第27話【赤魔道士】は視線の正体を知る

 ――……ーい、おきろー!


 誰かの声が聞こえる。

 耳に覚えのない声だ。

 男とも女ともとれない、中性的な……いや、これは子供の声か?


 ――いい加減おきろよー、このねぼすけー!


「……うるさいな」


 まぶたを開き、頭を上げる。

 なんだか妙に身体が軽い。

 ふわふわと、浮いているような……。


「えっ? なんだここは!?」


 あたりを見回したが、真っ暗だった。

 暗い洞窟の中にでもいるのだろうか?

 いや、でも、地面の感触すらない。


「やっと起きたかー」


 声のほうへ目を向けると、見覚えのない少年がいた。

 赤みのある黒髪に、つり上がった目、低い鼻、薄い唇、透き通るような……というよりはどこか病的に白い肌……少し険はあるが、美少年といっていい容貌ではあった。

 背丈は俺の胸くらいだろうか。

 黒いタキシードに身を包んでいる。

 ……というか、真っ暗なのに、なんでこんなにはっきり見えるんだ?


「君はだれだ? それにここは……」

「僕がだれかは、またあとでね。ここは、まぁ君の夢の中みたいなものだね。だから君は起きたけど、目覚めてはいないって感じかな」


 少年はそう言って、にっこり笑う。

 きれいな顔の少年がかわいらしい表情を浮かべているのに、なぜか嫌悪感しかない。

 その感覚に、覚えがあった。


「……ずっと見てたのは、お前か?」

「あははー、やっぱ気づいてたかー」


 少年はそう言うと、口の端を大きく持ち上げて歪に笑う。


「いやー、レアクラスの気配を感じて覗きにきたらさ、まさか【賢者】なんてネタクラスがいるんだもん! 観察せずにはいられないよねー」


 何を言ってるんだ、こいつは。


「なんだよ、ネタクラスって」

「だってー、クラスチェンジの条件がセックスで、しかも時間制限付きだなんて、そんなの出来の悪い冗談みたいじゃない? まぁそういう制約があるから、高い能力を得られてるんだと思うけどさー。人間っておもしろいこと考えるよねー」

「……まるで自分が人間じゃないみたいなこと言うんだな」


 俺の言葉に少年はきょとんとしたあと、ケタケタと笑い始めた。


「あははー! 人間が人の夢に入って会話なんてできるわけないじゃん! 君おもしろいねー」

「……これが夢なら、お前自身俺が作り出した妄想って可能性もあるけどな」

「ま、そう思いたいなら思えばいいよ。僕にはどうでもいいことだしね」


 少年の言い草に少し腹は立ったが、ここで怒ったり相手を無視しても意味はなさそうなので、とりあえず話をさせることにした。


「せっかく【賢者】なんて珍しいものを見つけたんだからさ、その力は見てみたいじゃん? だから僕、がんばったんだよー」


 俺がどう思おうと関係ないとばかりに、少年は得意げに話し続ける。


「海岸エリアに大ボスが出そうになってたからさ、それとの戦いを観察するのもいいけど、なんかつまらないじゃん? だったら大暴走にしてみようかなとも思ったんだけど、それだとごちゃごちゃしてて見づらいし」


 そこで言葉を切った少年は、ねばつくような視線を俺に向けた。


「だからさ、んだんだ。リヴァイアサンを」


 リヴァイアサンってのは、もしかしてあの大ボスのことか?

 こいつが、イレギュラーな大ボスを召喚した?


「ここの海は狭すぎるし、リソースも小さいから、アレもまともに動けないだろうけどさ。でも頑丈には違いないから、【賢者】がアレをどう料理するのか楽しみにしてたんだよねー」


  さっきからなにを言ってるんだ、こいつは?

 ただの妄言か? それともこんな妄想を作り出してしまうほど、俺がおかしくなったのだろうか。


「でもさー、開始早々高波に飲まれて退場とか、さすがにそれはつまんないよ」

 

 そうだ……たしか俺は、高波の飲まれそうになって……なんとか大型船にまで辿り着いたのは覚えているが、そこから先はどうなったのか……。

 もしかして、死んだのか、俺?

 あるいは死の直前に錯乱して、変な夢を見ているとか……。


「ほっといても死にはしなかったろうけど、それじゃ時間切れになりそうだからさ、絶好のポジションを用意しておいたよ」

「絶好のポジション?」

「ふふふっ、それはちゃんと起きてからのお楽しみ」


 こいつとの会話が終われば、俺は目を覚ます。

 根拠はないが、なぜかそう確信できた。


「だからさ、早く起きて【賢者】の力を見せてちょうだい」


 少年はおねだりするように、上目遣いに俺を見てきた。

 その仕草も、不快だ。

 なぜ俺は、こいつにこうも嫌悪感を覚えるのだろう。


「悪いな、【賢者】にはひとりじゃなれないんだ」


 こいつの望みは叶えたくないという、ちょっとした意趣返しもあるが、俺ひとりで賢者タイムを発動できないのも事実だ。


「だいじょうぶ、相手はすぐそばにいるからね」


 俺以外にも生存者がいるということか。

 でも、知らない人とセックスをするってのもな……事情を説明して、同意してくれるとは限らないし。


 できれば本拠地に戻って、リディアと合流すべきだろう。

 俺自身の状況がわからないからなんともいえないが、時間をかければ帰還できるはずだ。


「ちなみにタイムリミットは迫ってるからね。次の高波で、街は水浸しになるよ」

「どういうことだ?」


 少年曰く、リヴァイアサンが高波を起こすたびに、10階、9階と下層階に大雨が降り、11回目で塔から水が溢れ出すのだとか。


「人間たちもそのからくりに気づいて避難とかしてるみたいだし、1回くらいは耐えられそうだけど、そのあと2~3回水が溢れたら街には人が住めなくなるだろうね」


 なんだよそれ、無茶苦茶じゃないか。


「それじゃ、がんばってねー【賢者】さん」


 その言葉と同時に、意識が薄れていく。

 いや、現実へと覚醒しているのか。


「待ってくれ、お前はいったい何者なんだ!?」


 徐々に夢が覚めていくのを感じながら、俺は最後に必死で問いかけだ。


「んー、名乗ったところで人間には理解できないだろうし……あ、そうだ! 僕たちのこと、人間どもはこう呼んでいるよ」


 そこで少年はとびきりかわいらしく、憎たらしい笑みを浮かべた。


「悪魔ってね!」


 ○●○●


 目覚めると、岩場に寝ていた。

 身体を起こし、周囲を見回す。

 どうやらここは岩礁にできた小さな洞穴らしく、近くで火が焚かれていた。


「センパイ、起きたんだね!」


 声のほうへ目を向けると、ノエルが小走りに駆け寄ってくるのが見えた。


「よかった……全然目覚めないから、心配したんだよ」


 どうやら、ノエルが俺を介抱してくれたようだ。


「ここは?」

「かなり沖のほうだと思う。ボクたちの乗ったボートが、運良く流れ着いたみたい」


 そう言ってノエルが指さす先には、岩場に打ち上げられたボートがあった。


「運良く、ねぇ……」


 夢で見た少年……悪魔のことを思い出す。


「センパイが、あの船に乗せてくれたんだよね?」

「……どうだったかな。咄嗟のことで覚えてないよ」


 そういえばそんな記憶もおぼろげながらあった。


「あれから、どれくらいが経った?」


 俺の問いかけに、ノエルは首を横に振る。


「ボク自身、どれくらい眠ってたかは覚えてないんだ。センパイより半日前に起きたってことはわかるけど」

「そっか。ありがとな」

「ううん、ボクのほうこそ。センパイがいなければ、きっとダメだったと思うから」


 完全に遭難している状況ではあるが、生き延びるだけなら問題はない。

収納庫ストレージ〉には水や食料もあるからな。

 ただ、悪魔のいうとおりなら、もう時間はないはずだ。


「なあ、リヴァ……大ボスがどこにいるか、わかるか」

「う、うん……」


 大ボス、と聞いて、ノエルの顔が青ざめる。


「ついてきて……静かに」


 そろそろと歩くノエルに続いて、俺は洞穴を出た。


「……おいおい」


 俺たちがいるのは、リヴァイアサンのすぐ近く、ちょうど真後ろの位置だった。

 鎌首をもたげる竜の後ろ姿は、まるで地上から見る塔のようだった。


「絶好のポジション、ねぇ……」


 苦笑するしかない。

 目をこらせば、リヴァイアサンの周辺にはいくつもの大型船やボート、ヨットが接近しており、あの巨体に取り付いて攻撃を仕掛ける人たちの姿が見えた。


「とりあえず、いったん戻ろう」


 俺はノエルを促して、洞穴の奥に戻った。


 絶好の奇襲場所ではあるが、【赤魔道士】のままでは、どうがんばっても焼け石に水だろう。

 だが【賢者】なら、かなりのダメージを与えられそうだ。

 冒険者たちとうまく合わせられれば、トドメを刺せるかもしれない。


 そのためには、セックスの相手が必要だった。


「ノエル、ほかの生存者はどこにいる?」


 生存者に女性がいるなら、お願いするしかない。

 その女性が冒険者なら、性には寛容なはずだ。

 あまり考えたくないが、最悪の場合無理やりにでも……。


「えっと、ボクたちだけだよ?」

「えっ……?」


 ノエルの言葉に、俺は呆然とする。


「ちょっと待て、ここには、俺とノエルしかいないのか!?」

「うん。センパイが眠ってるあいだ、一応周りを探してみたけど、ボクたち以外ここに打ち上げられてる人はいなかった」

「そんな……」


 ――だいじょうぶ、相手はすぐそばにいるからね。


 少年の言葉が頭に響く。


 その相手ってのは、ノエルのことかーっ!?

 

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