第15話 消えた重荷
脳内に響くファンファーレ音。
俺がこの世界で意識を取り戻してから初めての、そして【剣聖】ハイト・グラディウスにとっては二か月振りとなるレベルアップを知らせる音だ。
(流石に、これ以上が出てくると俺もきつい)
しばらくボス部屋の奥を眺めていたが、それはなさそうだ。
元々はサダルとその取り巻きだけの予定だったのに、まさか裏ボスが出てくるとは。サダルがアンデッドになった経緯を考えれば、この可能性も考慮できたはずだが……自分でも気が付かないうちに、サダルに固執しすぎていたのかもしれない。
「ハイト」
「……アイシス」
「ハイトさん、お疲れ様でした」
俺の元へと駆け寄ってきたのは、アイシスとサフィリアの二人。他の攻略隊は後ろでお祭り騒ぎだ。
結局NPCである俺が一番目立つ形になってしまって申し訳ない気持ちもあったのだが、あの様子を見るに気にする必要は無さそうだな。
「二人こそ、大変な事態に巻き込んでしまって済まなかった」
「いえいえ、それに文句を言うプレイヤーは一人もいませんよ」
「ええ。不謹慎なのは承知で言わせてもらうけど、私達にとっては嬉しいことも多いから」
僅かに上がる二人の口角。俺でもレベルが上がったんだし、他の攻略隊も軒並みレベルアップしていることだろう。サフィリアは一気に2レベル、アイシスに至っては3レベルも上がっている。ここら辺は貢献度の差だろうな。
「ハイト、お疲れさん。俺達はまっすぐ帰るつもりだが、お前さんはどうする?」
「ダンジョンの出口までは同行させてもらおう。その後は……特に決めていないが、どこかで一度王都に帰るつもりだ。サダルの家に、コイツを返しに行かなくてはならん」
そう言って俺は黒剣に軽く触れる。
国法的には俺のものにしても大丈夫なんだが、そこは気持ちの問題だ。
勿論今は剣がないので、しばらくはお世話になるけどな。王都には世話になっている武具屋があるらしいので、そこで新しい武器を見繕おうと思っている。
「ふーん、返しちゃうんだ?」
「アイシス殿が欲しいというのなら考えるが?正式には俺のものでもないしな」
「いやいや、この状況で欲しいとねだれるほど図太くないわよ。性能は確かに魅力的だけど、私にはちょっと重すぎるしね。もうちょっと軽い剣の方が好みかな」
攻略隊の方にも視線を向けてみるが、声を上げる様子はない。ものは試しと名乗り出てくる人が一人くらいいるかと思ったんだが。
「性能とか見てみたい気持ちはあるが、普段使いするのはなぁ……」
「今の進行度から言って明らかにオーバースペックだろう。先の戦いに面白みがなくなる」
「それなー。【剣聖】さんが強いのは前提としても、あんなヤバそうな裏ボスを首チョンパで一撃って、絶対その剣も普通じゃないでしょ」
首チョンパって。今日日聞かない言葉だな。
まぁ、彼らが言いたいことは分からなくもない、俺も自分のレベルやステータスに見合わない装備を身に付けるのは気が引ける側の人間だ。今ならむしろ喜んで装備するけどな、死ぬの嫌だし。
「おーし、とりあえずそろそろ時間ヤバそうなのが何人かいるから、とりあえずここを出るぞー。ダンジョンでログアウトするとロクなことにならん」
「ここならモンスターは湧かなそうですけど、少人数でここを突破するのはきつそうですもんね」
「その通りだ。せめて森の中までは戻っておいた方が良い」
そう言って俺達は、ダンジョン『騎士の墓場』の帰路を辿る。
今までアンデッドを集めていたカノーファスがいなくなった影響か、ダンジョンに湧いているモンスターの数は、行くときに比べて随分と減っている。
「折角ボス倒したのに、帰りで全滅とか冷めるよな」
「分かる~、なんか言いようがない虚無感に襲われるんだよね」
「そもそもボス戦で人数もアイテムも消耗するんだから、難易度変わらなかったら帰りの方がきついってことになるしなー。リアル指向のこのゲームならやりかねないけど」
だから、こうして雑談混じりにリラックスした状態で帰ることが出来ている。
少々話の方向性がNPCでは介入できないメタ寄りの会話で気まずかったので、俺は行きと同じく道中の雑魚狩りをした。
帰りは数も少ないし、精神的にも楽なものだったので、色々と考えるのに丁度良かった。
「うっし、脱出!とりあえず、一旦ここで解散にしよう。ここでログアウトする奴はアバター消滅までは見といてやるよ。一応打ち上げ的なもんも考えてるが、まぁ後日だな。裏ボスのせいで俺も時間がヤバイ」
「自分朝早いんで落ちますわ~」
「おっと、少し待ってくれないか」
俺はそう言って自身のステータス画面を呼び出し、急いで操作をしていく。
「今回の件、俺を連れ出してくれた二人は勿論のこと、攻略隊の方々には本当に世話になった。これだけでは礼にならんかもしれんが、受け取って欲しい」
【ストーリークエスト『幽鬼の勇気』がクリアされました】
「ちょ、これって!?」
「すごい量の
「マジか!?」
「元より腕試しをしにきたプレイヤーから巻き上げた金だ、遠慮なく受け取ってくれ」
彼らに所持金のほとんどを渡したので、今の俺は一文無しの状態だ。
だが換金していないモンスターのドロップアイテムなんかは大量に残っているので、これで路頭に迷うようなことにはならない。
「だけどこれ、途中で死んじまったプレイヤーにはどうするんだ?」
「問題なく配分されているはずだ。どうやっているのかは俺も知らん」
「そうなのか。あんだけ大活躍だったやつに金まで貰っちまうのは、少々気が引けるが……」
「さきほども言ったが、遠慮なく受け取ってくれ。金額を上げないと挑む者が減らないから仕方なく高額に設定していただけで、森では使い道もなく溜まる一方でな。正直、俺では間違いなく持て余す」
そこまで言ってようやく納得してもらい、ようやく解散の運びとなった。
まずは時間が迫っているのか、この場でログアウトするものが数名。街などの安全フィールド内であればどこでもすぐにログアウトが可能だが、こういったモンスターが湧くフィールドの場合、3分間はアバターが残る仕様だ。
モンスターや他のプレイヤーに狙われ放題なのは言うまでもないので、ベータの時からパーティーの場合はこうして他の誰かがアバターを見守るのが慣例になっていた。
ちなみに、ダンジョンの内部だとこの仕様がもっと厳しいものになり、アバターの残留時間が10倍の30分まで延びる。
こうなるとほぼ間違いなく死亡するが、ダンジョンにはモンスターが寄り付かないセーフティーエリアが存在しているため、どうしてもログアウトが必要な場合はそこで落ちるのが普通だった。
「うし、消えたな。俺達も王都まで帰るか」
「ハイトさんも一緒に行きますか?」
「いや、俺は一度小屋に戻ろうと思う。事情を知らぬ挑戦者が待ちくたびれていないとも限らんのでな」
苦笑交じりにそう言う。
もうこの森に住み続ける理由はなくなった、この先ハイト・グラディウスというキャラクターがどう行動していくかは、本人にすら分からない。
「そか。んじゃ、またどこかでな」
「私が勝つまで、他のプレイヤーに負けないでちょうだいよ」
「お世話になりました」
「またな、報酬サンキュー」
攻略隊に分かれを告げ、彼らとは反対の方向に足を進める。
その足取りは自分でも気が付かないうちに、羽のように軽くなっていた。
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