第18話【女王騎士】は力を示す
その日、エメリアは食材や雑貨などの買い出しにいくとのことだったので、プリシラが町へ同行することになった。
俺はリディアのクラスチェンジに付き添うため、出勤するミリアムさんを含む3人でギルドに向かう。
「うわ、今日も人が多いな」
午前中の少し遅い時間だというのに、ギルドは人でごった返していた。
11~13階あたりのサハギン討伐があいかわらず活発なようで、すでにひと仕事を終えた冒険者もいるようだ。
引き続き討伐に参加したり、さっさと切り上げて昼前から飲みに出かけたりと、冒険者の行動はさまざまだ。
もう大ボス戦の前夜祭のような雰囲気にはなっているのかも。
騒がしいギルドの様子をぼんやりと眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
「おまたせしましたわね」
ギルドに入ってすぐに別れたリディアは、1時間ほどで戻ってきた。
「どう?」
「無事、クラスチェンジを終えましたわ」
彼女はそう言って、誇らしげに微笑む。
ついにリディアも上級職か。
なんというか、意外とあっさりしたもんだな。
「よう、ちょっといいか」
今日はこれからどうしようか、なんて話そうと思っていたところへ、声をかけられる。
声のほうを見ると、ふたりの男性が興味深げな視線をリディアに向けていた。
ひとりは長身でもうひとりは短躯だが、どちらもかなり体格がしっかりとしている。
ふたりとも褐色の肌を持ち、頭にターバンを巻いていた。
下半身には動きやすそうでありながらもしっかりとした防具を身に着けているが上半身は軽装という、地元冒険者によくみられるスタイルだ。
声をかけてきたのは背の高いほうだった。
「なにかご用ですの?」
「いや、祝福の間から出てきたのが見えてな。もしかしてクラスチェンジしたのかい?」
「ええ、そのとおりですわ」
リディアの返答に、長身の男は誇らしげな笑みを浮かべる。
「実は俺たちもついこのあいだクラスチェンジしたばっかなんだよ。ここ最近のサハギン狩りでレベルアップしてな。念願の上級職さ」
ふと視線を移すと、短身の男も嬉しそうに笑っていた。
祝福の間で格上のクラスになる感覚を知らない俺は、ちょっとだけ疎外感を覚える。
「それはおめでとうございます。それで、わたくしたちになにか?」
リディアが"わたくしたち"と言った直後、男は俺のほうをチラリと見たが、すぐに視線を戻す。
「なに、同じクラスチェンジしたもん同士、臨時でもいいからパーティーを組まねぇかってな」
どうやらパーティー結成のお誘いのようだ。
ふと視線を巡らせると、なんだかそんな話をしている冒険者の集団がちらほら見えた。
「それは大ボス戦に向けて、ということですかしら?」
「ま、それもあるが……」
大ボス戦ってのは功績に応じて報酬が変わるらしい。
とはいえその功績を正確に測るのは難しい。
防衛軍とギルドの両方から戦況を確認する人員は出されるが、すべてを見通せるワケじゃないからな。
となると、やはり声の大きい者が得をすることが多いようだ。
できるだけ大人数でパーティーを組んだり、そのパーティー間でも連帯できるレイドを組んだりして、大人数で交渉したほうが、事が有利に運ぶらしい。
なるほど、それでそこかしこで勧誘合戦みたいなことになっているのか。
だが男の言い様から、ほかにも目的があるような……。
「あんたみたいな美人は見たことがねぇ。だからぜひ手を組みたいってな」
男はそう言って笑い、無駄に白い歯を見せる。
まぁ、ダンディでモテそうな人ではあるけど。
「ならば、わたくしの能力は関係ないと?」
「いや、クラスチェンジしたってことは最低でも中級だろ? それなら大ボスが出るまでに上級へ上がれる可能性はあるからな」
たしかに、あのサハギンの群れを毎日討伐してたら、レベルはすぐに上がりそうだもんな。
「もし上級ってことなら、なおさらありがてぇってところだ」
一応それなりに考えてるみたいだけど、これって控えめに言ってナンパだよなぁ。
「おっといけねぇ、俺はドーザ、こいつはギランだ」
男は自分と、続けて短身の仲間を指して名乗った。
「どうもご丁寧に。わたくしは極志無双のリディアと申しますわ。こちらはレオン、リーダーですわ」
「どうも――」
「あぁ? リーダーだと? このなまっちろいのが?」
俺が挨拶を返す前に、ドーザがバカにするような目を向けてくる。
あ、なんか懐かしいな、こういうの。
ウォルフたちが上級になったあたりから、こうやって下に見られることが増えたんだよなぁ。
そのうちギルドにいかなくなったり、リディアと出会ったりしてそういうのとは縁がなくなったけど。
「せっかくのお誘いですが、お断りさせていただきますわ」
リディアが少し不機嫌な口調で、きっぱりと告げた。
「あ、いや、ちょっと待ってくれ! 別にアンタのリーダーをバカにするつもりはないんだよ! 怒らせたんなら謝るから、考え直してくれ!!」
リディアの言葉を受け、ドーザが慌てて取り繕う。
まぁ悪い人じゃなさそうだけど、【賢者】の件もあっていま仲間を増やすつもりはない。
ここは穏便にお断りを……。
「あら、勘違いしないでくださいまし。わたくし、自分より弱い方とパーティーを組むつもりがないだけですわ」
「ちょっとリディア?」
いや、なんでわざわざ相手の神経を逆なでするようなこと言うの?
「ちょっと待て、じゃあアンタは俺より強ぇってのか?」
「ええ、もちろんですわ」
「ってことは、そっちのリーダーさんはもっと強ぇってことになるよな?」
「言うまでもありませんわね」
いや待って。
賢者タイムならまだしも、【赤魔道士】の状態で上級職に敵うとは思えないんだけど?
「言っとくが、俺は【聖騎士】レベル12だぜ? アンタはクラスチェンジしたばかりだから、上級職だとしてもレベルは1のはずだ」
「ええ、そうですわね」
「それでも俺より強ぇってのかい?」
「さきほどからそう申し上げておりますわ」
そこでドーザの顔から、微かに残っていた笑みが消える。
「そりゃさすがに聞き捨てならねぇな」
そしてドスの利いた声で、そう告げる。
「なら白黒はっきりつけようじゃありませんの」
「そりゃ俺とアンタで勝負するってことでいいのかい?」
「それ以外の意味に聞こえたのでしたら、少し教養が足りませんわね」
いやだから、なんでそんなに挑発するのさ。
「勝負方法は?」
「屋外訓練場で1対1の模擬戦など、いかがでしょう?」
リディアの提案に、ドーザは目を丸くする。
「くくく……ははははっ!!」
そして大きな声で笑い始めた。
「アンタ、正気か!?」
「なにか問題でも?」
「問題ねぇ……、そりゃ塔外ならクラスのレベルもそこまで影響しねぇがよ」
ドーザはリディアの身体を舐めるように見て、口の端を大きく上げる。
「その細腕で、俺に勝とうってか?」
「ええ、楽勝ですわ」
あっさりとそう言われたことで、ドーザの顔から笑みが消える。
「言っとくがリディアさんよ、アンタが言い出したことだからな」
というわけで、ドーザが勝ったらリディアは彼のパーティーに入る、リディアが勝ったらドーザは俺に謝るという条件での勝負が、屋外訓練場でおこなわれることになった。
○●○●
そして十数分後、砂の上にへたり込むドーザの姿があった。
「はぁ……はぁ……ちくしょう、まじかよ……」
結論から言うと、ドーザはリディアに対して手も足も出なかった。
ドーザは木剣を、リディアは棒を使っての勝負だったんだけど、戦闘技術の差があまりにも大きすぎた。
ドーザがいくら打ち込んでも、リディアは軽く棒でいなし、即座に反撃を加える。
開始1分もしないうちに、実力差は明らかとなった。
それでもドーザはなんとか食い下がったが、最後は全身を打たれた痛みとスタミナ切れによって、立つこともできなくなったようだ。
「クラスの恩恵に頼りすぎですわね」
へたり込むドーザを見下ろしながら、リディアは息も切らせずそう告げる。
塔では力任せに斧槍を振り回しているように見えたけど、ちゃんとした技術の裏打ちがあったんだな。
「くそっ……塔内なら……!」
【聖騎士】レベル12の恩恵さえあれば遅れは取らなかった。
ドーザはそう言いたげな視線をリディアに向ける。
「あら」
すると彼女は棒を手放し、〈
「なっ!?」
目を剥くドーザのすぐ近くに、斧槍の刃が落とされた。
クラスの恩恵なしには支えるのも困難であろう巨大な斧頭が、ドンッと音を立てて地面にめり込む。
「でしたら塔内で再戦してもかまいませんわよ?」
その言葉に、ドーザが青ざめる。
「あ、いや……だが、こんな得物を……」
いくら恩恵があろうと、こんな重たい斧槍を振り回せるはずがない、とでも思っているのだろうか。
「お、思い出したぜあのねーちゃん!」
すると、ギャラリーの中から声が上がった。
どうやらドーザはこの町でもそこそこ有名な冒険者らしく、その彼が新参のよそ者――そのうえ美人――と勝負するということで、かなりの野次馬がいるのだ。
「あのでけぇ斧槍を木の枝みたいに振り回して、次々に狩ってやがったんだ!」
「俺も見たぞ! あの嬢ちゃんが笑いながら斧槍を一振りするだけで、嘘みたいにサハギンが死んでくんだよ!」
「ありゃやべー景色だったな」
「見間違いかと思ったが、現実だったかよ!」
そんな声が次々にあがったことで、リディアとの実力差をさらに思い知らされたドーザは、がっくりと肩を落とす。
だがふと思い出したように顔を上げると、彼は俺を見た。
「さっきも聞いたが、あの兄ちゃんはアンタより強ぇってのか!?」
「ええ、もちろんですわ」
いやちょっと待って、さすがにそれはないって!
仮に賢者タイムだとしても、リディアと勝負して勝てるかどうか……。
「信じられないというなら、勝負なさいます? お仲間はお元気なようですし」
「えっ、おれ?」
急に話を振られたギランが、自分を指さして驚く。
「おそらく勝負にはならないと思いますけれど」
「むっ……!」
リディアの言葉に、ギランが顔をしかめる。
というか、なんでさっきから彼女は相手を挑発するようなことばっかり言うのかな。
ふと目を向けると、俺の視線を受けたリディアはクスリと微笑み、ウィンクする。
なにかしら思惑があるんだろうけど……。
「ドーザ、おれ、やるよ。ここまで言われて、黙ってられね」
「おうギラン、よく言った!」
そのあと、野次馬含む全員の視線が俺に集まる。
「あー……」
なんでこうなるの?
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