第2話【赤魔道士】は専属担当を任命する

 高ランクパーティーには専属担当がつくことが多い。

 それは冒険者にとってある種のステータスだし、俺もいつかは……なんて思ったこともあるけど、じゃあなぜ必要なのかってのはあんまり考えたことがなかった。

 そういやBランクだった狼牙剣乱にはついてなかったな。

 ま、それはいま関係ないか。


「冒険者とギルドとのあいだで利害の対立が発生した場合、あたしたち【受付嬢】を始めとするギルド職員は、ギルドの利益を優先させる必要がある。これはわかるわね?」

「ええ、まぁ……」


 ミリアムさんの言葉に、とりあえずうなずく。

 このあたりは、たしか冒険者になるための講習でざっとは習ってるんだよな。


「ただ、冒険者ギルドは本来冒険者の利益を守るための組織よね? それなのに冒険者とギルドとのあいだで利害の対立が起こるって、どういう場合かしら?」

「んー……冒険者が個人的な理由で自分勝手な意見を通そうとするとき、とかかな?」

「そうね。わかりやすいところで言うと、ドロップアイテムなんかの買い取り価格は、需要と供給のバランスをもとに決められているわけだけど、たとえばレオンくんが〝ゴブリンの骨を倍額で買い取ってほしい〟と無理を言って、それをあたしが受けたとしたら、少なくともレオンくんは得するわよね?」

「まぁ……微々たるものですけどね」

「で、それを見た他の冒険者が〝俺のも倍で買い取れー〟なんて言い出してそれを承知したら、一時的には冒険者が利益を得たことにはなるんだけど……ゴブリンの骨なんて、そんなに需要ないからね」

「そのうち買い取り価格は下がる?」

「っていうか、買い取り停止なんてことになるかも。そうなると、一部の冒険者だけが得をして、全体で見れば冒険者の大半が損をするかたちになるわね」

「ゴブリンの骨、安いけど買い取ってもらえないと初心者は厳しいだろうなぁ……」

「それで若い冒険者が無理にコボルトやオークを狙って死んだりリタイアしたりした日には、冒険者ギルド的にも大損ってことになるわね。というわけで、いくらレオンくんの頼みでも、あたしはドロップアイテムを不当に高くは買い取れません」


 ピシッと言い切ってメガネを光らせるミリアムさん。

 いや、そこでドヤ顔されても……。


「そんなこと頼みませんからね?」

「ふふ、そうね。まぁあたしが言いたかったのは、冒険者から見るといろいろ面倒くさいことを言うギルドだけど、少なくとも理念上は冒険者全体のためにある組織だってこと」


 だからこそ、個人、あるいはパーティーレベルで冒険者とギルドの対立はある、ってことだな。

 っていうか、冒険者とギルドが揉めるのなんて日常茶飯事だけど。


「で、話は戻るんだけど、専属担当っていうのは、担当冒険者とギルドの利害が対立した場合、冒険者側の利益を優先できるのよ」

「なるほど……」


 俺たちとギルドとのあいだで起こりうる利害の対立か……。


「たとえば、伏せておきたい情報……とか?」

「どうやら心当たりはあるみたいね」

「それは……」


 このタイミングで専属の話がもちあがるってことは、それしかないよなぁ……。


「いくら高レベルとはいえ、初級職ひとりと中級職ひとりだけで完全攻略できるほど、クヴィンの塔は甘くないもの」

「いや、まぁ……でも、俺は何度もボスと戦ってるし、リディアは中級職とはいえ特殊職で高レベルだし……」


 そんな言い訳をしながら左右を見てみると、リディアもエメリアも険しい表情を浮かべていた。

 プリシラだけは状況がよくわかっておらず、少しばかり重苦しい雰囲気にオロオロしてるけど。


「ふふ……ギルマスも同じようなことを理由に他所からの追求をかわしたけどね」

「そ、そうなんだ……」


 呆れたように微笑んだミリアムさんだったが、ズレているわけでもないメガネの位置を直したかと思うと、真剣な表情を浮かべて俺を見据えた。


「さて、レオンくん。あなたとこれ以上腹の探り合いはしたくないから、単刀直入に聞きます。あなたがリディアさんとふたりで塔を完全攻略できたのは……いえ、それ以前に、ウェアウルフを撃退できたのも、クラスチェンジ候補に現れた【賢者】が関係していますね?」

「それは――」


 お仕事モードに入ったミリアムさんに気圧され、どう答えるべきかと口を開いたところで、彼女は手を挙げて俺の言葉を制した。


「どう答えるかは、私の話を最後まで聞いてからで結構です」

「あ、はい」

「もし私が専属担当になれば、『ごくそう』に関する一切の情報を秘匿できます」

「お待ちになってくださいませ」


 突然、リディアが割って入った。


「なんでしょうか、リディアさま?」

「情報を秘匿してくださるとして、わたくしたちになんのメリットがありますの? わたくしたちが黙っていれば済む話ではございませんこと?」


 たしかに、言われてみればそうなんだよな。

 わざわざ専属担当をつける意味ってなに?


「それについてはいまから説明します。まず第一に、ギルドからの追求を止められます」

「追求?」

「はい。すでにレオンくんのクラスチェンジ候補に【賢者】があることは、ギルドの知るところです」


 それについてはたっぷりと情報提供料をもらったもんなぁ……主にウォルフたちが。


「クヴィンの町にいれば、ギルドマスターがなんとかしてくれたのでしょうが、町を離れてしまった以上、ギルドはあの手この手で情報を引き出そうとしてくるでしょう。クラスについてはいまだ謎が多く、ギルドは少しでも多くの情報を欲していますから」


 だからこそ、あれだけ高額な情報提供料が支払われたってことか……。


「それは、面倒ですわね……。つまりミリアムさんを専属担当にすれば、その追求を逃れられるというわけですわね?」

「はい。パーティーの情報管理は専属担当に一任されますので」

「たとえばそれで、ミリアムさんに迷惑がかかることってありますか? たとえば俺たちの代わりにしつこく追求されるとか……」

「ありません。ギルドにとっては冒険者……とくに有能な冒険者からの信頼を失うことが最大の損失ですので。仮に私がギルドにおもねって秘匿情報を漏らし、担当冒険者に損失を与えた場合、私自身が厳しく罰せられます。どうせ最終的には報告することになりますし」


 専属担当は担当期間中の情報を詳細に記録しておき、担当パーティーや冒険者本人が許可した場合、あるいは死んだあとなどに、まとめた情報を提供する義務があるのだとか。


「第二に……」


 あ、ほかにもなにかメリットがあるのか?


「担当冒険者の個人情報を秘匿したまま、評価のみをあげることができます」

「……ん?」


 よく意味がわからず、首を傾げる。


「簡単に言うと、レオンくんのクラス情報を隠したまま、私が中級職相当と評価すれば中級職に、上級職相当と判断すれば上級職として扱われることになるわけです」

「はい……?」

「そんなことまで……」


 俺とリディアがよほど間抜けな顔をしていたのか、ミリアムさんはクスリと微笑んだ。


「つまり、専属をつけられるパーティーも、専属担当になれる【受付嬢】も、ギルドからの高い信頼が必要ってワケ」


 そう言ってミリアムさんは、自慢げな笑みを浮かべて胸を張った。


「それって、ミリアムさんが俺を上級職相当だと判断したら、俺は【赤魔道士】のまま上級職扱いになるってことですよね?」

「そうね。とりあえず中級職扱いになった時点で、レオンくんはBランク確定だと思ってくれていいわ」


 いつの間にかプライベートモードに戻ったミリアムさんはそう言うと、少しだけ試すような表情を浮かべる。


「ただし、あたしの目は厳しいわよ? レオンくんだからって、甘く見るつもりはないから」

「の、望むところです……!!」

「ふふ……それじゃあ専属の件、受けてくれるってことでいいのね?」


 その問いかけを受けてリディアを見ると、彼女は優しく微笑んでくれた。


「当然、受けるべきですわ」

「だよな。俺もそう思う」


 お互いの意思を確認したところで、ミリアムさんに向き直る。


「ミリアムさん、専属担当の件、よろしくお願いします!」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言ってミリアムさんは、嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。



 それから俺たちはいったんギルドの受付に戻り、専属契約の手続きを済ませた。



 それにしてもギルマスめ……。

 なにが〝そのうち会うこともあろう〟だよ。

 俺たちの再会を仕組んでおきながら、白々しい爺さんだ、まったく……。

 まぁ、感謝しかないけどね。



 そんなこんなで手続きを終えた俺たちは、ふたたびミーティングルームに戻った。


「それで、結局レオンくんは【賢者】になれたの? 祝福の間ではクラスチェンジできなかったのよね? なのになんで? いったいどうやったの? っていうか【賢者】ってなに? そんなにすごいクラスなの?」


 部屋に戻るなり、ミリアムさんに詰め寄られる。


「いや、なんというか、その……」

「いいから早く教えなさいよ! あたし、気になって気になってしょうがな――」

「はいはいどうどう。ちょっと落ち着きなさい」


 さらに詰め寄るミリアムさんを、エメリアがなだめ、引き剥がす。


「ちょっとエメリア、離して! これは冒険者と専属担当の大事な話で、あなたに関係は――」

「大アリなのよ、それが」

「――へ? あんたなに言ってんの? 戦闘職の話なのよ? 一般人のエメリアが、どう関係するのよ?」

「【賢者】の話でしょ? だったら大いに関係あるわよ。ね、レオン?」

「いや、うん、そうだね」


 ミリアムさんは、呆けた顔で目をパチパチさせながら、俺とエメリアを交互に見た。


「えっと、なんでエメリアが【賢者】のことを知ってるの? 一般人のあなたと関係があるってどういうことなの?」

「んー……そうねぇ」


 しばらく思案していたエメリアだったが、不意にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「言葉であれこれ説明するより、体験してもらうのが早いわね」

「え? なに? 体験? なにを?」


 エメリアの言葉に戸惑うミリアムさん。


「エメリア、ちょっと待って!」


 っていうか、俺もびっくりしてるんだけど。


「ねぇ、リディアもそう思わない?」


 戸惑う俺とミリアムさんを無視して、エメリアはリディアに話を振る。


「そうですわね。ミリアムさんにはレオンの【賢者】がどういうものかをしっかりと経験していただいたほうが、その後の話も円滑に進むと思いますわ」

「リディアまでなに言ってんだよ!」

「えっと、あたしが、【賢者】を、経験? 話が見えないんだけど……」

「ミリアムってレオンのこと、好きよね?」

「へぁ!?」


 突然の問いかけに、ミリアムさんが素っ頓狂な声を上げる。


「いや、その……いきなり、そんなこと聞かれても……答えにくいって言うか、なんて言うか……」


 言いながらミリアムさんは、顔を真っ赤にしてチラチラと俺に視線を送る。

 いくら俺が鈍いからって、それはもう答えてるのと同じですよミリアムさん……!


「レオンはミリアムさんのこと、お嫌いですの?」

「そんなわけあるか!」


 リディアの問いかけに、思わず声を上げてしまう。


「よかった……あたし、レオンくんに、嫌われて、なかったのね……」


 ミリアムさんは俺を見ながら、目に涙を溜めて小さく呟いた。


「あ、当たり前じゃないですか……! 冒険者を目指してギルドに入ったときから、ずっとお世話になり続けたんですから……」


 そうなんだよな。

 ミリアムさんは、ずっと俺のことを見守ってくれていた。

 彼女がいろいろとアドバイスしてくれたお陰で、俺は冒険者として成長できたんだ。


「ミリアムさんはレオンが好き。レオンもミリアムさんは嫌いではない。ならば、問題ありませんわね」

「そうね。私たちも長旅で疲れてるし、さっさと宿を探しましょう。で、あなたたちはそこでサクッとしちゃいなさい」


 サクッとって……。


「あの……するって、レオンくんと……? なにを、するの……?」


 いまいち事態が飲み込めず戸惑うまま問いかけるミリアムの肩に、エメリアは優しく手を置いた。

 そして、聖母のような微笑みを浮かべ、彼女に告げる。


「セックスよ」

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