第19話【赤魔道士】は己の力を再確認する
屋外訓練場で、俺は【装甲戦士】のギランと向かい合っていた。
下はだぼっとしたズボンで、上は裸にベストという格好の彼が身に着けている防具と言えば、革のすね当てと手甲くらいだろうか。
ずんぐりとした体型から見るに、おそらくドワーフと思われる。
その体つきやクラスから察するに、かなりのパワーファイターなのだろう。
腕なんか俺の太ももくらいありそうだもんな。
「どこからでも、かかってこい!」
普段メイスを使っているであろうギランは、大きな棍棒を掲げてそう告げた。
あの巨体から繰り出される攻撃を受けるのはしんどそうだ。
なら、まずはひと当てして様子を見よう。
「じゃ、遠慮なく」
一気に踏み込んで距離を詰める。
なぜか驚くギラン。
はじめの合図はなかったけど、準備は整っていたみたいだから不意打ちじゃないよな、と思いつつ下段から木剣を振り上げる。
「おわっ!?」
それを棍棒で受けたギランだったが、あっけなくバランスを崩してよろめいた。
「くそっ!」
なんとか踏みとどまったギランだったけど。
「……えっ?」
がら空きの胴に木剣を当てると、彼は素っ頓狂な声を上げた。
「えっと……勝ちで、いいのかな?」
「あ、ああ……まいった」
なんというか、拍子抜けするくらい弱かったな。
本当に上級職なのか、この人?
「おおっ! すげーなあの兄ちゃん!!」
「踏み込みとか全然見えなかったぜ!」
「つーか、あの細身でよくギランの構えを崩したな」
「あいつ、普段はいくら打ち込んでもビクともしねーのにな」
という感じで、なんだか賞賛されてしまう。
「なるほど、アンタも見た目によらず相当な使い手なんだな。嬢ちゃんが自慢するのもわかるぜ」
「いや、あはは……どうも」
ドーザに褒められながら、俺はリディアの元に戻る。
「さすがですわね、レオン」
「いや、その……うん」
いまいち状況を理解できず戸惑う俺に、リディアがクスリと笑いかけた。
「相手が弱すぎて、拍子抜けされましたの?」
「えっ? あっ、いや……」
慌てて周りを見回したが、ドーザたち含む野次馬連中は模擬戦の感想やらを語り合っているようで、リディアの声が聞こえた人はいないようだ。
「ご心配なく。相手が弱いのではなく、レオンが強いだけですから」
「そう、かな?」
「ええ。そのあたりのことは、塔に入ってから話しましょう」
というわけで、俺はなんだかよくわからないまま屋外訓練場を後にし、塔へ入った。
○●○●
「それではレオン、軽く素振りでもしてくださいな」
転移陣で11階へいき、人目につかない場所で足を止めたリディアから、突然そう告げられる。
「えっ? ああ、うん」
よくわからないが、とりあえず剣を抜いた俺は、適当に剣術の型をなぞってみる。
「とくに違和感はございませんのね?」
「違和感?」
「ええ、塔の外と中で」
「まぁ、ちょっとはあるけど」
多少塔内のほうが身体は軽いが、それは恩恵のおかげだ。
「ですが、大きな違和感はありませんわね?」
「そりゃ、そもそも【赤魔道士】は恩恵が小さいからな」
剣も魔法も器用に使える【赤魔道士】だが、そのぶん他の近接戦闘職にくらべて身体能力の上昇幅が低い。
それに俺自身も、あまり塔の恩恵は受けにくい体質らしいしな。
そのあたりはいまも昔も変わらないことだ。
「つまり【賢者】に目覚めてからも、変わらないというわけですわね?」
「そりゃいまは賢者タイムでもないし……あっ」
そうだ、俺は【賢者】に目覚めたとき、様々な能力が上昇するスキルを得たんだった。
「もしかして、塔の外でも?」
「おそらくそうですわね」
賢者タイムに塔外で魔法が使えるように、〈身体能力強化〉などの
「リディアはいつからそのことに?」
「プリシラから訓練場でのお話を聞いたとき、なんとなくそう思ったのですわ」
「まさかそれを確認するために、わざわざドーザたちを挑発したの?」
「それもありますけれど……一番はレオンをバカにされて腹が立ったから、ですわね」
彼女はそう言うと、小さく舌を出して笑った。
○●○●
サハギンの群れに襲われた11階には、あいかわらず沢山の人がいた。
塩田は完全に閉鎖され、屋台も再開されていない。
それでも人が多いのは、まず第一に冒険者たちが戦っているからだ。
海からは次々にサハギンどもが上陸し、冒険者たちがそれを迎え撃っている。
だがそれ以上に目を引く人の群れがあった。
「あれは、船か?」
海岸で、3隻の帆船が組み上げられていた。
その周囲には、作業に従事する人と、それを守る人員が集まっている。
装備などから察するに、冒険者と防衛軍で半々といったところか。
「ここで船を作ってるのかな?」
「いえ、ある程度できあがったいくつかの部品を組み上げているようですわね」
なるほど、〈
「でもなんでまた船なんかを? 大ボスが出るのはここじゃないよね?」
「海上からもサハギンを倒すためですわ。こちらから攻め込んで上陸する数を少なくし、拠点を作るためでしょう」
なるほど、俺にはよくわからんけど、そういうものなのか。
「ほら、見てくださいませ、すでに海上で戦ってらっしゃる方もおられるようですわ」
「えっ、どれどれ?」
リディアが示すほうを見ると、帆のついたボートのようなもので海上を縦横無尽に動きつつ、海中に魔法や矢、銛を打ち込む人の姿が見えた。
「あんなボートがあるんだな。初めて見る形だよ」
「あれはヨットですわね」
「なるほど、ヨットっていうのか」
見れば2人ひと組で動いているヨットが多かった。
ひとりが風魔法でヨットを操り、もうひとりが攻撃を担当する、という感じか。
ただ、中にはひとりで操縦と戦闘をこなす猛者もいるようだ。
いままで見たことがなかったせいか、つい海上での戦闘に目を奪われてしまう。
「あのふたり、すごいな」
そうやって観察していると、目に見えて動きの違うふたりがいた。
ひとりは艶のある長髪をひとくくりにした男性で、もうひとりはクセのある黒髪をアップにまとめた女性だ。
海上と言うこともあってか、みんなかなりの軽装なんだけど、そのふたりはとくに身軽だった。
っていうか、水着しか着てない。
男性のほうは膝上丈のパンツ――サーフパンツというらしい――だけで、女性はビキニのみ。
ときどき光が反射して見えるのでアクセサリーは身に着けているようだけど、防具らしい防具は見当たらない。
「ええ、さすがですわね」
俺と同じふたりを見つけたリディアは、感心しつつもどこか呆れたような口調でそう言った。
もしかして知り合いかな?
なんて思っていたら、男性のほうがこちらを見るなり大きく手を振る。
なにかを叫んでいるようだけど、遠すぎて聞こえない。
ただそのおかげか女性のほうもこちらに気付き、ふたりそろって浜辺に戻るべくヨットを走らせた。
2艇のヨットはほどなく海岸に辿り着き、ふたりはそれらを砂浜に放置してこちらへ駆け寄ってきた。
小麦色の肌を持つスタイル抜群の男女は、俺たちの前にくるとにっこり笑って白い歯を出す。
「うぃーっす! リディアじゃーん!!」
「ディアっちどしたん? 海水浴? なわけないかー、あはは!」
「ごきげんよう、おふたりとも」
やっぱりリディアとは知り合いみたいだけど、こんなチャラいふたりと彼女が、どこで知り合ったんだろう?
「紹介しますわね」
そんな俺の疑問を察したのか、リディアは俺とふたりの両方にそう告げた。
ふたりの男女も、興味深げに俺を見てる。
「アレックス、ジーナ。こちらレオン、わたくしのパートナーですわ」
「それってカレシってことじゃーん! ヒュゥー!!」
「やだー、噂のレオっち!? ちょーかわいーんですけどー!!」
な、なんなんだ、この人たち……?
そんな俺の心情を察してかリディアは苦笑しつつ、俺に目を向ける。
「レオン、こちらアレックスとジーナ、ここクヴァルの町の領主夫妻ですわ」
「はいっ!?」
このチャラい人たちが……!?
「どもー、クヴァルで領主やってるアレックスでーす! レオンくん、しくよろー!!」
「ジーナだよー! よろしくねー、レオっち!」
「あっ、えっと、レオンです、よろしく……」
なんというか、キャラの濃い人たちだな……。
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