第3話【受付嬢】は『はじめて』を体験する
あれからいろいろあって、俺はいまミリアムさんと、ちょっとお高い宿にいる。
ほかのみんなは気を使って、別の部屋にしてくれた。
ふかふかのベッドに並んで座る彼女の呼吸は、少し速い。
お互いシャワーは浴びておらず、普段通りの格好をしているのは、彼女がそう望んだからだ。
いや、汗臭いのがいいとかじゃなくて、シャワーを浴びてガウンとかに着替えるのがいやなんだとか。
『だって……初めてのときは、男の人に、服を脱がせてほしいから……』
と、ご要望だったので、
「はぁ……なんで、いきなりこんなことに……」
この部屋に入って何度目かのため息とともに、ミリアムさんがつぶやく。
彼女としては何回か食事をして、それからちゃんとデートをして、いい雰囲気になってから……みたいな流れが欲しかったようだ。
「あの……別に今日無理にしなくても……」
「だめよ! こんなチャンス二度とないかもしれないんだから!!」
……そうかな?
専属契約も結んだし、これからは一緒にいることも多くなるんだから、無理にしなくてもそのうち自然に……なんてことはあると思うんだけど。
「ご、ごめんなさい、あたしったらがっついちゃって……みっともないわね」
ふと冷静になったミリアムさんは、そう言って苦笑する。
なんといえばいいのか……。
「ふぅ……そうね、先にやることやっちゃいましょうか」
「そ、そうですね」
彼女はメガネの位置を直すと、表情を改めて俺を見た。
「じゃあ、見せてもらうわよ」
「はい、お願いします」
ミリアムさんが、じっと見つめてくる。
その真剣な眼差しに、俺は少しだけドキドキした。
「うん、いいわよ」
ミリアムさんの表情がやわらぎ、俺も知らずに入っていた肩の力が抜けるのを感じた。
「どう、ですか?」
「ふふ……すごいわね、レオンくん。いまの状態でも、充分Bランク冒険者を名乗る資格があるわ」
それが彼女の出した鑑定結果だった。
鑑定系のスキルには〈植物鑑定〉や〈鉱物鑑定〉、〈道具鑑定〉に〈武具鑑定〉と様々なものがある。
その中でもかなり高等なスキルに〈人物鑑定〉というものがあった。
これは対象人物が習得している魔法やスキルを確認したり、その人の能力をおおまかに見ることが可能なスキルだ。
本来は【鑑定士】のスキルなのだが、【受付嬢】は〈人物鑑定・乙〉というものを習得できる。
そもそも【鑑定士】というのがおいそれとなれるクラスではなく、【受付嬢】であっても〈人物鑑定・乙〉を習得できるのはごく一部らしい。
この〈人物鑑定・乙〉は通常の〈人物鑑定〉とちがって、戦闘職にしか効果がない。
ようは冒険者限定の〈人物鑑定〉というわけだ。
ちなみに通常のものも含め〈人物鑑定〉をする際には対象人物の許可が必要だ。
「それにしても、すごい数のスキルね……。ほとんどがかなり強力な支援スキルだわ。これのおかげで基本的な能力がかなり底上げされてるのね……。それに、本来初級職で覚えるはずのない魔法もいくつかあるし、見たことのないものまで……。《爆》ってなに……? 聞いたことないんだけど……」
独り言のようにぶつぶつと呟かれる言葉を聞いて、なんだか丸裸にされたような気分になる。
ほんと、なんでもお見通しなんだな。
鑑定スキルってすごい。
「ねぇ、ミリアムさん。なんで冒険者の評価に鑑定スキルを使わないの?」
もしそんな制度があれば、俺もわざわざ専属担当なんてつける必要はないと思うんだけどな。
「うーん、そうねぇ……まず、鑑定スキルを使える職員がほとんどいないのよ。だからいちいち全員を鑑定してられないっていうのが一点」
「希望者だけ、っていうのは?」
「窓口で鑑定を受けられると知ったら、みんな希望するんじゃない?」
「それは……たしかに」
「しかも1人1回じゃ済まないでしょ? レベルアップとかクラスチェンジのたびにこられたんじゃ、業務に支障が出るわ。どうしてもっていう人はどこかの【鑑定士】に見てもらうのがいいわね」
「でも、【鑑定士】の鑑定結果があっても、評価には使えないんでしょ?」
「そうね。だって、基本的には大した情報じゃないもの」
「大した情報じゃない……?」
「そう。鑑定でわかるのは習得した魔法やスキル、あとは大雑把な能力だけよ? そんなもの、クラスとレベルでなんとなくわかると思わない?」
いわれてみれば、そうかもしれない。
「だから、冒険者の評価っていうのは、クラスとレベル、そして探索の実績で決められるわけ」
「……実績だけじゃ、だめなんですか?」
俺がそう尋ねると、ミリアムさんは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「言いにくいけど……それだと寄生なんかが横行するかもしれないから」
寄生。
強い冒険者に依存して、弱い冒険者が不当に高い評価を得る行為だ。
……狼牙剣乱にいたころの、俺みたいに。
少なくとも当時の俺に、Bランク冒険者相当の実力はなかったよな、うん。
「でも、戦闘職にはまだまだ不明な部分が多くて、いまでも何年かに一度は未知の特殊職が現れるわ」
初級職からクラスチェンジしたから中級職だろうと思っていたら
そういうときのために、鑑定による評価が行われるのだとか。
「レオンくんも【賢者】にクラスチェンジできていれば、きっと鑑定での評価を受けられたはずよ」
だが、俺の【賢者】は一時的なもので、普段はただの【赤魔道士】だから、鑑定の対象にはならなかった。
まぁ、結果的にそれでよかったと思っている。
その気になれば賢者タイムのあいだにギルドを訪れるという手もあったみたいだけど、それだと【賢者】の秘密がバレるわけだから、ヘタなことをしなくて本当によかったよ。
「それで、その……本当なの?」
話が一区切りついたところで、ミリアムさんは不安げな表情で俺を見ながら、そう尋ねた。
「なにがです?」
「【賢者】のことよ。まだ、信じられないの。祝福の間を使わずに、クラスチェンジできるなんて……」
さっきまで落ち着いていた彼女の呼吸が、少しずつ乱れ始める。
顔も、ほんのりと赤くなっていた。
「それに、その……した、あと……1時間だけ、なんて……」
「いまは、2時間ですね」
「そ、そうだったわね……いえ、そういうことじゃなくて……! その、あたし、からかわれてない……?」
まぁ、普通に考えたらありえないよな。
俺だって自分の身に起こったことじゃなければ、到底信じられないし。
「でも、スキルや魔法は確認しましたよね?」
「それは、そうだけど……」
初級職を極めただけでは得られないスキルや魔法を習得した俺が、ただの【赤魔道士】じゃないってことは、ミリアムさんも鑑定で知ったはずだ。
「だったらあとは、ミリアムさんに体験してもらうしかないんじゃないですか?」
俺がそう言うと、彼女は一瞬ピクンと身体を強ばらせ、覚悟を決めたように小さく息を吐く。
「そ、そうね……それじゃ」
ミリアムさんは改めて俺を見た。
ちょっとだけ顔が強ばっていて、メガネの向こうの瞳が潤んでいる。
じっと見つめ合っていると、俺のほうまでドキドキしてきた。
「……ん」
ミリアムさんが、目を閉じる。
そういう、ことだよな?
ゆっくりと顔を近づける。
荒い呼吸音。
それが俺のものか、彼女のものか、よくわからない。 彼女の息が鼻にかかる。
俺も目を閉じよう。
そう思ったのとほぼ同時に、彼女のまぶたが薄く開かれる。
「……あの」
そして小さな問いかけ。
「……なんです?」
「ご、ごめんね……? その、メガネは……外したほうがいいのかしら……?」
「メガネ……?」
思わずクスリと笑ってしまう。
「変なタイミングで、ごめんなさい……! あの、邪魔なら、自分で外すから……」
「そのままで……」
「え……?」
「そのままで、いいですよ」
メガネはあったほうが、ミリアムさんらしいもんな。
「そ、そう……それじゃ……」
そう言って、ミリアムさんは再び目を閉じた。
なんていうか、こういう間の悪い感じも、ミリアムさんらしくていいな。
そんなことを思いながら、俺も目を閉じた。
ゆっくりと顔を近づけていく。
「はぁ……はぁ……んっ……!」
そして、ふたりの唇が重なった。
○●○●
ミリアムさんは、無事に初体験を終えた。
「すごい……これが、セックスなのね……」
ミリアムさんが満足げに呟く。
そう、俺は彼女とセックスをしたんだ。
ずっと見守ってくれたお姉さんと……。
「ミリアムさん……」
《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》
そして彼女は、俺の【賢者】としての能力の一端も経験することとなった。
「はぁ……はぁ……レオンくん……だいしゅきぃ……」
耳元で彼女はそう呟くと、ぐったりと身体を弛緩させて俺に身を預けた。
「ミリアムさん?」
「はぁ……はぁ……」
どうやら意識を失ったみたいだ。
激しく身体を動かし続けたせいで、寝息というにはかなり乱れた呼吸だけど。
賢者タイムが始まってから2時間足らず。
初体験の彼女に、少し無理をさせてしまったかもしれない。
それだけ、ミリアムさんが魅力的だったってことなんだけどね。
「《
お互いの身体をきれいにする。
賢者が唱える魔法の効果はあいかわらず凄くて、さっきまで部屋に充満していた卑猥な匂いすらきれいさっぱりなくなってしまった。
「《
「ん……ふぅ……すぅ……すぅ……」
続けて《
激しく上下していた胸の動きも、おだやかになった。
「ミリアムさん、おつかれさま」
俺はミリアムさんを優しくベッドに横たえ、その隣で眠りにつくのだった。
《賢者タイムを終了します。おつかれさまでした》
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