第6話【赤魔道士】はクヴァルの塔に挑む
ミーティングを終えたあと、俺とリディアはさっそくクヴァルの塔に入った。
その間エメリアたちには、拠点となる物件を見て回ってもらう。
ミリアムさんがギルドの情報を元に案内してくれるみたいなので、そのあたりは任せておいていいだろう。
塔の情報については、出没モンスターの特徴から各フロアの詳細に至るまで、すべてミリアムさんが開示してくれた。
こういった情報をギルドに求めるとそれなりのお金を取られるんだが、専属担当はそのあたりを自由に開示できるのだとか。
ただ、太っ腹ってわけじゃない。
専属担当をつけるには、それなりに高い契約金を支払う必要があるからだ。
ミリアムさんへの報酬とは別に。
まぁ、いざとなればクヴィン家の支援もあるから、お金の心配はほぼないんだけどね。
「それにしても、暑いですわね……」
隣を歩くリディアが、疲れたように呟く。
「ああ……想像以上だ」
青い空の下、あたり一面に広がる岩石砂漠を見ながら、俺は同意を示した。
この大陸に7つある塔は、外からの見た目こそあまり変わらないが、その内側はそれぞれがまったく異なる環境を有していた。
ちなみに俺たちがつい先日まで探索していたクヴィンの塔は、通称『石造りの迷宮』と呼ばれている。
対して、いまいるクヴァルの塔は『砂の楼閣』。
見渡す限りの岩石砂漠を見れば、わかるとおりだ。
この塔は10階ごとにがらりと環境が変わるのだが、一貫して砂にまつわる場所なので、『砂の楼閣』と呼ばれるようになった。
「それにしても不思議だよな、塔の中なのに空があるなんて」
「ええ、クヴィンの塔しか知らないわたくしたちにとっては、大変興味深い光景ですわね」
俺たちはいま、塔の中にいる。
なのに、地平線が見えるほど広い大地と、突き抜けるような青空が目の前に広がっていた。
「まぁでも、塔だからね」
「ですわね」
結局この言葉で納得してしまうんだけどな。
「レオン、モンスターですわ」
「デザートラビットだな」
視線の先には、大きな兎のモンスターがいた。
「キュッ!?」
デザートラビットは俺たちに気づくなり、逃げ出す。
「
「キュァッ……!」
俺が使える最弱の攻撃魔法で、敵はあっさりと死んだ。
「情報通り、モンスターは弱いね」
ここクヴァルの塔のモンスターは、クヴィンの塔と同じくらいか、少し弱い程度だ。
人型と違って獣型が多く出現するので、単純に比較するのは難しいけどね。
にもかかわらず、攻略難度はこちらのほうが高いのは、この環境のせいだ。
「はぁ……それにしても暑いな……」
全フロアを通して一定の温度と湿度が保たれていたクヴィンの塔って、実は恵まれてたんだなぁ。
「ええ、ほんとに……」
リディアが額の汗を拭う。
露出された胸元や腹には汗が滲んでいて、それが妙に色っぽく見えた。
あたりは真昼のように明るいが、空に太陽はない。
日差しがないおかげで、日焼けしないのだけが救いだ。
「えーっと、あの高い山が見える方角で……大きな岩……あれか」
迷宮のような構成で順路を覚えていたクヴィンの塔と違って、ここでは背景やオブジェクトを基点に探索をする必要がある。
無限に広がるような荒野だが、実際の広さは他の塔と同じだ。
ある一定の場所までいくと、そこから先へは進めなくなる。
壁もないのに行き止まり、というのは、なかなか不思議な感覚だったよ。
「この変な植物……なんていったかな」
「サボテンですわ」
「そうそう、このサボテンが並んでるところをこっちに……あった!」
視線の先には、魔法陣があった。
ここでは階段じゃなく、魔法陣を使った転移で階層移動を行うのだ。
「じゃ、いくよ」
「ええ」
魔法陣に乗った俺たちは、クヴァルの塔の2階へと移動した。
○●○●
「宝箱だ。懐かしいな」
2階を探索途中に、宝箱を発見した。
「罠は……ないな。どっちが開ける?」
「レオンが開けてくださいませ」
塔には宝箱が存在し、開ければなにかしらのアイテムが入っている。
ただ、同じ宝箱はひとり1回しか開けられない。
そしてパーティーメンバー全員が開けてしまうと、その宝箱自体が出現しなくなる。
クヴィンの塔では俺もリディアも宝箱をすべて開けていたので、こうやって目にするのは久しぶりだ。
そういえば狼牙剣乱時代、宝箱を開けるためにチェルシーを入れて以降、資金繰りがかなり楽になったんだったな。
「金貨か……ハズレだな」
宝箱のなかにはひと
「黄金は永遠不変の金属……」
「ん?」
リディアはなにやら呟いたかと思うと、ふと俺のほうを見た。
「遙か昔、黄金が高い価値を誇った時代があったことを、レオンはご存知かしら?」
「金が? 信じられないな。こんなもの、錬金術でいくらでも作れるだろう?」
どんな金属からも、金は錬成できる。
高レベルの【錬金術師】や、元になる金属によっては高価な触媒が必要なので、いくらでもっていうのは言い過ぎだけど。
「ええ、その錬金術が生まれるより前の時代ですわ」
「つまり、塔が現れる前ってことか」
錬金術ってのは【錬金術師】というクラスがもたらした技術だ。
そして、そういったクラスを人類が得たのは、塔が現れてからだ、というのは誰もが知るところだった。
「あれ、じゃあ昔の人は錬金術もなしにどうやって金を手に入れてたんだ? 塔もなかったってことは、宝箱からってのも無理だろうし」
「もちろん、鉱山から採掘してましたのよ。鉄や銅と同じように。そして、金は採掘量が少なかったそうですわ」
「なるほど、希少価値ってやつか……こんな役立たずの金属がねぇ……」
「あら、役立たずということはございませんわ。金は魔力伝導率が高いので、魔道具の回路によく利用されますもの」
「あ、そうなんだ」
さすが貴族だけあって、リディアは物知りだな。
「とはいえ、採掘や錬成をするほどではございませんけれど。こうして塔で入手できる量だけで、充分まかなえるようですわ」
「まぁ、わざわざ錬成するのももったいないもんな」
【錬金術師】はあらゆる金属を別の金属に変成できる。
ただし、金だけはダメだ。
たとえば銀は
永遠不変であるがゆえに、黄金は価値が低いのだ。
「レオン、これは〈
「あー、どうかな……」
金の厄介な部分はもうひとつある。
「ちょっと、厳しいかも」
宝箱から金貨をつかみ取った俺は、そう呟いた。
〈
たとえば宝石や高価な魔道具なんかだと、たとえ小さくて軽いものでも数樽の水よりスペースを圧迫するのだ。
そういう意味で、金貨ってのは厄介だった。
「なるほど、黄金は価値が高かった、か」
こいつはかなりの収納スペースを
なので、探索を始めたばかりのころならともかく、ある程度稼げるようになった冒険者は、金貨を置いていくことが多い。
金貨に限らず、宝箱のアイテムは開けた本人にしか取り出せず、放っておいたら消えてしまう。
一度取り出した物も、宝箱があるうちに戻しておけば、消えてしまうので、いらないのならこのまま戻してしまってもいいんだけど。
「どうする?」
「そうですわね……」
「俺たちに金貨なんて必要ないと思うんだけど」
「ええ、そうなのですけれど、その、せっかくふたりでいるときにはじめて開いた宝箱ですので、記念に、と思いましたの」
「あー」
なるほど、記念に、か。
「うん、悪くないね。そういうことなら、懐にでも入れておくよ」
金貨の十数枚程度、持っておくぶんにはなんの負担にもならないからな。
「記念にってことなら、リディア」
懐に入れた金貨を1枚、リディアに向けて指で弾く。
回転しながら緩やかな放物線を描いた金貨を、彼女は難なく受け止めた。
「1枚持っておいてよ」
「ええ。ありがとう、レオン」
帰ったらミリアムさんとエメリア、プリシラにも1枚ずつ渡しておこうかな。
○●○●
それから俺たちは、さらに探索を続けた。
クヴィンの塔下層よりも弱い敵を相手に苦戦するはずもなく、地図も頭にはいっているので進行自体は順調だった。
「はぁ……はぁ……ちょっと、休憩しようか」
「ええ、そうですわね……」
ただ、熱さだけはどうにもならない。
少し動くだけで汗だくになるので、戦闘が終わるごとに《
こまめに水を飲んでいるが、いくら飲んでも渇きが癒えない感じがする。
体力にも魔力にも余裕があるはずなのに、じわじわと身体が重くなっていくようだ。
「環境ってのが、ここまで探索に影響するとはね……」
実はここクヴァルの塔を攻略するうえで、必需品となるものがあった。
しかし今回、俺たちはそれを用意していない。
というのも、それなしでの探索がいかに無謀か、ということを体験しておいて欲しいというミリアムさんからの提案があったからだ。
「レオン、そろそろ1時間になりますわ」
俺たちはおよそ1時間で、3階に到達していた。
「わかった」
――たとえ空腹でなくとも、1時間に一度は軽くでいいから食事をすること。
これはミリアムさんから厳命されていた。
「じゃあ、あそこに入ろうか」
この塔には各フロアに小屋があり、そこが
わかりやすくて助かるよ。
「ふぅ……」
小屋の広さは、クヴィンの塔の
照明らしいものはないが室内はそれなりに明るい。
それでも外に比べればかなり暗く、それがむしろありがたかった。
「どうぞ」
干し肉をふた切れ取り出し、ひとつをリディアに渡す。
「どうもありがとう」
正直に言って食欲はなかったけど、ミリアムさんの指示もあるし、とりあえず干し肉をひと口かじる。
「美味っ!!」
肉の旨みと、なにより染みこんだ塩気が、口に広がる。
「本当に、すごく美味しいですわ」
舌の肥えたリディアですら、その美味さに驚いている。
なんでも人ってのは汗をかくと、身体の中の水と一緒に塩も流れ出るのだとか。
たしかに、汗ってしょっぱいもんな。
で、失われた塩を身体が求めるので、たくさん汗をかいたあとに塩気のあるものを食べると美味く感じるってわけだ。
全部ミリアムさんの受け売りだけどね。
軽い食事を終えた俺たちは、探索を再開した。
そしてそこから1時間後、5階の
「ねぇ、レオン。11階まで、あとどれくらいかかると思われます?」
「急いでも3~4時間はかかるかな」
塔の下層階は、階を上るごとにフロア面積が広くなるからな。
それに、地図が頭に入っているからとはいえ、実際に歩いたわけじゃないから、必ずしも最短ルートを進めるわけじゃない。
一応、今回のお試し探索は、半日ほどを予定していた。
「わたくし、そろそろうんざりしてきましたわ」
言いたいことはわかる。
だだっ広いフロアで、目印を頼りに次の階へ繋がる魔法陣を探す。
モンスターは弱いから危険自体はあまりないけど、獣型が多いせいか妙にすばしっこくて、結構疲れるのだ。
なんというか、探索をしているというより、行程を消化している、という感覚が強い。
正直に言って、しんどいよな。
「ねぇ、レオン」
リディアが、口元に笑みを浮かべて迫ってくる。
「ここにはわたくしたち以外に、誰もおりませんわ」
涼しい室内で食事を終え、ひと息ついたとはいえ、まだ身体は火照ったままだ。
彼女の白い肌には汗が浮かび、漂う匂いが鼻をくすぐる。
「ですから、あと2時間で一気に駆け抜けませんこと?」
艶やかな笑みを浮かべて近づいてくるリディアに、俺は無言で頷くのだった。
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