第24話【赤魔道士】は大ボスを遠目に見る

 さらに数日が経過した。

 大量に発生するモンスターをただひたすら討伐する。

 やることに変わりはないが、少しずつ緊張が高まっていくのを感じていた。

 大ボスはいつ出現してもおかしくないらしい。


「にしても、立派になったなぁ」


 波打ち際から岩場を振り返り、呟く。

 拠点用にと建設されていた砦は日に日に規模を増し、いまじゃ要塞みたいになっている。


「レオン、そろそろ時間ですわ」


 賢者タイムが残りわずかになったので、ひとまず拠点へ戻ることにした。


《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》


 

「おいっすー」

「やっほー」


 を終えて外へ出ると、部屋の前に領主夫妻がいたので、近況を報告し合う。


「それにしても立派な拠点ですわね。大ボス戦の際はいつもこのように備えますの?」

「まさか。今回はオジキが妙にはりきっちってさ」


 若干呆れ気味に拠点を見上げながら訪ねるリディアの言葉に、領主のアレックスさんが肩をすくめながら答える。


「ディアっちが11階に大ボス出ないの? って言ってたのを伝えたら、オジさんってば考え込んじゃって」


 さらに夫人のジーナがそう補足した。


「つまり、補佐官は11階にも大ボスが出る可能性を視野に入れてますのかしら?」

「いくらなんでもそれはないけど、不測の事態に備えてなんたらかんたらーとか言ってたわ。大暴走かもしれんみたいなことも言ってたし」


 大暴走ってのは、塔のモンスターが地上に溢れる現象だ。


「大ボスのいないクヴィンの塔しか知らないわたくしからすれば、モンスターの大量発生と聞けば大暴走を思い浮かべますわね」


 たしかに、リディアの言うとおりなんだけど、少なくとも俺が活動しているあいだにそんな兆候はなかったから、実感はないんだよな。


「大暴走と大ボス出現の前兆に、なにか違いはございますの?」

「大暴走は塔全体、大ボスは出てくる階層近く限定でモンスターが大量発生するんだわ」


 リディアの質問に、アレックスさんはそう答えた。

 どうやら少し前まで、砂浜エリア以外の階層でもモンスターが増えていたらしい。


「ま、いまは10階以下と15階以上は落ち着いたから、12階に大ボスが出るってことに間違いはなさそうって感じかなー」


 続けてアレックスさんがそう言った。

 そういえば何日か前に15階へいったとき、やたらモンスターが多かったけど、あれもいまは落ち着いているのか。


「もし大暴走だったら上からモンスターが大量に押し寄せてくるかんね。それをこの11階で抑えようって腹だったみたいよ、オジキも」


 それで拠点がやたら立派になっているのか。


「だとしたら、なぜいまも拠点の強化が継続されておりますの?」

「そこでリディアの進言が効いてくるってね」


 アレックスさんはそう言ってパチリとウィンクをする。


 オジキさんとしては11階に大ボスが現れるなんてあり得ないとは思っているものの、貴族であるリディアの意見を無視するのもはばかられる。

 それに今回の前兆は大ボスなのか大暴走なのか、当初はつかみ所がなく、過去に例のない事態のため、〝前例がない〟のひと言で片付けるのもどうかと思われた。

 かといって〝11階に大ボスが出るぞー〟といってもこの街の住人には笑い飛ばされるだけだし、そもそもオジキさん自身そこには賛成しかねる。

 というわけで、不測の事態に備えてとりあえず拠点をガンガン強化しとこう、ということになったらしい。


「ゴツい拠点がありゃ、なにかと役に立つってね」


 アレックスさんはそう言って、ニッと白い歯を見せて笑った。


「ま、なんにせよいつ大ボスが出てもおかしくねーって状況だから、リディアたちもしっかり準備しといてくれよな」


 笑顔のまま手を振り、その場を去ろうと歩き始めたアレックスさんだったが、すぐに足を止める。


「ジーナ、どした?」


 じっと海を見たまま立ち尽くすジーナさんに気づいたからだ。


「ねぇ、海ってあんな遠かったっけ?」


 その言葉に、俺を含むその場にいた全員が、海のほうへと目を向けた。


 言われてみれば、砂浜が妙に広い。

 サハギンの数も、少なく感じる。

 気のせいか。

 いや……。


「大型船って、海に浸かってなかった?」


 砂浜に打ち上げられたように鎮座する3隻の大型船を見て、俺は呟いた。

 たしか、船が倒れないように固定する土台部分は、海面の下にあって見えなかったはずだ。


『全員岩場に向かって走れ! すみやかに海から離れろ!!』


 突如、男性の大きな声が海岸に響いた。


「この声、オジキ!?」


 どうやらオジキさんが拡声の魔道具を使って、エリア全体に声を届けているらしい。


 海のほうへ目を向けると、なにか大きなものがゆっくりと近づいてくるのが見えた。

 海全体を覆い尽くす、大きななにかが。


『死にたくなければ走れ! 高波がくるぞ!!』


 高波……あれ、波なのか?


「なんかわからんけどありゃやべー! とにかく高いとこいっとこうか」


 アレックスさんの指示に従い、俺たちは拠点に設置された階段やハシゴを使って上を目指した。

 ふと海のほうへ視線を戻すと、遠くにあったはずの波がすぐ近くまで迫っている。


「師匠、人が……」


 プリシラに言われて視線を砂浜に落とすと、逃げ遅れた人たちが波に呑まれていくのが見えた。


 なんとか助かってほしいが、俺たちにはどうしようもない。

 そのうちの何人かは大型船にしがみつき、よじ登っていた。

 そこを、波が襲う。


 バキバキという木材のへし折れる音が聞こえ、3隻の大型船がぐらりと揺れる。


 そのうちの1隻が、波に乗って岩場に突っ込んできた。


『船を止めろ! 破壊しても構わん!!』


 オジキさんの声を皮切りに、矢や魔法が船に向かって無数に飛ぶ。

 すぐ近くにいた領主夫妻も、魔法を撃ち始めた。

 

 ほんの少し勢いは削がれたが、このままだとあの船は岩場に激突し、砦の大半を破壊してしまうだろう。

 

「レオン!」


 リディアの声にうなずいたときには、俺も船に向かって手をかざしていた。

 さっきしておいて、本当によかったよ。


「《《爆刃エクスプロージョンブレード》!!」


 いまの俺が撃てる最大の威力と範囲を持つ攻撃魔法を〈多重詠唱〉で何度も放つ。


 大型船の進行方向から少しずれた場所にいた俺の魔法は、船体の横っ腹に当たり、爆発した。

 数度の爆発で進路がずれ、そこへ砦からの総攻撃もあり、大型船は大破しながら岩場に激突する。


 高波が岩場にぶつかる衝撃で飛散した水しぶきが、雨のように降り注いだ。


「ひゅー! レオっちやるじゃん!」


 ジーナさんがそう言って褒めてはくれたが、被害は甚大だ。

 大型船の残骸が直撃したところは大きく破壊され、犠牲者の無残な姿が目についた。


「直撃を防げただけ、上等ですわ」

「師匠すげーです!」


 どうやら暗い顔をしていたらしい俺を、リディアとプリシラはそう言って慰めてくれた。

 彼女の言うとおり、多少なりとも被害を軽減できたことに、納得するしかなさそうだ。


「いよいよお出ましのようですわね」


 そう呟くリディアの視線を追い、海を見ると、鎌首をもたげる蛇のようなシルエットが、遠くに見えた。


「噂に聞くオーシャンサーペントってヤツかな」

「いやいや、いくらなんでもデカ過ぎっしょ。フォルムも資料とぜんぜんちげーし」


 なんとなく発したオレの言葉は、アレックスさんによって否定された。


「ありゃ、もっとやべーもんだ」


 アレックスさんはそう言って、海に現れた謎の大型モンスターを睨みつけていた。

 

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