第26話【女王騎士】は信じて戦う
「レオンが戻っていないって、どういうことですの!?」
リディアは高波が来る直前に拠点へと戻り、ほどなくプリシラと合流できたが、レオンの姿を見つけられないでいた。
そこで冒険者やギルド職員に訊いて回ったが、誰も姿を見ていなかった。
「高波が迫ってるときに、神官とふたりでまだ海の近くにいたって目撃談があるです……!」
青ざめた顔のプリシラが、聞き込みの結果をリディアに告げる。
まさか、高波に飲まれたのだろうか。
リディアは不安に思いながらも、聞き込みと捜索を続けたが、レオンの無事は確認できなかった。
「ねぇディアっち……レオっちのことが心配なんはわかるけど、ちょっとは休まないとだめだよ」
拠点内にレオンの姿がないとわかったリディアは、プリシラとともにエリア内を探し回った。
そのついでにモンスターの討伐と負傷者の救助を併せておこなっており、ふたりはかなりの成果を上げている。
そうやって無理していることを知ったジーナは、リディアを呼び止め、声をかけたのだった。
「レオっちさ、しぶとそーだし、きっとだいじょぶだって! 長丁場んなるし、休んどかないとリタイアしちゃうよ?」
「……そう、ですわね」
リディアはジーナの意見を聞き、プリシラとともに一度塔を出ることにした。
○●○●
「そう、レオンくんが……」
「レオン……」
リディアの報告を聞いたミリアムとエメリアは暗い表情で俯いたが、すぐに揃って顔を上げた。
「レオンくんなら、きっとだいじょうぶよね」
「うん、私もそう信じてる」
ふたりの言葉に、リディアは力強く頷く。
「おふたりの言うとおりです! 師匠はきっと元気です!!」
プリシラの力強い言葉に、リディアはふっと表情を緩めた。
レオンの姿が見えず、波に呑まれたおそれがあると知ったときは、かなり取り乱してしまったが、時間が経つにつれ不思議と落ち着きを取り戻した。
「レオンがわたくしたちの前からいなくなるなど、ありえませんわ」
確信に近いものがあった。
レオンは生きている。
理由はわからないが、なぜかそう思えるのだ。
それは自分だけではなく、ミリアム、エメリア、プリシラも同じ想いでいるとわかった。
だから、誰も取り乱してはいなかった。
「わたくしたちは、あの大ボスを倒すことに専念いたしましょう」
無事とわかりきっているレオンの心配を続けても仕方がない。
いまは気持ちを切り替えて、大ボス戦に集中すべきだろう。
「そうそう、鑑定班のおかげで大ボスの正体が判明したわよ」
巨大な蛇に似たシルエットからオーシャンサーペントかと思われたが、そうではないと地元領主のアレックスが言っていた。
そんな領主からの依頼で、ギルドは高い鑑定能力をもつ職員を11階に送り込み、大ボスの正体を見極めさせた。
その結果、あれが何者であるかが判明したのだった。
「あれは蛇じゃなく、竜。名前はリヴァイアサンというらしいわ」
○●○●
リヴァイアサンはオーシャンサーペントの倍ほど、砂漠エリアの大ボスであるサンドワームに匹敵する大きさがあるらしい。
「オレ思うんだけどさー、アイツにとってここの海って狭いんじゃね?」
翌日、11階の拠点にある会議室に集められた面々に向かって、領主のアレックスはそう言った。
この場には彼の妻ジーナ、叔父で補佐官のランドルフ、そのほか数名の防衛軍幹部、冒険者ギルドクヴァル支部ギルドマスターおよび数名の幹部職員に加え、高ランク冒険者が集められていた。
リディアもアレックスに請われて参加し、プリシラ、ミリアム、エメリアも同席していた。
「狭い、とは?」
補佐官のランドルフが、冷静な口調でアレックスに問いかける。
「いやさ、たとえば砂漠エリアはエリア全体が砂漠なワケじゃん? だからこそサンドワームはその中をうねうね動き回ってうっとうしいわけよ」
「対して海岸エリアの海はエリアの半分以下。そのため、リヴァイアサンは満足に動けない、と?」
「そゆこと。さっすがオジキ」
「しかし、だからこそ動き回られると厄介なのでは? あの巨体ですと、勢いをつけて突進すれば岩場にまで届きそうですからな」
「そうなんだけどさー……動けるんなら、とっくに暴れ回ってそうじゃね?」
リヴァイアサンは出現以降、ほとんど動いていないらしい。
身じろぎくらいはするが、大きく体勢を変えたり、移動したりということは、確認されていない。
昨日、リディアが塔を出て数時間後に1度、そして今日ここへ来る少し前――午前8時ごろ――に4回目となる高波を繰り出しただけなのだとか。
そこでアレックスは、リヴァイアサンがあの場から動かないことを前提に作戦を立てるべし、とランドルフに命じた。
「あの高波はやべーけどさ、連発できなそうだし、とにかく隙をみて攻撃をはじめねーと。いつまでもお見合いしてるわけにもいかねーし」
出現直後は約2時間後に高波を発生させたが、それ以降の使用にはすくなくとも10時間以上のインターバルがあった。
そこで作戦本部は協議した結果、出現時の高波がイレギュラーだったのだろうと判断した。
「で、船のほうはどーなってんの?」
「12階にあるものを調整し、転移させる準備進めています」
「ここのヤツ、3つともダメんなっちゃったしねー」
1隻は岩場に激突して大破、1隻は沖に流されたのちに沈没、残る1隻も2度目の高波で海の藻屑と消えた。
「んじゃ、次の高波のあとに船を持ってきて、ひと当てしよっか。それまではまぁ、体力温存ってことであんま無理しないでねー」
その場にいる冒険者や軍幹部にアレックスがそう伝え、作戦会議は解散となった。
○●○●
4回目から約10時間後、午後6時に5回目の高波があった。
すでに警戒していたこともあり、ほとんど被害を出さずにそれをやり過ごしたところで、12階から大型船が2隻運び込まれた。
そこに冒険者や防衛軍がそれぞれ約100名ずつ乗り込み、リヴァイアサンのもとへ急行する。
船体に群がり、ときに甲板へ飛び込んでくるサハギンどもを蹴散らしながら、大型船は大ボスに近づく。
距離が縮まるにつれ、敵が嘘のような巨体だと実感できた。
いくら頑丈に作られた大型船とはいえ、尻尾を軽くひと振りされれるだけで粉々に破壊されてしまうだろう。
そんな恐怖を抱きながら船は進んだが、アレックスの予想どおりリヴァイアサンはただ近づく人間たちをじっと見続けるだけで、攻撃はしてこなかった。
「ヤローども、撃てぇーっ!!」
アレックスの号令で、矢、魔法、そして大砲が射出される。
それらの大半が敵の巨体に命中するも、ダメージが通ったようには見えない。
「大ボス戦ってのはさ、チクチクと根気よく攻撃を続けるしかないんよ」
推移を不安げに見守るリディアの傍らで、ジーンがそう言った。
無意味なように見えても、確実にダメージは蓄積されているらしい。
「そろそろ出撃すっから、周りのザコども蹴散らしちゃってー」
アレックスの指示を受け、魔道士や弓士は周囲に群がるモンスターに標的を変える。
ただ、大砲は継続してリヴァイアサンに攻撃を続けていた。
「そんじゃあ、リディアはオレっちと一緒にいこうぜ」
「ええ、よろしくお願いしますわね」
「プリっちはアタシが乗っけたげるねー」
「恐れ入りますです!」
大型船がさらに接近したところで、小型艇やヨットによる近接戦闘が開始されることとなった。
アレックスの操るヨットが、海上を疾走する。
リヴァイアサンの巨体がほんの少し動くだけで海面が大きくうねるのだが、アレックスは荒れ狂う荒波を難なく乗りこなしていた。
「おみごとですわ、アレックス」
「なんの、これくらいよゆーっしょ!」
リヴァイアサンを射程に収めたアレックスが、魔法での攻撃を始める。
そのあいだリディアは、備え付けられた手すりを持ちながら斧槍を振り回し、近づくサハギンどもを蹴散らしていた。
「リディア、準備はいいかい?」
「ええ、問題ございませんわ!」
アレックスの操るヨットが猛スピードでリヴァイアサンに迫る。
「それじゃ、いってらー!」
ヨットは激突の直前に華麗なターンを決め、その瞬間にリディアはジャンプした。
「おーっほっほっほっほっ!」
上空に投げ出されたリディアは、高笑いとともに斧槍を振り上げ、着地と同時に振り下ろす。
――ドゴンッ!
突進の勢いと全体重を乗せた一撃は鈍い音を立て、リヴァイアサンの体表に敷き詰められた鱗を数枚剥がした。
「さぁ、覚悟なさいませ!」
むき出しになった皮膚に向け、リディアは何度も斧槍を叩きつける。
頑丈な竜皮はやがて切り裂かれ、大ボスは血を流し始めた。
攻撃の手を止めず周囲を見回してみると、リヴァイアサンの身体には無数の傷がついているのがわかった。
ジーンの言うとおり、これまでの遠距離攻撃が決して無駄ではなかったのだとわかる。
「おりゃおりゃおりゃおりゃー!!」
少し離れた場所ではプリシラが敵の体表を殴り続けており、ほかに幾人もの冒険者たちが同じように攻撃を続けていた。
――グルル……。
わずらわしげなうなり声が響いたかと思うと、リディアの足下が大きく揺れた。
「きゃあっ!」
リヴァイアサンにすればほんのわずかな身じろぎだが、体表に取り付いた人間からすれば大地震のようなものだ。
バランスを崩したリディアは、海に投げ出された。
「よいしょー」
海面に叩きつけられる直前、颯爽と現れたアレックスによって、リディアは受け止められた。
周りを見れば、自分と同じように投げ出されて助けられる者、それが間に合わず海に落ちてしまう者、しぶとく敵にしがみつき、攻撃を継続する者が目についた。
「アレックス、もう一度お願いしますわ!」
「おっけー、どんどんいっちゃおう!」
それからリディアは、数時間ぶっ通しでヒットアンドアウェイによる攻撃を続けた。
○●○●
接敵から約6時間で一度撤退し、午前3時には大型船を12階へ戻して高波に備えた。
待つこと2時間、午前5時ごろに6回目の高波がやってくる。
それをやり過ごしたところで、12階から別の船を2隻運び、第二陣が出撃。
同じような攻撃を繰り返した。
リヴァイアサンはあいかわらず10~12時間に一度、高波による攻撃をおこなうだけだった。
その都度拠点は破損し、修復は必要だし、1度出撃した大型船は数日かけて修理しなければならなかった。
出撃のたびに命を落とす人員も出るが、戦闘の継続に支障をきたすほどの損害はない。
このまま時間をかけて攻略すればいずれ勝てる。
大ボス戦は攻略法さえ確立すれば、半月からひと月ほどで終了するのが常なのだ。
だれもがそう考えていたが、前代未聞の大ボスは人間たちが考えているほど甘い敵ではなかった。
「次の出撃でトドメをさせますか!?」
10回目の高波をやり過ごすための待機中、補佐官のランドルフが切羽詰まった様子でアレックスに問いかける。
「いや、さすがに無理っしょ。この調子だと早くても10日くらいはかかるんじゃね?」
「くっ、それでは遅すぎる……!」
「なんかやべーことでもあったん?」
「実は……10階以下が大変なことになっているのです」
ランドルフが異変に気づいたのは、6回目の高波のあとだった。
想定外の大ボスが出現したことで各方面がてんやわんやの大騒ぎになっていたが、作戦が決まったことで少しばかり落ち着きを見せた。
そこでランドルフは、念のため他の階層にもギルド職員や冒険者、防衛軍を派遣し調査をおこなわせた。
『なに、5階から10階が、豪雨にみまわれているだと!?』
岩石砂漠エリアに雨が降るなど、これまでにないことだった。
そして7回目の高波が過ぎると、4階にも雨が降り始める。
『まさか……』
いやな予感ほど的中する。
8回目、9回目と高波が発生するたびに、3階、2階と下の階へと豪雨が進んだのだ。
「おいおい、マジかよ……」
ランドルフの報告を聞いたアレックスは、呆然とした。
次の10回目で1階も豪雨に見舞われるだろう。
その次は……?
「報告が遅れて申し訳ありません。住民の避難を優先しておりましたので」
クヴァルの街周辺は雨が少ないため、水害にめっぽう弱いのだ。
「おっし! ここらでいっちょ、総攻撃といきますかねー」
これまでは数組に分かれて戦闘を繰り返していたが、次のターンで全戦力を投入することとなった。
○●○●
レオンがいてくれれば……。
リディアはもどかしい思いを抱えながらも、攻撃を続けていた。
リヴァイアサンの身体は傷だらけになっており、相当なダメージが蓄積されていることがわかる。
だが、たとえいま総攻撃を加えたとしても、半日そこらでトドメをさせるほどではないとも思えた。
「それでも、戦い続けるしかないのですわ!」
数日繰り返された戦闘によって身体の芯に残った疲労を振り払うように声を上げ、自身を奮い立たせたリディアは、仲間たちとともにひたすら攻撃を続けるのだった。
「はぁーっはっはっはっ!!」
聞き覚えのある豪快な笑い声を耳にしたリディアは、攻撃の手を止めそちらへ視線を向ける。
「バルト兄さま!?」
波をかき分けて近づく大型船の船首に、大剣を担ぐ兄バルトの姿が見えた。
「おぅーい! アタイらもまぜとくれー!!」
「どうやらお祭りには間に合ったみたいね!」
バルトのうしろには、爆華繚乱のリタとマイア、ほかにも見覚えのある冒険者が多数乗っていた。
「クヴィンの街から、援軍が到着しましたのね!」
数十名の援軍が加わり、一時は勢いづいたが、リヴァイアサンが倒れる気配はない。
総攻撃の開始からもうすぐ10時間。
撤退の指示がでないことから、アレックスは覚悟を決めたようだ。
いつ高波がきてもおかしくはない。
次にあの高波が来れば、街はどうなってしまうのか。
それ以前に、自分たちはあれをやり過ごせるのか。
そんな不安を押し殺しながら、人間たちはひたすら巨大モンスターを攻撃し続ける。
「全員船に戻れー!」
アレックスを始め、防衛軍から指示が飛ぶ。
気づけば、水位がかなり上がっていた。
高波の前兆だろうか。
「リディア!」
ヨットの上から、アレックスの声が飛ぶ。
それに対して、リディアは大きく首を横に振って見せた。
「……死んでもそいつから離れんじゃねーぞ!」
アレックスはため息をついたあと、リディアにそう告げて離れていった。
高波がきても、リヴァイアサンにしがみついていればやり過ごせる可能性はある。
そう考えた冒険者たちが、幾人も大ボスの身体に乗ったまま攻撃を続けていた。
「大丈夫、きっとアイツがなんとかしてくれるさ」
近くにいたリタが、戦槌を振り回しながらそう言った。
「ええ、わたくしも、彼を信じていますわ」
リディアがそう言った直後のことだった。
――ドガァァアアァンッ!!
リヴァイアサンの後頭部で、大爆発が起こった。
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