第5話【受付嬢】は説明する

 昨夜寝る前にしっかりと《疲労回復リカバー》をかけていたおかげで、スッキリと目を覚ました俺とミリアムさんは、朝食をとるべくホテル併設のレストランへと足を向けた。


「ごきげんよう、おふたりさん」


 レストランにはすでにリディア、エメリア、プリシラの3人が来ていた。


「おはよう、みんな」

「おはようございますです」


 まだ俺たちになれていないのか、少し恐縮した様子でプリシラが挨拶を返してくる。


「おはよう、おふたりさん。ゆうべはお楽しみだったようね」


 エメリアがからかうような視線を俺とミリアムさんに向けてくる。


「それは、まぁ……うん」

「う、うるさいわね……」


 俺たちは、それぞれ照れながら、空いた席に座った。


「ほんと、初めてとは思えない乱れっぷりだったわよー?」


 エメリアのひとことに、俺たちは息を呑む。


「そんなっ、聞こえてたの!?」


 ミリアムさんは顔を真っ赤にして慌てふためいたが、俺はおや? と思う。

 このホテルは、確か……。


「あまりからかうものではありませんわ、エメリア。このホテルはしっかりと防音施工されているのですから」


 だよなぁ。

 だからいくら乱れても大丈夫って、昨夜エメリアに言われてたのを思い出したよ。


「エメリア、あんたねぇ!」

「あはは、ごめんごめん」


 軽く謝ったエメリアだったが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべる。


「で、どうだった? すごかったでしょ、レオンくんって」


 軽く腰を浮かせていたミリアムさんは、どっかりと椅子に座り直し、ため息をついた。


「ええ、そうね。あたしの中のいろんな常識がいっぺんにひっくり返る、そんな夜だったわ」


 ミリアムさんは顔を赤らめながらそう言った。

 なんというか、俺もちょっと照れくさくなってきた。


「それで、ミリアムさん。なすべきことはなされたのでしょうか?」

「ええ、それはもちろん」


 ちなみにだが、俺もリディアもミリアムさんには『さん』付けのままだ。

 ずっとそう呼んできたからいまさら変えるのも不自然かなって。

 彼女のほうも、俺をこれまで通りレオンくんと呼ぶことにしたようだ。

 ただ、ミリアムさんはリディアのことを『さま』付けで呼んでいたが、さすがにそれはやめてほしいと彼女が願ったので、『さん』付けで呼ぶようになった。

 合わせてミリアムさんのリディアに対する口調も、砕けたものになっている。


「そんな余裕はないかもしれないので、最初は無理でも仕方がないと思っていたのですが、さすがですわね」

「これでも、プロだから」


 ミリアムさんは昨夜、【賢者】状態の俺をしっかり鑑定していたんだよな。

 ちょっと残念なところもある彼女だけど、仕事に関しては妥協しない人なんだ。


「まぁ、そのあたりのことはあとで話すとして、まずは朝ご飯を食べようか」


 俺の意見に全員が頷き、朝食タイムが始まった。


○●○●


 朝食を終えた俺たちは、身支度を調えてチェックアウトし、冒険者ギルドに向かった。


「適当にかけてもらっていいわよ」


 昨日のうちに押さえておいた会議室に、全員で入り、ミリアムさんが着席を促す。


「あの、私たちも一緒にきてよかったのかしら?」

「わたし、冒険者じゃないですよ?」

「いいのよ。ふたりはもうクランメンバーだもの」


 遠慮がちな様子のエメリアとプリシラに、ミリアムさんはそう返した。


「ふふふ、クランというにはいささか少人数な気もしますが、たしかにおふたりの立場を示すには適切な言葉ですわね」


 クラン、というのは、最近になって使われ始めた言葉で、本来は一族とか氏族とかって意味だったかな。

 複数パーティーの集まりや、特定の冒険者を支援する一般職の集団がそう呼ばれるみたいだ。

 わかりやすいところでいえば、リタら爆華繚乱が所属するリリーガーデンは立派なクランといっていいだろう。


 俺たちはいまのところたった5人しかいないけど、そもそもクランてのが私設のものなので、何人以上必要なんていう条件はないのだ。


「それで、鑑定結果はどのようなものになりましたの? 共に戦ったわたくしの私見ではありますけど、上級相当ではないかと思うのですが」


 上級相当……そうなれば、Aランクも夢じゃないんだけどな。

 そう思いながらミリアムさんを見ると、彼女はリディアの言葉に対して小さく首を横に振った。

 そんなに、甘くはないか。


「いいですか、私の見立てによりますと【賢者】というクラスは……」


 お仕事モードに入ったミリアムさんが、クイッとメガネをあげる。


「特級クラスに相当するかと」

「……なんですって?」


 目を見開いたリディアが、絞り出すように声を上げる。

 ……特級クラス? なんだそれ?


「本当ですの……?」

「はい。それらの根拠をこれから述べますので――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ふたりが話を進めようとしたので、俺は慌てて止めた。

 ちなみにだが、エメリアとプリシラは何が何だかわからないと言った様子でポカンとしている。

 俺も似たような心情だけど、さすがにここはスルーできない。


「特級クラスって、なに?」

「あ、そうですわね……」

「たしかに、先にその説明が必要でしたね」


 お仕事モードのまま、ミリアムさんは話し始める。


「特級クラスというのは、簡単に言えば上級クラスよりもさらに上の等級を指します」

「上級の、さらに上? そんなの、聞いたことないけど……」

「ええ、原則として秘匿されてますからね」

「秘匿? どうして?」

「いろいろと理由はあるのですが、ひとつにはそのクラスチェンジ条件が不明であることが多い、からでしょうか」


 クラスチェンジ条件が不明?


「たとえば初級職をレベル15初級マスターレベルまで上げると、中級職に、そして中級職をレベル35中級マスターレベルまで上げると、上級職にはなれますよね?」

「えっと、まぁ、一般的には……」


 俺はなれなかったけどね……。


「あ……ごめんなさい……」

「いや、大丈夫。続けて」

「……はい。それで、特級職ですが、上級職をレベル70上級マスターレベルまで上げたときに、ごくまれにクラスチェンジが可能になる……ようです」


 ただ、これは絶対じゃないらしい。

 人によってはレベル80だったり、99まで上げてやっと候補に現れるなんてこともあるのだとか。


「ただし、大多数のひとはそもそも候補にすら現れません」


 上級職をレベル99上級リミットレベルに上げ、さらにそれを超えるレベル100オーバーリミットへ至ったとして特級職の候補が出ることのほうが少ないのだとか。


「でも、どうしてそのことが情報を秘匿することにつながるの?」

「ひとつは無理なレベリングを防ぐため。もうひとつは、自棄やけを起こさせないようにするため、ですね」


 特級職なんてものがあると知れば、それを目指して無茶なレベリングをするヤツもいるだろう。

 もしウォルフが知ってれば、さっさと俺を見限って先に進んだかも知れないな。


「昔は、秘匿されてなかったんですけどね……」


 特級職自体が少数のため、そもそもその存在を知る者は少ないが、冒険者として高みにのぼるほど、その情報を得る機会が増える。

 そこで、自分が特級職になれないと知った有能な冒険者が、まだ充分戦えるにもかかわらず引退する、あるいはまだ戦力が整いきらない段階で、一縷の望みを賭けてウヌの塔の最上階に挑む、なんてことが続いたのだそうな。


 それを憂慮した冒険者ギルドは、特級職の情報を秘匿した。


 その甲斐あってか、いまじゃ特級職なんてのは都市伝説みたいなものと思われているらしい。

 俺らくらいの世代になると、そもそもその言葉すら耳にすることがなくなってしまった。


「ちなみにわたくしのお父さまも、特級職でしてよ」

「えっ、そうなの!?」


 突然のカミングアウトに驚く俺。

 対してミリアムさんは、目を細めてリディアを見る。


「リディアさん……それ、秘匿事項ですよ? 本来は家族であるあなたでも知っていてはいけない情報です」

「おほほほ、そうでしたわね……その、忘れてくださいまし」


 笑ってごまかすリディアに対して、ミリアムさんはため息をつくだけでこれといった追及はしなかった。

 忘れることにしたんだろう。

 俺も聞かなかったことにしよう。


「あのぉ」


 そんななか、不意にエメリアが声を上げる。


「私たち、そんな大事な話を聞いていいの?」


 不安げに問いかけるエメリアの隣で、プリシラは顔を強ばらせている。


「リディアさんの話は、忘れてください」

「あー、うん、それはいいんだけど、その……レオンくんの話も、秘匿事項なんでしょう?」


 たしかに【賢者】が特級職相当ってことなら、一般には知られないほうがいいんだよなぁ。


「かまいません。情報をどこまで開示するかは、専属担当である私に一任されますから」


 かしこまった表情でそこまで言い終えると、ミリアムさんはエメリアとプリシラに向けて笑顔を浮かべた。

 それは【受付嬢】特有の、アルカイックスマイルだった。


「エメリアとプリシラちゃんは、信頼できると判断しましたので」


 その言葉に、エメリアたちは思わず目を見開いた。


「そ、そう……ありがと。その信頼を裏切らないようにしないとね」

「ですです」


 そこでエメリアは、感心したように息をつく。


「にしてもミリアムって、お仕事になると全然雰囲気変わるのね」

「ええ、プロですから」


 エメリアの言葉に、ミリアムさんは軽く胸を張り、メガネをクイッと上げる。

 そのとき、彼女のメガネがキラリと光ったような気がした。


「ふふ、なにそれ」

「か……かっこいいのです」


 少しばかり呆れるエメリアに対して、プリシラがミリアムさんに向けた目は、キラキラと輝いていた。


「ん……コホン。それでは、話を進めましょうか」


 そんなプリシラの態度が嬉しかったのか、ミリアムさんは少しだけ頬を赤らめ、それをごまかすように咳払いをした。


 そういうところがちょっと残念で、でもそこが可愛いんだよな、この人は。


 それからいろいろ話し合った結果、ギルドへは俺のことを『中級以上』と言葉を濁して報告し、冒険者ランクもひとまず1ランクアップのBにとどめようということで落ち着いた。

 

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