続・ハズレ赤魔道士は賢者タイムに無双する

平尾正和/ほーち

第1話【赤魔道士】は【受付嬢】に再会する

【はじめに】

こちら『ハズレ赤魔道士は賢者タイムに無双する』の続編となっております。

まだお読みでない方は前作を先に読んでおくことをおすすめします。


――――――――――


【姫騎士】リディアとふたりだけでクヴィンの塔を完全攻略した俺たちは、サポート要員としてエメリアと彼女の後輩であるプリシラを連れて次のとうまちであるクヴァルの町を訪れた。

 これからいったいどんな大冒険が待ち受けているのだろうとワクワクしていたところへ、なぜかクヴィンの町の冒険者ギルドで長年お世話になった【受付嬢】のミリアムさんが現れた。


「ていうか、なんでミリアムさんがここにいるんですか?」

「えへへ、びっくりした?」

「当たり前じゃないですか!」


 俺の不用意なひと言がきっかけで取り乱してしまった彼女は、それ以降ずっとギルドを休んでいた。

 できればゆっくり話したいとは思っていたが、こんな形での再会は想像していなかった。


「ミリアムさん、あれ以来ずっと休んでて……それまで働き詰めだったってきいたから、もしかしたら体調を崩してるんじゃないかとか、俺の不用意な言葉で仕事に復帰できないくらい傷ついたんじゃないかとか……とにかく、すごく心配したんですからね!?」

「えっ、心配してくれたの?」


 なんでそこでぱぁっと明るい表情になるんだ?


「笑いごとじゃない! 俺は真面目に言ってるんだっ!!」

「ご、ごめんなさい……!」


 大声を出してしまったことで、ミリアムさんは縮こまってしまう。


「レオン、落ち着いてくださいませ」


 そんな俺を心配してか、リディアはそう言いながら優しく肩に手を置いてくれた。


「ごめん……大声出して……」


 怒鳴られたミリアムさんは、うつむき加減に縮こまり、小さく肩をふるわせている。


「あの、すみません……ミリアムさん……」

「う……く……ふふ……」


 あれ?

 この人、笑ってない?


「ちょっと、ミリアムさん?」

「ち、ちがうのレオンくん! これは……」


 そう言って顔を上げたミリアムさんだが、口元は完全に緩んでいた。


「その、申し訳ないとは思ってるのよ? 本当よ!? でも、レオンくんが心配してくれたっていうから、それが、嬉しくて……あはは……こういうときって、どんな顔すればいいのかしら?」

「いや、知りませんよ」


 なんというか、すごく残念だ……。

 美人で、面倒見もよくて、仕事もできる彼女がなぜモテないのかが、少しだけわかったような気がする。


「はぁ……」


 背後から、盛大なため息が聞こえた。


「そんなことだから、いつまで経っても浮いた話がないのよ、ミリアムには」


 そして呆れたようにそう言ったのは、意外なことにエメリアだった。


「げぇっ! エメリア!? なんであんたがここに……」

「それは私のセリフじゃないかしら?」

「【受付嬢】のあたしがギルドにいたっておかしなことはひとつもないでしょうが!」

「ここがクヴィンの町ならね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ふたりの間に、思わず割り込んでしまった。

 えーっと、いま現在いったいなにが起こってるんだ?

 意気揚々とクヴァルの町に来たと思えば、いきなり専属の受付担当がどうのこうのと言われて、わけのわからないまま待っていたらずっと休んでいたはずのミリアムさんが現れて……そのうえ、エメリアと……?


「えーっと……ふたりは、知り合いなの?」

「あたしとエメリアのこと? だったら、知らない仲じゃないわね」

「会うのは久しぶりだけど」

「そっか……っていうか、ミリアムさん、なんか話し方がいつもと違わない?」

「そうかしら? 普段はこんな感じだけど」


 なるほど、プライベートモードってわけか。

 いやいや、そんなことよりなんでミリアムさんがこの町に……そもそも専属ってなんだ? ミリアムさんのことか? それにエメリアと知り合い? ふたりにどういう繋がりが……。


 ――パンパン!


 突然、リディアが手を叩いた。


「積もる話もありますでしょうし、わたくしも聞きたいことがたくさんございますが、立ち話はこのあたりにして、場所を変えませんこと?」


 彼女に言われて周りを見ると、職員や冒険者が好奇の目をこちらにむけているのに気づいた。

 たしかに、ここでごちゃごちゃと話を続けるのはよくないな。


「ごめんなさい! 個室をひとつ押さえてるから、そちらに移動しましょう。先に案内すべきだったわね」


○●○●


 ミリアムさんの案内で、ギルド内にあるミーティングルームのひとつへと移動した。

 これはパーティーの作戦会議などに使われる場所で、広さは10人がゆったり過ごせるくらいだろうか。

 もちろんクヴィンの町のギルドにもあって、【ろうけんらん】のウォルフたちはたまに使ってたけど、俺は入れてくれなかったなぁ……なんてこと思い出した。


「それで、なにから話せばいいのかしら?」

「そうですね……」


 ちらり、とリディアを見ると、彼女は俺と目が合うなり小さくため息をついた。


「レオンの気になることからお聞きなさいませ。そうしないと、大事なお話に集中できないかもしれませんもの」

「わ、わかった」


 どうやら俺の考えなんてお見通しのようなので、遠慮なく聞かせてもらおう。


「えっと、エメリアとミリアムさんは、いったいどういう知り合いなの?」

「私は昔、ギルドの食堂で働いてたのよ」

「ああ、そういう……」


 なるほど、だったらふたりが知り合いでもおかしくないか……。

 でも、エメリアはどうして娼婦に……いや、これはあんまり聞くべきことじゃないかな。


「あと、元カレが冒険者だったの」

「えっ?」


 次の話題へ移ろうとしたところに放たれたエメリアの言葉に、思わず声を上げてしまう。

 いや、でもまぁ、塔下町には冒険者がたくさんいるわけだから、珍しいことはないんだろうけど。


「ちなみにだけど、その冒険者っていうのは……?」


 これは聞くべきじゃない、あるいは聞いてもしょうがないとは思ったんだけど、口を突いてしまった。


「死んだわ」

「――!?」


 淡々と発せられたエメリアの言葉に、絶句する。

 リディアとプリシラも、驚いていた。

 ミリアムさんは事情を知っているのか、暗い顔で目を逸らしている。


「お金を借りて、装備を新調して、それから調子に乗っちゃったのか運が悪かったのかあっさりと、ね。で、借金だけが残って、保証人だった私はそれを返すためにあのお店で働き始めたというわけ」

「そんな……」


 突然明かされたエメリアの過去に言葉を失っていると、彼女は申し訳なさそうに眉を下げたまま、クスリと微笑んだ。


「そんな顔しないで。どの塔下町にも掃いて捨てるほどある話よ」


 その口調は淡々としていて、彼女の中ではすでに終わった出来事なんだってことがわかった。


「というわけで、私とミリアムの関係についてはこんなものでいいかしら?」

「ああ。ごめんね、昔のこと聞いちゃって……」

「いいのよ、終わったことだもの。それで、他になにか聞きたいことは?」


 エメリアの問いかけを受け、俺はミリアムさんに目を向けた。


「ミリアムさんは、なにをしていたんですか?」


 休んでいた、ということだけど、それにしては随分長かったし、気がつけばこの町に来ているしで、かなり気になるところではある。


「実家に帰ってたのよ」


 ギルマスから長期休暇を半強制的に命じられたミリアムさんは、クヴィンの町を離れていた。


「ほら、休み中に顔を合わせると、その……気まずいじゃない?」

「それは、まぁ……」


 たしかにあのタイミングでミリアムさんと会っていたら、どんな顔をしていいのかわからなかったな。


「だから、久々に実家に帰って、ゆっくりしようと思ったのよ」


 ミリアムさんの実家はクヴィンの町から馬車で数日の距離にある、田舎町だそうだ。

 話を聞いてみると、俺の故郷よりは少し人口は多いのかな? っていう感じだな。

 塔下町の人から見たら、五十歩百歩ってところだとは思うけどね。


「ゆっくり休めたんですか?」

「身体のほうはね……」


 力なく呟くと、ミリアムさんはくらい表情を浮かべる。


「精神的にはすっごく疲れたわよ……。久々にあった両親からは結婚のことをグチグチ言われるし……」

「う……」


 彼女の口から結婚と聞いて、少しいたたまれなくなる。

 ただ、ミリアムさんはそんな俺の心境に気づく様子もなく、呪いのように言葉を吐き続けた。


「たまに会う親戚連中は〝ミリちゃんとこの子、いくつになった?〟って、あたしゃまだ結婚すらしてねーっての!」


 ガンッ! とミリアムさんがテーブルを叩き、その場にいた全員がビクっと肩をふるわせたが、彼女を止める者はない。


「友だち連中も全員結婚して子供がいて……あろうことかその子供連中にも彼氏や彼女がいるってどういうことよ? あたしの半分ちょっとしか生きてないよなクソガキどもが〝さっきまでセックスしてましたー〟って顔で闊歩してるってどうなってんのよ田舎の貞操観念!! そのうえ〝私たちもあれくらいのころはセックスばっかしてたよねー〟〝ほかにやることないし〟ってなに? あたし知らないんですけどー!? 13で村を出たあたしが間違ってたの? ギルド職員養成所に入って【受付嬢】になって二十代前半でお嫁さんになって子供産んで温かい家庭を作りたかったのに、まさか田舎に残ったほうが近道だったなんてどんなトラップよ!!」


 言いたいことを言い切ったのか、ミリアムさんは最後にバンッと両手で机を叩いた。


「あー、その……大変、でしたね……?」


 恐る恐るそう声をかけると、机に手を置いて肩で息をしていた彼女は、ハッとした様子で顔を上げた。


「ご、ごめんなさい……。あたしったら、なにを……」


 そのあと呼吸を整えたミリアムさんは、少し頬を赤く染めながらも、咳払いを何度かして姿勢を正した。


「……とにかく、実家でしばらくすごしたあと、またクヴィンの町に戻ったんだけど」


 そこでミリアムさんは、俺とリディアを交互に見た。


「レオンくんとリディアさまがふたりだけで塔を完全攻略したっていうじゃない。びっくりしたわよ」


 なるほど、ミリアムさんはあのあたりまで町にいなかったわけだ。


「復帰するなりギルドマスターに呼ばれてね。たぶんレオンくんたちには専属担当が必要だろうって。で、ふたりがこの町に来るのはわかっていたから、先に来ていろいろ情報を集めてたのよ。まさかエメリアまでいるとは思わなかったけど」


 そこでミリアムさんとエメリアは、互いを見てクスリと笑い合った。


「事情はなんとなくわかりました。それじゃあ本題に入りたいんですけど」


 確認の意味を込めてリディアを見ると、彼女はこくりと頷いてくれた。


「専属担当ってなんですか?」

 

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