たれた魔物まで消え去ったわけではない。

 貴族街は閑散としているが、まだ魔物は王都中で暴れていることだろう。



「それもそうだな。では早速」


「待ってハイト、あなた剣はどうするの?」


「……騎士団で事情を話せば貸してもらえるだろうか」



 危ない、ガイロンと戦う時と同じ轍を踏むところだった。こっちに来てから、ちょっと気が短くなっている気がする。



「ついでにメリッサさんの様子も見に行きましょうか」


「私は今度こそ王城に向かおう。魔人がいないとなれば、最短距離で問題ないだろう」


「魔物はいるかもしれませんから、どうか気を付けてくださいね」



 シンセル卿は下がっていた部下達を呼び戻すと、馬車で王城へと向かっていった。

 こんな状況で逃げ出さなかった部下もそうだが、彼らを引いている馬達も相当な胆力だ。流石は公爵家御用達の軍馬と言ったところか。



「私達も行きましょうか」


「ええ」「ああ」




♢ ♢ ♢




──【疾剣士】アイシス──



 アグネスは強かった。

 今の私達じゃ、確実に歯が立たなかった。

 私達は私達で、持てる手札を出し尽くしてはいたと思う。サフィのアンチ魔法なんて、世界中どこを探してもできるのはサフィくらいでしょ。



(でも、彼女には勝てなかった)



 バリアの魔法なんてなくても、それどころか一切の魔法抜きに戦っていたとしても、私達は勝てなかったと思う。

 ヨスルさんを含む全員が今生きていられるのは、ハイトのお陰。



(こんな情けない話が……)



 ここまで自分に無力感を味わったのはいつ以来かしら。もっと強くなりたい。


 スキルやレベルもそうだけど、それ以上に自分の技量をもっと磨きたい。


 もっと、もっと強くなりたい……!



「アイちゃん!」


「え、な、何急に?」


「急じゃありません。さっきから呼んでました」


「ご、ごめん」


「謝る必要はありません。特に用があったわけでもないので。何やら思い詰めた表情をしていたから気になっただけです」



 サフィの推理はこっちでも絶好調みたい。そこそこ付き合いの長い私の心理を察するのなんて、彼女にとっては朝飯前よね。



「私が言える立場ではありませんが、ここは所詮ゲームの世界です。アイちゃんが今どんな心境なのかは何となく察しが付きますけど、ちょっと入れ込み過ぎだと思いますよ」


「……確かにね、サフィの言う通りだわ」



 言いたいことは分かる。

 私は剣の修行の場所として利用している側面もあるけど、グラドマギス・ワールドはどこまで行ってもゲーム。戻ることがないNPCの命だって、元を辿ればポリゴンデータの集合体でしかない。


 でも、最近私は彼らの命を仮初のものだと思えなくなってきている。私の命は仮初なのだから、命を懸けても守らなきゃいけない。そう考えることが、日に日に増えている。

 そんな風に考えが変わっている一因には、間違いなく前を走る青年の存在が大きい。



(本当に、どんな修行を積めばここまで強くなれるのかしら)



 確かにレベルも高い、スキルはどれも強力。だけど私は、それよりもハイトの技術に目を惹かれる。

 盾を使わない剣一本の戦闘スタイルは、一見攻撃的なイメージを抱くけど、私が見るに実際は真逆、圧倒的な防御力で相手が崩れるタイミングを窺うカウンタータイプ。

 最後の魔壊デストルだって、確実に仕留められる瞬間に行使しなければアグネスを倒すのは不可能だったでしょうし。



「……あれ?」


「アイちゃん、どうかしましたか?」


「い、いえ。何でもないわ」



 そう言えばあのスキルって、メリッサの剣でも一回でボロボロになっちゃうくらい代償が大きいスキルなのよね?



 ……だったら、ガイロンはどうやって倒したの? 







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