第16話【受付嬢】は癒されたい

 ギルドに戻ると、ものすごい人だかりだった。

 防衛軍までやってきて、人流の整理をしている。


 受付台のほうを見ると、ミリアムさん始め職員たちは大忙しのようだ。


 さて、どうしたものか……と思っていると、プリシラのウサ耳がピコンと動く。


「リディアさんです! おーい、リディアさーん!」


 そう言ってぴょんぴょんと跳ね出したプリシラの視線を追うと、ごちゃごちゃした人混みの中に鮮やかなローズゴールドの髪が見えた。


 飛び跳ねるプリシラに気づいたのか、リディアが駆け寄ってくる。


「11階の様子を耳にしましたわ。大変でしたわね」


 どうやら彼女は、避難した人たちから事情を聞いているようだった。


「まぁ、なんとかなったよ。リディアのほうは? 【姫将軍】になれた?」


 結構な時間が経ったから、さすがにクラスチェンジは終わってると思うけど。


「それについて、実は話したいことがありますの」


 どうやら祝福の間でなにかあったようだが、こんなにごちゃごちゃした中で話すのも難しい。


「ミリアムさんから、今日は遅くなるから先に帰っておくよういわれておりますの。ですから、ひとまずここを出ましょう」


 彼女のいうとおり、一刻も早く出るべきだろうな。

 ミリアムさん、残業か……。


「大変そうね……」


 エメリアも俺と同じことを考えたのか、受付台のほうを見て苦笑していた。


「遅くなるようなら迎えにきたほうがいいのかな?」


 拠点はギルドからも近く、周囲はそれなりに治安もいいけど、夜道をひとりで歩かせるのはやはり心配だ。


 ただ、この様子だと帰りが何時くらいになるのか予想もつかないんだよな……。

 これだけ人が多いと、普段どおり0時に受け付け終了とはいかないおそれもあるし。


「それについては心配要りませんわ。ギルドが送迎の馬車を手配するようですから」

「じゃあ、安心かな」


 リディアの話に納得した俺は、みんなと一緒にギルドをあとにした。



 そして拠点に帰った俺たちは、食事をしながら今日の成果を報告し合った。

 エメリアの串焼きは、無事完売したとのことだ。


「次はもっと仕込んでいかないとね」


 とは言ったが、屋台がすぐに再開されるかは、いまのところ不明だ。


「そういえばリディア、祝福の間でなにかあった?」

「ええ。ですが、それについてはミリアムさんがいるときに話したほうがよさそうですわ」

「そっか」


 全員の視線が、空席に集中する。

 ミリアムさんひとりいないだけで、なんだか随分寂しい気がするな。


「あの子がいつ帰ってくるかはわからないんだし、今日はお開きにしましょうか」


 エメリアのひと言でその場は解散となり、俺たちはそれぞれの寝室へ入った。


 さすがに塔での連戦がこたえたのか、俺はベッドで寝転がるなり、すぐに意識を手放すのだった。


○●○●


 夜中、ドアの開く音で目を覚ます。


「だれ……?」


 眠い目をこすりながら身体を起こすと、ゾンビのような足取りで近づいてくる人影があった。


「うぅ……レオンくぅん……」


 どうやらミリアムさんらしい。


 窓の外は真っ暗なので、かなり時間が経っていそうだ。


「ミリアムさん、どうしたの?」

「つかれたよぉ……」


 ふらふら近づいてきた彼女は、そのまま俺のベッドに倒れ込んだ。


「ちょっと?」

「うぅ……レオンくぅん……」


 彼女はもぞもぞと動きながら、俺にぴったりと寄り添ってくる。

 どうやら制服やタイツなんかは脱いでいるようで、いまはキャミソールとショーツだけという格好だった。

 珍しく、メガネも外している。


 不意に、汗の匂いがツンと鼻をついた。


「ミリアムさん、お風呂は?」

「むりぃ……ねちゃう……」


 うん、お風呂で寝ちゃうのは危険だな。

 それに、彼女の汗の匂い、俺は嫌いじゃない。


「おつかれ、ミリアムさん」


 俺はミリアムさんに向かいあって寝転がり、彼女を抱き寄せる。


「おやすみ」


 そう言って、背中をさすってやると、彼女のほうからもしがみついてくる。


「やだ……」


 そして目を薄く開けながら俺を見て、口を尖らせる。

 メガネのない彼女の顔は、なんだか新鮮だった。


「やだって、なに?」

「したいの……」


 したいって……。


「いや、疲れてるんでしょ? 早く寝たほうが……」

「やだぁ……レオンくんに癒されたいのぉ……」


 彼女はそう言って強くしがみつくと、俺の身体に胸を押しつけてきた。


 漂う汗の香りと、彼女から伝わる柔肌の感触、そして体温が、まだ少し寝ぼけていた意識を完全に覚醒される。


「レオンくん……えっちしよ……」


 消え入りそうな声でそう呟いたあと、ミリアムさんの身体から力が抜ける。

 そして……。


「すぅ……すぅ……」


 いや寝るのかよ!


 さすがにここでお預けはつらいので、彼女を起こすべくベッドサイドの灯りを点けた。


「ちょっと、ミリアムさん?」

「ん……ぅ……すぅ……すぅ……」


 声をかけ、軽くゆすってみたが、起きる気配はない。

 灯りにも軽く眉を寄せただけで、それ以上の反応は見せなかった。


「いやどうすんだよ、これ……」


 彼女の匂いや感触のせいで、俺のやる気スイッチが入ってしまった。

 ひと眠りして疲れも結構取れたし、このまますんなりとは眠れそうにない。


 いまからリディアかエメリアの部屋にいくか……。


「んぅ……レオン、くぅん……」


 身体を起こそうとすると、俺に抱きつくミリアムさんの腕に軽く力が入る。

 振りほどけなくはないけど、彼女をおいて部屋を出るのはなんだか忍びない。


 かといってこのまま我慢するのはつらいし、疲れた彼女を無理やり起こすってのも悪いし……。


「……起こさなくていいか」


 わざわざ起こさなくても、できるんじゃないか?

 というかこのまましちゃって、回復魔法をかけてあげたほうが、彼女のためにもなるんじゃないか?

 そうすれば俺もミリアムさんもすっきりと朝を迎えられそうだし……。


「よし、やろう」


 そもそもミリアムさんから誘ってきたんだからな。

 先に寝るほうが悪い。


 先日エメリアとおしりでした際にもらっておいたローションのおかげで、眠ったままのミリアムさんとは無事に終えることができた。


《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》


「ふぅ……」


 落ち着いたところで、俺は自分とミリアムさんに《疲労回復リカバー》と《浄化クリーン》をかけた。


 心地よい疲労感を覚えた俺は、すぐにでも眠れそうだった。


「ショーツは……起きてから言えばいいか」


 脱がせたショーツを穿かせるのも面倒だと思った俺は、ミリアムさんの隣に寝転がる。


「おやすみ」


 そして互いの身体をシーツで覆い、そのまま眠りにつくのだった。

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