第13話 重なる面影

 ─side Height─



「届いた!」



 何者かがこちらに急接近していることには気付いていたし、攻略隊の中でそんなことができるとすればアイシスくらいだろうなという予想もあった。

 だがしかし、こうしていざここまで辿り着いた彼女の姿を目にすると、驚きを隠しきれない。



「──」


「っと!」



 俺の注意が逸れたのを察知したのか、幻影騎士が勢いよく斬りこんできた。

 こいつら、移動に全く音を立てないからどうしても反応が一瞬遅れてしまう。



(にしてもやけに強いな。下手したら本体の王様よりも強そうだ)



 この身体を得たのが剣に覚えのある俺だったから良かったものの、他の素人だったらハイト・グラディウスの人生はここで終わっていた可能性さえある。



「助太刀に来たわよ」


「助かる。流石にこの数相手では、攻め手に欠けていた」



 今は『絶魔結界サンクチュアリ』を使用しているため、他スキルの発動ができない。

 これが他のスキルであればもう一つ二つくらいは使えるんだが、このレベルのスキルは要求INTインテリジェンスが凄まじい。



「とりあえず、私が遊撃として数を減らしていくわ。本当は何体か受け持てれば良いんでしょうけど」


「この狭い結界内で各々が戦うのは厳しいだろう。固まって動くのが得策だ」



 『絶魔結界サンクチュアリ』は発動者、つまり今回の場合は俺を中心として展開されており、俺が移動すればその分だけ結界の中心もズレる。

 いくらアイシスが凄腕の剣士とはいえ、俺の移動を気にしながらこのレベルの騎士を複数相手取るのは厳しいものがある。



「攻撃は任せて頂戴、幻影に虚は無さそうだけど、それでも後れを取るようなことにはならないわ」



 そう言いながら俺の隣に立つ彼女の横顔を見ていると、瞳に映るその姿にとある男の姿が重なる。



「……どうしたの?」


「……いや、何でもない。少し昔を思い出していただけだ」



 立ち回りの手札が豊富なサダルが敵の攻撃をいなし、その隙を俺が横から叩く。

 まだ互いに未熟だったころ、俺達はそうやっていくつもの盗賊団を潰していた。


 立場は逆になってしまったが、同じ剣を持ち隣に立つ彼女にその面影を重ねてしまうのは、きっと仕方のないことなのだろう。



くぞ」


「ええ」



 二人は同時に音もなく駆け出した。

 すぐにアイシスの姿がブレる。これを再現できるスキルはいくつかあるが、彼女の場合は自前の技術だろうな。



「───」



 俺はきっとまだ、このハイト・グラディウスという人間を理解しきれていない。

 取得しているスキルの数々、そして騎士としての経験、そのどれもが俺にとってはただの記憶情報でしかなく、実戦でそれらを十全に生かせているわけでないからだ。


 だが、俺にも武器はある。

 ハイト・グラディウスではなく、宵崎の剣士、叶馬としての武器が。



(向かってくる剣は三つ。一つは正面からの振り下ろし、次にやや遅れて右からの袈裟斬り、最後のはフェイントを噛ませているな。ひとまず二つ処理した後、三人目の出方を窺う)



 まずは振り下ろし、これの対処は難しくない。タイミングを計って剣を横に振り、強引に剣を弾き飛ばす。もやのような見た目の割に、しっかりと鎧を着こんでいるかのような重量感だ。


 次は袈裟斬り。さきほど剣を振りぬいた影響で腕が伸びきっており、このまま剣で受けようとすれば力負けするのは必至。そのため体を反転させ、剣との身体の距離を無理やり近づけることによって伸びきった腕を折る。


 袈裟斬りはなおも軌道を変えてこちらを狙ってきたが、途中で狙いを逸らせばその分威力は落ちる。こちらもしっかりとした姿勢ではないものの、問題なく受け止めることができた。

 次の攻撃に備えるため、鍔迫り合いに持ち込ませるようなことはせず幻影騎士を蹴り飛ばす。



(追加で向かってきているのが二人、フェイントのやつは突き攻撃に切り替えて来たか。大丈夫、致命傷を避けさえすれば、多少の被弾は問題ない)



 宵崎家は武士の時代よりもさらに前の時代を発端とした、日本の歴史のからみてもかなり息の長い家ではあるが、その名が記された歴史書は極端に少ない。


 その理由はいくつかあるが、一つに宵崎の剣が守護の剣であることが挙げられる。

 戦に出ることはほとんどなく、あくまで主君を護るためにのみ宵崎の人間は剣と取った。

 主は時代により異なったが、もし宵崎を攻めの手に使おうとすれば、その主を斬ってまでその心情を守ったらしい。


 そんな物騒な家にどこのどいつが自分の命を守らせるのかと問いたくもなるが、防御にのみ焦点を置いた宵崎の実力は本物。

 これは実際に技を学んだ俺自身が実感している。



「小分けに来られても時間の無駄だ、まとめてかかってこい」


「私を忘れてないでしょうね!」



 俺が迎撃した幻影騎士を、姿を眩ませていたアイシスが叩く。

 幻影はHPゲージが存在しないから確定情報ではないが、反応を見るにダメージは与えられているようだ。



「この狭い結界の中で、どうやって姿を眩ませているんだか」


「こればかりは教えられないわね、教えたからって誰でもできるものでもないし」



 彼女の技術には、何らかの『才能』が関わっているということだろう。


 『才能』という言葉は嫌いだ、自分の努力を否定された気分になる。

 だがだからと言って、その存在を否定するつもりはない。才能の有無、そして差異は、残念ながら確かに存在しているものだ。



「私ヲ忘レテモラッテハ困リマスネ!」


「「!!」」


「『フレイムトルネード』!」



 カノーファスは俺と違い、複数のスキルや魔法を同時に展開できるらしい。アンデッドのくせして火の系統まで使ってやがる。

 そしてどうやら、さらに魔法の展開準備をしているようだ。口元の動きからして、雷系統の魔法か?



「あの炎、どうにかできるか?」


「無理!そんなスキル持ってない!」


「なら俺が何とかしよう、しばらく幻影騎士を抑えておいてくれ」


「無茶言うわね貴方。まあでも、任せてちょうだい」


「助かる」


(さて、スキルが使えない今は少々荷が重いが……やるだけやってみるか)



 宵崎流中伝───狐枯こがらし



 くるりと大きく全身を回転させながら剣を振るい、『フレイムトルネード』よりもやや小さい竜巻を生み出した。

 そのサイズを見てカノーファスはニヤリと笑みを浮かべるが、すぐさまその表情を驚愕に染めることになる。



「ナ!?ナゼ火ガ消エテ!?」



 狐枯らしが触れると同時に、炎の竜巻はたちまちその勢いを失っていったからだ。

 魔法はそれほど万能ではない、竜巻という原型を失った『フレイムトルネード』は崩壊し、俺達まで届いたのは線香花火のような淡い光のみ。


 仕組みとしては、特に難しいことではない。

 狐枯らしで生み出した竜巻は空気を外に追い出すような風の流れになっているため、その中は真空に近い状態になっているのだ。

 だからその竜巻を呑みこもうとすれば、酸素を失った火は消えるしかない。


 これが現実の俺、宵崎叶馬の肉体であれば、あそこまで巨大な炎を消すことは出来ない。焚火の火が精々だ。

 そこはハイト・グラディウスの高い能力値のお陰だと言える。



「い、今のは何のスキル?」


「スキルではない。本質的には『虚の刃』と似たようなものだ。それより、来るぞ」



 カノーファスの手元には、どす黒い雷雲が巨大化しながら集まっている。あれは……



「あれは『ホーミングボルト』だ。その名の通り、一度狙いが外れても軌道を変えて追い立てて来る」



 ヤツがどれほどの軌道を雷を展開できるかは未知数だが、一人に複数の雷を向かわせることはできない。


 雷が俺とアイシスの二本だけであれば、一本ずつにはなるがスキルを使えない状況でも十分に対処は可能だ。

 攻略隊の面々まで標的とされていた場合は……頑張ってもらうしかない。いや、アンデッドが壁となっているから向こうまでは届かないか?



「追尾系の魔法は厄介極まりないが、動き自体は常に直線的だ。アイシス殿の速度であれば、注意していれば躱すことは容易だろう」


「了解、とりあえず避けておけば貴方が何とかしてくれるってことでいい?」


「ああ、任せておけ」



 ちらりと視線をやってみれば、幻影騎士の姿がない。どうやらアイシスが倒したわけではなく、相手をしていたら消えたようだ。


 アンデッド召喚に幻影騎士、それに『フレイムトルネード』と幾重にも重ねて魔法やスキルを発動させてきたが、流石にこれ以上はヤツからしても荷が重いらしい。



「来るぞ!!」



 俺がそう言って剣を構えると、カノーファスは嗜虐に塗れた邪悪な笑みを浮かべた。



「クライナサイ、『ホーミングボルト』!!」



 次の瞬間、が、俺の視界を埋め尽くした。






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