第17話【姫騎士】は己の未来を選ぶ

 翌朝、スッキリ目が覚めた。

 やっぱり寝る前に《疲労回復リカバー》をかけておくと、疲れが取れやすいのかな。


「ん……うーん……」


 俺が身体を起こした拍子に、隣で寝ていたミリアムさんも目を覚ます。


「あれ……レオンくん……?」


 薄く目を開けた彼女は、俺を見て首を傾げた。


「おはよう、ミリアムさん」

「えっと……おはよう?」


 まだぼんやりとした表情のまま、ミリアムさんは身体を起こした。


「あれ、あたしったらなんで……」

「昨日の夜ここにきたんだけど、覚えてない?」

「そういえば昨日、すごく疲れてて、それでレオンくんに癒してもらおうと……」


 そこではっとなにかに気づいたミリアムさんは、目を大きく開いて俺を見た。


「あの、あたし、もしかして……」

「うん、疲れてるみたいだから、とりあえず寝る前に《疲労回復リカバー》をかけときました」

「《疲労回復リカバー》って、じゃあ……!」


 塔の外で魔法が使えるってのは、そういうことだと気づいたんだろう。


「やだ、あたしったら……!」


 頬を真っ赤にしたミリアムさんは、そう言うと両手で顔を覆った。

 その直後、ぴくりと震えて硬直する。


「あ、あれ……?」


 戸惑うようにそう言いながら、ミリアムさんは自分の顔――主に目元あたり――をパタパタと触る。


「メガネ、は……?」

「この部屋にきたときには外してたけど?」


 俺がそう言うと、彼女はふたたび顔を真っ赤にしてしまう。


「やだぁ、見ないでー!」


 そしてそう叫ぶやベッドから飛び降り、駆けだしてしまった。


「待ってミリアムさんっ! 下、穿いて……!」


 そんな俺の言葉は届かなかったようで、ミリアムさんはお尻を丸出しにしたまま、部屋を出て行ってしまった。


「ちょっとミリアム!? あなた朝からなんて格好を……」

「やーっ、見ないでー!」


 部屋の外でエメリアに遭遇したらしい。

 たぶん顔を隠して下半身を丸出しにしたまま、自分の部屋に戻ったんだろう。


 まぁ、この家には俺以外女性しかいないから、大丈夫……なのかな?


「これ、どうしよう?」


 彼女が去ったあと、ベッドにはショーツが残されていた。

 俺が意識していなかったせいか《浄化クリーン》はかかっておらず、彼女の汗の匂いが染みこんでいるみたいだった。


 ○●○●


 いろいろあったものの無事朝食を終えた俺たちは、リディアの話を聞くことになった。


「昨日の話しぶりだとクラスチェンジはしてないみたいだけど、なにかあったの?」

「ええ、【姫将軍】以外の候補が現れたのですわ」


 リディアはレベル35中級マスターレベルになった時点で【姫将軍】が候補に挙がっていたんだけど、今後の成長も考えて中級職を維持していた。

 昨日晴れてレベル50中級リミットレベルになったので、いよいよクラスチェンジをするはずだったんだけど、どうやら別の候補が現れたみたいだ。


「その候補っていうのは?」

「【女王騎士】というものですわ」

「【女王騎士】……」


 女王なんだか騎士なんだか、よくわからないクラスだな。

 まぁそれをいえば【姫騎士】も似たようなものだから、クラスの名称に疑問を持ってもしょうがないんだけど。


「で、その【女王騎士】っていうのはどういうクラスなのかな?」


 俺はミリアムさんに視線を移しながら、そう問いかけた。


「それがね、昨日調べてみたんだけど、過去に例がないのよ」


 ミリアムさんは小さく首を振りながらそう答えた。


 ちなみに【女王騎士】というクラスがどのタイミングで候補に挙がったかは、リディア自身も正確には把握していないようだ。

 少なくともレベル35中級マスターレベルの際にはなかったが、それ以降祝福の間をあまり訪れていないので、レベル50中級リミットレベルの時点で出たのか、それよりも前からあったのか、いまとなっては確認しようがない。


「じゃあ、どんなクラスかわからないのかな?」


 少なくとも前例がなく、より高レベルで候補に現れたからには【姫将軍】よりも【女王騎士】のほうが貴重なんだろうけど、だからといって詳細のわからないクラスというのは怖い。

 俺も【賢者】で苦労したからな。


「前例はないけど、ある程度予想はできそうね」


 ミリアムさんいわく、他のクラスと比べればそれなりの情報は得られるとのことだ。


「リディアさんのお父さまだけど、たしか上級職は【将軍】だったわね?」

「ええ。父はまず【戦士】から始まり、中級の【騎士団長】、上級の【将軍】を経て特級の【元帥】……というのは、言わない約束でしたわね、おほほ……」


 またも口を滑らせてしまったリディアだったが、とりあえず俺たちは気づかないフリをした。

 

 それにしても、そうか……リディアの親父さんも、中級の時点で特殊職だったのか。


「【将軍】というクラスの特徴は、なんといってもその統率力にあるわね」


 なんでも【将軍】をリーダーに据えると、連携を取りやすかったり実力以上の力を出せたりするらしい。


「個人の能力だけを見ると、通常上級職の【聖騎士】や【装甲戦士】には劣るといわれているけど、パーティー全体の戦力アップを考えれば【将軍】のほうが優秀かしら」


【聖騎士】ってのはウォルフのクラスで、リタがたしか【装甲戦士】だったか。

 どっちも強いんだよなぁ。


「そうなりますと【姫将軍】は統率力に、【女王騎士】は個人の戦闘力に優れているというわけですわね」

「そういうこと。だからそのあたりを加味して、クラスチェンジ先を考えたほうがいいと思うわ」

「なら、考えるまでもありませんわね」


 リディアはそう言うと、俺を見てニコリと微笑む。

 ま、パーティー全体の戦力アップを考えるなら当然……。


「わたくし、【女王騎士】になりますわ!」

「ええっ、そっち!?」


 なんでそうなるの?


「あら、なにかおかしなことがありまして?」

「いやだって、パーティー全体の戦力アップなら【姫将軍】のほうが……」

「でもわたくしたち、基本的にはふたりで、プリシラを加えても3人ですのよ? 将軍職にそれほど魅力があるとは思えませんわ」

「いや、もしかしたらメンバーが増えるかもしれないしさ」


 いまのところその予定はないけど、先のことはわからないし。


「だとしても、わたくしたちのリーダーはレオンですから。あなたを差し置いてわたくしが統率者としてしゃしゃり出るわけにはまいりませんわ」

「しゃしゃり出るって……そんなの気にしなくていいと思うけどなぁ」

「とにかく! わたくしは将軍として人の上に立つより、騎士としてレオンに仕えたいと思っておりますの!」

「いやいや、でも女王なんでしょ?」

「その女王はあれですわ、モンスターにつく『ジェネラル』や『キング』みたいなもので、特に意味はありませんわ!」

「えー……」


 さすがにそれは暴論なきもするけど……。


「まぁ、リディアがそうしたいっていうんなら、止めないけどさ」

「さすがレオン! わかってくれると思いましたわ!」


 俺が同意を示すと、リディアは嬉しそうに抱きついてきた。

 そんな様子を、ミリアムさんたちは生温かい目で見てくるのだった。


 ○●○●


「そういやさ、あのサハギンの大量発生って、なんなの?」


 話が一段落ついたところで、俺は気になっていたことをミリアムさんに尋ねた。

 さすがにあの数は異常すぎる。


「あれは大ボスの予兆ね」

「大ボス?」


 うーん、どこかで聞いたことがあるような。

 

「大ボスっていうのはその名の通り、ものすごく大きなボスモンスターのことよ」

「クヴィンの塔のような迷宮型の塔には出ないものですから、レオンはあまり馴染みがないかもしれませんわね」


 そういやギルドの研修で聞いたような覚えがあるな。

 自然型の塔には、最上階のラスボス以外に、とんでもない大きさのボスモンスターがいるって。


「クヴァルの塔には数年から十数年に一度、大ボスが現れるんだけど、その予兆として出現フロア近辺でモンスターの大量発生があるのよ」


 前回は10年前に、26階の砂漠エリアでサンドウォームが現れたらしい。

 数十名をひとのみにできるくらいの大きさがあるらしく、複数のクランやパーティーが協力し、そこに防衛隊も加わって数百名規模の討伐隊が組まれたようだ。


 そうやって異なるパーティー同士で共闘することをレイドといい、大ボス戦をレイド戦と呼ぶこともあるのだとか。

 かなりの犠牲を伴うものの、貴重なドロップアイテムを大量に得られることから、レイド戦となれば町をあげてのお祭り騒ぎになるみたいだ。

 

「大ボス戦となりますと、毎回クヴィンの塔からも応援を寄越すらしいですわね」

「今回も応援要請は出してるはずよ」

「へええ、そうなんだ」


 なるほど、町をあげてどころか、周辺の町を巻き込んでの大騒動なのか。

 前回が10年前ってことは俺がまだ冒険者になる前の話だから、知らなかったんだろうな。

 

「ところで大ボスって、どんなモンスターが出るの?」

「今回は海岸エリアだから、アイランドタートルかオーシャンサーペントでしょうね」


 アイランドタートルってのはその名の通り島ほどもある亀のモンスターだ。

 オーシャンサーペントはヘビ型のモンスターで、ちょっとした川くらいの大きさがあるらしい。


「サハギンの発生状況からして、12階か13階に現れそうね」


 雑魚モンスターが一番多く発生する場所に、大ボスは現れるようだ。


「11階の可能性は?」


 昨日の感じだと、12階と同じくらいサハギンがいたと思うんだけどな。


「いえ、過去の例から言って転移陣のある階層に大ボスが出ることはないわね。これは他の塔も同じよ」

「なるほど」


 そういうものなのか。

 クヴィンの塔には大ボスがいなかったから、そのあたりの感覚はよくわからないな。


「11階の復旧を急いでなんとか拠点にしたいと、領主やギルドは考えてるみたいね」


 数百名規模の討伐隊だからな。

 近くに拠点があると、いろいろ助かるのだろう。


「それで、大ボスってのはあとどれくらいで出るのかな?」

「早ければ10日くらい、遅くともひと月以内には現れそうって感じ」


 そこで、全員の視線が俺に集まる。


「それでレオン、どうしますの?」


 リディアが代表して、問いかけてきた。

 どうするってのは、大ボス戦のことだよな。


「もちろん、参加するよ」


 せっかく巡り会ったお祭り騒ぎだ。

 見過ごす手はないよな。

 

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