第4話【赤魔道士】は振り返る

 優しく頭を撫でられる感覚に、目を覚ます。

 どうやらミリアムさんの胸に顔を埋めて眠っていたらしい。


「おはよ、レオンくん」


 顔を上げると、ミリアムさんの笑顔があった。

 彼女は俺の頭を撫でながら、優しく微笑んでいた。


「おはようございます、ミリアムさん」

「かわいい寝顔してるのね、レオンくん」

「その言葉、そっくり返しますよ」


 からかうつもりで言ったんだろうけど、先に寝たのはミリアムさんだからな。


「むぅ……」


 思わぬ反撃だったのか、彼女は頬を染めながら、小さく口をとがらせた。


 それから俺たちは、とりとめもない雑談をしばらく続けた。

 そんな中、ふとあのときのことを思い出した。

 ウォルフからクビを言い渡された、あの日のことを。


「ミリアムさん、ごめんなさい」

「どうしたの、急に?」

「あの日、狼牙剣乱をクビになった日……俺、ミリアムさんにヒドいことを」


 バカにされたと勘違いした俺は、あろうことか剣を手に襲いかかろうとしたのだ。


「気にしてないわよ」

「でも、怖い思いをさせたんじゃ……」

「そんなことないわ。そもそも冒険者が受付台を越えて危害を加えるなんて、できないもの」

「あ」


 そういえば、そうだった。


「まぁ、ギルマスが止めてくれなければ、他の冒険者とトラブルになったかもしれないけど……」

「でも、あのあと、ミリアムさん、泣きそうになって……」

「バカね。あれはレオンくんを傷つけたことが、つらかったのよ」


 そういえば、あのときもそんなことを言ってたな。

 でもあの日の俺はまだひねくれてて、彼女の言葉を素直に受け止められなかったんだ。


「ミリアムさん……ありがと」


 俺は甘えるように彼女の胸へと顔を埋め、呟いた。 ちょっと恥ずかしいけど、いまなら素直にそう言えた。


「ふふ……よろしい」


 彼女は嬉しそうに、俺の頭をぎゅっと抱えてくれた。


「ねぇ、レオンくん。どうしてあそこまで狼牙剣乱にこだわっていたの?」


 ふと、ミリアムさんがそんなことを尋ねてきた。


「どうしてって……そりゃ、Bランク冒険者の肩書きが惜しかったから」


 それに、町一番のパーティーに所属してるってことも、俺にとっては大事なことだった。


「ほんとに?」

「え?」


 その問いかけに顔を上げると、ミリアムさんが俺の心を見透かすような視線を向けていた。


「レオンくん、そういう肩書きなんかを気にするタイプかしら?」

「いや、そんなこと言われても……」


 もう過ぎたことだし、いまはリディアと新しいパーティーも組んだんだから、いまさら狼牙剣乱のことを蒸し返されてもなぁ……。


「ねぇ、レオンくん」


 そんな心の動きを読んだかのように、彼女は言い聞かせるような口調で俺の名を呼ぶ。


「前を見て、新しい一歩を踏み出すのは、すごく大切なことだと思う。でも、だからといって過去をないがしろにしてもいいってワケじゃないと思うの」


 なにが、言いたいんだろう……。


「リディアさま……いえ、リディアさんと新しいパーティーを組んだあと、短期間でクヴィンの塔を攻略して、さらにエメリアやプリシラちゃんていうサポートメンバーを加えてクヴァルの塔へやってきたのは、いいことだと思うのよ。勢いもあるし。でも、勢い任せで、足下がおろそかになってるってこと、ない?」

「ごめん……ミリアムさんが、なにを言いたいのか……」

「……ウォルフくんたちのこと、気にならないの?」

「え?」


 なんで、いまさらウォルフのことを? 


「普通、気になるわよ? 自分たちより先にこの町へ来た元パーティーメンバーが、いまどうなってるのかってこと。でもレオンくん、一度もその話題に触れてないわよね?」

「でも、もうアイツらのことは終わったことで……」

「わざと、目を逸らしてない?」

「そんなこと……」


 ウォルフたちのことは、あまり頭に思い浮かばなかった。

 でも、無意識のうちに考えるのを避けていたのか?


「もう一度聞くわ。レオンくんはどうしてあそこまで狼牙剣乱にこだわっていたの?」


 ひどい扱いを受けていたと思う。

 ほんと、なんで辞めずにしがみついていたんだろう?

 少なくともウォルフたちに在籍を強制されたことはなかった。

 辞めようと思えば、いつでも辞められたんだ。

 でも、辞めなかった。

 あそこ以外に居場所がないと思っていたから?


「ああ、そうか……」


 冒険を始めたばかりのころを思い出す。


「楽しかったんだ」


 ウォルフと肩を並べて戦うことが、レベッカに頼られることが楽しかった。


「それに、好きだった」


 勇ましく戦うウォルフの背中が、ときおり向けられるレベッカの笑顔が。

 ウォルフは憧れの戦士で、レベッカは初恋の人だった。


「だから、ずっと一緒にいたいと思っていたんだ」


 自分でも目を背けていた、その思いに気づいた。

 でも、心は不思議と穏やかなままだった。


「ふふ……どう、気分は?」

「ん……意外と、平気かな」

「でしょう?」

「うん。だから、意味あったのかなって……」


 たしかに自分の本心を自覚できたわけだけど、結局俺はそれを乗り越えてたから、こうして平気でいられるってことなんだよな。


「レオンくん、いますごく調子がいいわよね?」

「それは……はい」


 ノリにノッてるといってもいいだろう。


「過去の清算っていうのはね、そういう調子のいいときにしておくものよ。調子が悪いとき、心が弱ってるときに、ふと気づかなかった自分の本心に気づく……しかもそれがネガティブなものだったりすると、ぽっきり折れちゃうことがあるのよ」

「そういうもんですか?」

「ええ。あたしはそういう冒険者を、何人も見てきたもの」


 彼女はそう言うと、俺の頭をぎゅっと胸に抱き寄せた。


「だからもう、レオンくんは大丈夫」


 この人は、そうやっていろんな冒険者を見守ってきたんだな。

 そんな人が、いまは俺を、俺だけを心配してくれている。


「ミリアムさん、ありがとう」


 俺はそういって、また甘えるように彼女に抱きついた。


「うふふ、どういたしまして。これからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 それから俺は、彼女の温かい胸の中でふたたび眠りにつくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る