第15話【赤魔道士】は【神官】と共闘する

 振り返ったノエルは、きょとんとしたまま俺を見返してくる。


「えっと、お兄さんも回復が必要なのかな? 見たところケガはないみたいだけど」


 こいつ、俺のことを覚えてないのか?


「ノエルだよな?」

「あれ、前にどこかで会ったっけ? ボク、人の顔とか名前とか、覚えるの苦手だから……」

「俺だよ、元狼牙剣乱の」

「狼牙剣乱って――」


 その名前を聞いたノエルは不愉快そうに眉を寄せたあと、すぐに目を大きく見開く。


「――ええっ、赤魔道士のセンパイ!?」

「思い出してくれたか」


 っていうか、センパイってなんだよセンパイって。

 そういやコイツには名乗ってなかったっけ。


「な、なんでこんなところにいるのさ!?」

「いや、それはこっちのセリフだよ。ウォルフたちはもう次の町へ進んだんだろう?」

「あ、えっと、それは……」


 ノエルが気まずそうに目をそらす。

 なにか事情があるとは思うけど、狼牙剣乱にいるはずの彼が、なぜここで辻ヒールみたいなことをしているんだろうか。


「おいっ、どいてくれ!!」


 詳しく話を聞こうとしたけど、背後から怒鳴り声で中断される。


「回復屋! 回復屋はいるか!?」


 すると人混みをかき分けて、数名の冒険者が現れた。

 全員が、人を背負っている。

 彼らの様子から、怪我人を運んできたようだ。


「ここにいるよ!」


 ノエルは表情を引き締め、彼らに駆け寄った。

 そしててきぱきと指示を出し、怪我人を寝かせて《傷回復ヒール》をかけていく。

 俺も手伝おうかと思ったが、ノエルはあっという間に全員の傷を癒してしまった。

 さすが【神官】だけあって、腕は確かなようだ。


「すまないが、えんでんのほうへきてくれないか!? まだまだ怪我人がいるんだ!」

「わかった、案内して!」


 彼はそう言って俺を一瞥すると、一瞬眉を下げただけで身を翻し、冒険者たちとともに去って行った。


 どうやら塩田のほうでなにかあったようだが、俺はひとまずエメリアたちのもとへ向かうことにした。


 あたりは騒然としており、怒号や悲鳴が飛び交っている。

 遠くからは、戦闘音も聞こえてきた。


 こういうときは、まず仲間の安全を第一に考えないと。


「エメリア! プリシラ!! どこだ!!」


 彼女たちの名前を呼びながら、屋台を目指す。

 人波は転移陣のほうへ流れているが、屋台があるのはその反対側だ。


「ししょー! ししょー!! こっちですー!!」


 流れに逆らいながらどうにか進んでいると、プリシラの声が聞こえた。

 目を向けると、ぴょんぴょんと跳びはねる彼女のウサ耳が見える。


 俺はときに力ずくで人波をかき分け、ときに人と人のあいだをすり抜けて進み、ふたりのもとへ辿り着いた。


「エメリア、プリシラ、大丈夫か?」

「ええ、私は平気よ」

「問題ないのです!」


 彼女たちは人の流れから少し離れた場所に身を置き、様子を見ていた。

 プリシラが警戒してくれたおかげで、問題はなさそうだった。


「それにしても、なんの騒ぎだ?」

「どうやら海岸にサハギンの群れが現れて、塩田の人たちに襲いかかったみたいなの」


 ここでもサハギンかよ。


「防衛軍や冒険者の護衛がいたはずだけど……」

「どうも予想以上の数が現れたみたいね」

「そっか」


 そうなると、人手は多いほうがよさそうだ。


「エメリア、ここで待っていてくれるか?」


 できれば早く避難してほしいけど、この騒ぎに飲まれるほうが危険かもしれない。

 なら、もう少し騒動が収まるまで待機していたほうがいいだろう。


 このあたりは海岸からも離れているので、サハギンが来る気配もない。


「大丈夫よ。いってらっしゃい、レオン」


 そんな俺の心中を察したのか、エメリアはそう言って微笑んでくれた。


「師匠、わたしはどうすればいいですか?」

「ここでエメリアを守っていてくれ。もしかしたらモンスターがくるかもしれない。それに、こういうどさくさに紛れてロクでもないことをやらかすヤツが現れるかもしれないからな」

「わかったです!」

「任せた。もし落ち着きそうなら、先に帰っていいから」


 俺はそう言い残し、塩田へ向かった。


○●○●


「とんでもないな、これは」


 12階や13階に劣らない数のサハギンが、海岸に溢れていた。

 防衛軍と冒険者は、サハギンどもが避難する人たちのほうへ向かわないよう、必死に押しとどめている。

 ただ、塩田に取り残された作業員もいるようで、彼らを守りながらの戦いはかなり厳しそうだ。


 人波から手の空いた冒険者が次々に参戦しているので、そのうち騒動は収まるだろう。

 俺もひとりの冒険者として、一刻も早く事態の解決をはかるべく海岸に向けて駆け出す。


「はい、もう大丈夫!」


 騒ぎの中、ノエルの声が聞こえた。


「すまねぇ、助かった!」

「いいから。動けるなら、早く避難して!」


 どうやら彼は、取り残されてケガをした作業員を治療しているようだった。


「ジャアアァッ!!」


 そこへ、防衛ラインを超えて現れた個体が襲いかかる。


「わわっ!?」

「《魔弾マギブレット》!」


 ノエルのすぐそばで腕を振り上げていたサハギンの頭を、魔法の弾丸が撃ち抜く。


「大丈夫か?」


 俺はノエルに駆け寄り、彼の前に立って手近なところにいる個体を撃ち殺していった。


「た、助かったよ、センパイ」


 そのセンパイ呼びはどうにかならないのかと思ったが、そういうのはあとでいいか。


「魔力に余裕は?」

「まだまだ大丈夫だよ」

「ならついてこい。露払いは俺がしてやる」


 サハギンの討伐はほかの冒険者に任せて、俺はノエルを連れて作業員の救出へ向かうことにした。


 かなりの数が取り残されているようなので、俺もサハギンを撃ち抜く片手間に《傷回復ヒール》をかけていく。


「すごい……攻撃魔法と回復魔法を同時に……?」


 ちらりとノエルを見ると、彼は作業員を回復しつつ、俺を見て驚いているようだった。


「知らないのか? 【赤魔道士】は器用なんだ」


 そう言ってわざとらしく口角を上げる。

 実際は〈多重詠唱〉のおかげなんだけどね。


 俺とノエル、それにほかの【白魔道士】や【神官】たちの行動で、取り残された作業員は無事回復のうえ避難に成功した。

 ただ、残念ながら犠牲者ゼロとはいかず、そこかしこに死体が転がっている。


「このあたりの死体は損傷が少ない! 敵は寄せ付けないから、手の空いているヤツは回収してくれ!!」


 周囲のサハギンどもを蹴散らしながら叫ぶと、【荷運び】らしい男たちが数名駆け寄り、転がっている死体を抱え上げた。


「くれぐれも塔からは出さないでくれよ」

「おう、わかってらぁ!」


 死体を抱えた男たちは、そう応えて海岸から離れていった。


 塔内で死んだ場合に限ってだが、高レベルの【司祭】が使える《蘇生リザレクト》で生き返ることができる。

 サハギンの数が減ってきたこともあり、砂浜のあちこちで死体の回収がおこなわれているのが目につきはじめた。

 これで少しでも犠牲者の数が減ればいいんだけど……。


 救出および回収作業が一段落ついたところで、俺も前線に加わり、主に《魔弾マギブレット》での援護射撃に集中した。

 そうこうしているうちにサハギンの群れは全滅し、騒動は一応の終息を迎えた。


「レオン、おつかれ。あなたって、本当に強いのね」

「おつかれさまです、師匠! かっこよかったです!!」


 避難もあらかた終わり、エメリアたちは塩田の近くまで移動していた。

 どうやらそこで、俺の様子を見ていたようだ。


 ノエルからはもう少し話を聞きたかったけど、途中から彼は避難の手伝いに回っていた。

 あちらはあちらで混乱していて、結構な怪我人が出ていたようだ。


 ざっと見回したがノエルの姿は見えず、諦めて帰ることにした。

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