第25話【赤魔道士】は高波に襲われる
海岸は悲惨な状態だった。
3隻あった大型船だが、知っての通り1隻は冒険者たちの総攻撃を受けたうえで岩場にぶつかり、バラバラになっている。
残る2隻も波によって土台が破壊されており、一方は砂浜に打ち上げられ、もう一方は沖のほうまで流されていた。
波が去ったあとの砂浜には、多くの人が倒れていた。
それ以上の人たちが、あの波に攫われたのだろう。
「チッ、ザコどもが性懲りもなく湧いてきやがったぜ」
高波に乗ってきたのか、砂浜には大量のサハギンが出現していた。
砂浜に倒れている人たちに襲いかかろうとするのを、砦からの遠距離攻撃で牽制している。
中には息のある人もいるだろうし、死んでいても損傷が少ないほど蘇生の確率は上がる。
「レオン、プリシラ、いきますわよ」
「おう!」
「やってやるです!」
拠点を離れて砂浜を駆ける。
俺たちは手分けしてモンスターを狩りつつ、倒れている人たちの救出を手助けすることにした。
海のほうを見ると、謎の大ボスがじっとこちらを見ていた。
それを不気味に思いながらも、いまはできることをしなければと敵を倒していく。
「誰かー! この人を運んでー!!」
聞き覚えのある声に目を向けると、ノエルが救助活動をしていた。
集まってくるサハギンどもを倒しながら、ノエルに近づく。
「センパイ、この人をお願い!」
オレに気づいたノエルが、倒れている人を指し示す。
彼の魔法で回復されたのか、息はあるが意識は失ったままだ。
「援護するから、そいつはノエルが抱えて拠点に戻るんだ」
「ダメだよ! ボクにはまだ、ここでやるべきことがあるんだから!!」
ノエルはそう言って周囲を見回す。
あたりにはまだ救助されていない人が、何人も転がっていた。
「神官ひとりで前に出すぎだろ!」
そうこう言っているあいだにも、どこからともなく現れ、襲いかかってくるサハギンを1匹2匹と倒していく。
いつ殺されてもおかしくはない。
ここまで生き延びているほうが奇跡という状況だ。
「とにかく一度退こう。ここは危険すぎる」
「だめ、見捨てられないよ!」
勝手にしろ、と言いたいが、ここで見捨てたら後味が悪い。
「……わかった、俺がなんとか守ってやるから、救助を続けるといい」
「センパイ、ありがとう!」
とりあえず近くにいた冒険者に怪我人の回収を任せ、俺はノエルとともに救助活動を進めた。
現在、大ボスには手を出せない状況だ。
おそらく別の階から大型船を持ってくるまでは、湧いてきたザコの掃討と怪我人救助や遺体の回収を続けるしかないだろう。
いよいよ危険と感じたら無理やり引きずってでも連れ帰ればいい。
そう考え、俺は襲い来るモンスターどもを倒しながら、ノエルを守り続けた。
○●○●
『総員すみやかに岩場へ戻れ!』
オジキさんの声がエリア内に響く。
ふと周囲を見ると、少し離れた場所に大型船を支えていた土台の残骸があった。
気づけば、拠点からかなり離れている。
ここがむき出しになっているとなると、またあの高波がくるのか……!
「ノエル、戻るぞ!」
「でも……」
軽く視線を巡らせるだけで、倒れた人が幾人も目に入る。
諦めきれないのはわかるが……。
「あの高波が来るんだぞ」
俺がそういうと、ノエルは渋々頷き、撤退を了承した。
「くそっ、次から次へワラワラと……!」
俺たちの帰投を妨害するように、サハギンどもが群がってくる。
「センパイ、だいじょうぶ?」
「ああ、こんなザコども、いくらいたところで――」
《賢者タイムを終了します。おつかれさまでした》
「――ぐっ……!?」
こんなときに……!
「センパイ、ホントにだいじょうぶなの!?」
オレの様子を見て、ノエルが心配そうに叫ぶ。
一気に力が抜けるのを感じた。
普段ならここまでひどくはないが、さっき大型船に向けてバカスカ魔法を撃ちまくったせいか、魔力切れに似た目眩を覚える。
「ジャァーッ!」
「くっ、邪魔だ!」
奇声を上げて飛びかかってくるサハギンに向け、剣を振るった。
その個体はなんとか一撃で倒せたが、次々に群がってくるサハギンどもに、完全に足止めされてしまった。
「ノエル、ここは俺が食い止めるから、先にいけ!」
「そんなの、無理だよ!」
「足手まといなんだよ! 俺ひとりならどうとでもなる!!」
「くっ……!」
ノエルが悔しげに言葉を詰まらせるのを察したが、そちらに気を配る余裕もなくなってきた。
賢者タイムの終了と同時に約2時間ぶっ通しで戦い続けた疲労が、一気に押し寄せてきた感じだ。
《
隙を見て逃げ出すことくらいはできそうだが、せめてノエルが安全圏に脱するまでは耐えたいところだ。
変に義理を感じて踏みとどまる、なんてことがなければいいんだが……。
「《
背後から声が聞こえたかと思うと、身体に力がみなぎってきた。
「やぁーっ!」
「ギジェッ!?」
次の瞬間、横合いから俺に襲いかかろうとしたサハギンが、鈍い音とともに吹っ飛ぶ。
唐突な状況の変化に戸惑うサハギンどもに向けて、力任せに剣を一閃すると、数匹まとめて倒せた。
一瞬できた余裕に
「ボクだって、戦えるんだ!」
へえ、やるじゃないか。
「そっちは任せた!」
「うん!」
上級バフとノエルの参戦もあり、俺たちに群がっていたサハギンの群れはなんなく殲滅できた。
「よし、さっさと逃げるぞ!」
とはいえ高波は近くに迫っている。
逃げ切ることは難しいけど、少しでも岩場に近いほうが助かる見込みはあるはずだ。
「うん、わかっ……て……」
「おい!」
返事を言い終える前に力尽きたノエルが倒れかけたので、慌てて支えてやる。
「はぁ……はぁ……」
ノエルは真っ青な顔で、意識を失っているようだった。
救助のために回復魔法を使いまくり、上級のバフを連続で使ったうえ、サハギンとの肉弾戦をやったことで、気力体力とも尽き果てたのだろう。
「まったく世話のかかる……!」
ノエルを抱えたまま走ったところで、たいして距離を稼げない。
そう思って周囲に目を向けたところ、浜に打ち上げられた大型船が目に入った。
せめてあれに入るかしがみつくかすれば、まだましかもしれない。
そう思った俺は、ノエルを背負って全力で駆け出した。
「あと少し……!」
大型船まであと少しというところで、急にあたりが暗くなった。
足を止めずに上を見上げると、せり上がった大波が空を覆い隠していた。
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