第7話【赤魔道士】は空の下で行為に及ぶ
「レオン、それではさっそく――」
「ちょっと待った」
這い寄ってくるリディアに、待ったをかける。
「ここでするのはまずいんじゃない?」
「どうしてですの?」
「だって、ここだと人がくるかもしれないし」
「それは……」
石造りの迷宮であるクヴィンの塔と違って、ここクヴァルの塔のように自然のある塔は資源に溢れている。
生えている植物や土、砂なんかを持ち帰ることが可能なのだ。
ドロップアイテム以外に採取や採掘によって得られる資源があるので、冒険者を護衛に一般職の人たちが塔を訪れることも多い。
そういう人たちが休憩に使うのは、もちろん
「それとも、テントでもたてる?」
小屋の中にテントをたてるってのも変な気分だが、あくまでここは
でもこの低階層で、しかも昼間っからテントにこもるってのはなんだか不自然だろうし。
「
つまり、すぐ近くに人がいても気付けないわけだ。
「で、では、どうすればよろしいんですの……?」
そう問いかけてくるリディアは、恥ずかしげに頬を染め、目を逸らす。
なんとなく、答えはわかってる感じだろうなぁ。
「そりゃ、外でするしかないでしょ」
○●○●
それから外に出た俺たちは、〈気配探知〉を駆使して人のいない場所を進み、モンスターを倒していった。
そして、いい感じの岩を見つけた。
「ほんとうに、ここでしますの……?」
かろうじて人が隠れられそうな大きさの岩に手を当てながら、リディアは不安げにこちらを見る。
頬が少し赤く、呼吸が荒いのは、なにも動き回ったせい、というだけではなさそうだ。
「クヴィンの塔のときだって、
「それは、そうですけれど……」
そう言ったあと、リディアは周りを見渡し、空を見上げたあと、俺に視線を戻す。
「お空の下でなんて、恥ずかしいですわ」
「でも、塔の中だよ」
そう言いながら、俺も結構ドキドキしていた。
同じ塔内といっても、あっちは回廊が入り組んでいたので、周りから見られる心配はほとんどなかったからな。
でもここは開放的な空間で、遮蔽物といってもちょっと大きな岩があったり、少し背の高い植物が群生しているくらいだ。
もしかすると〈気配探知〉や〈気配察知〉の範囲外から見られるおそれもある。
だからこそ、興奮する。
「リディア、岩に手をついて」
「うぅ……しかたがありませんわね……」
不満を口にしながらも、リディアは俺に背を向けて岩に手をつき、尻を突き出す。
よくよく考えればここで無理をして【賢者】になる必要はないんだけど、こうして応じてくれるんだから、彼女のほうもここでのセックスを楽しもうとしているんだろう。
そして俺たちは、幸い誰にも見つかることなく行為を終えることができた。
《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》
それから俺たちは、全速力で荒野を駆け抜けた。
「おーっほっほっほっほ!」
【賢者】の支援魔法を受けた【姫騎士】は絶好調で、なんの苦もなく敵を倒し、塔を駆け上がっていく。
《
ときどき他の冒険者や、資源の採取に来たであろう人たちから怪訝な視線を向けられたが、気にせず進んでいく。
「これで最後ですわね」
そして2時間が過ぎようかというところで、俺たちは10階の転移陣に到着した。
「それじゃ、いこうか」
「ええ」
ふたり揃って転移陣に乗ると、景色ががらりと変わった。
「おお……」
「すごい、ですわね……」
俺たちは目の前の景色に、目を奪われた。
脚に伝わる砂の感触は、これまでと異なり柔らかなものになっていた。
視線の先にはキラキラと光る水面、そして耳にはさざ波の音が聞こえる。
「これが、海……」
クヴァルの塔11階。
そこは砂浜エリアだった。
《賢者タイムを終了します。おつかれさまでした》
○●○●
クヴァルの塔11階に広がる砂浜は、多くの人で賑わっていた。
「ここが塔の中だなんて、信じられないな」
「そうですわね」
砂浜にはテントや屋台が建ち並び、まるで塔外の街のように人が行き交っている。
「そこのおふたりさん、冒険者だね。
とある屋台の前を通ったとき、恰幅のいいおばちゃんから声をかけられた。
俺とリディアは互いに顔を見合わせ、軽く頷く。
「じゃあ、2杯」
「3000ガルバね」
1杯1500ガルバか。
結構高いけどしょうがないなと思いつつ、俺は冒険者カードを手に取る。
「おっと、わるいけど現金で頼めるかい」
「ああ、すみません」
どうやら塔の中では冒険者カードを使った決済はできないらしいので、〈
「まいどあり。ウチのは果汁たっぷりで美味いからね」
木製のタンブラーを受け取り、一気に飲み干す。
「はぁ、美味いな」
甘塩っぱい味の中に果実の酸味が混じって、爽やかな飲み心地だった。
飲んだあとに鼻を抜けるような爽やかさもあり、喉が潤うとともに、さっと汗が引くような感覚を受けた。
「ふぅ……生き返りますわ」
俺より少し遅れて飲み終えたリディアが、心地よさげに呟く。
「おふたりさん、見ない顔だけどここへ来るのははじめてかい?」
「ええ、今日がこの町に来てはじめての探索ですよ」
「じゃあ、一気にここまで上ってきたのかい?」
「ですね」
「そりゃすごいね。それにしてもイイ飲みっぷりだったけど、まさか渇癒水を持ってないなんてことはないよね?」
「実はそのまさかです」
俺の言葉に、屋台のおばちゃんは目を見開いたあと、呆れたように苦笑を漏らす。
「命知らずだねぇ。もしくは、物知らずかい?」
「さすがに渇癒水のことは知ってましたけど、敢えて持たずに探索しろと言われましてね」
「そりゃ随分厳しいお目付役がいるみたいで」
「あはは、たしかに。でも、おかげで渇癒水の重要性を身に染みて理解しましたよ」
「そうかい、そりゃあなによりだ。そのへんを甘く見て、自滅する冒険者があとを絶たないからね。もう1杯どうだい?」
「いただきます」
「わたくしもいただきますわ」
「まいどあり」
渇癒水というのは、塩水に果汁や砂糖、はちみつなんかを混ぜたもので、大量に汗をかいたときの渇きを癒やすための飲み物だ。
クヴァルの塔を探索するうえでは必需品といわれていて、塔下町にも渇癒水を扱う店は多数ある。
塩水がベースになっているのはどこも同じだが、それ以外のものは店によって個性があるらしい。
いま飲んだものは柑橘系の果汁とはちみつ、それにハーブが加えられているみたいだな。
「次からはしっかり用意しなよ。【荷運び】のアテがないなら、紹介するけど?」
渇癒水は普通の水と違って、〈
あと、この塔はしばらくかなり暑い階層が続くので、〈
専業ならともかく、戦闘職との兼業なら【荷運び】レベル15はないと厳しいとのことだ。
まぁ、俺は【荷運び】レベル20なので問題ないけどね。
「お気遣いどうも。ごちそうさま」
タンブラーを置き、ふたたび歩き始める。
歩きながらふと、ウォルフたちはどうしたのかな、なんて考えた。
彼らは全員【荷運び】レベルは10以下だったはずだ。
そうなると、専業の【荷運び】でも雇ったのだろうか。
っていうか、ウォルフたちはいまどうしてるんだろう?
「レオン、考え事ですの?」
「ん?」
気がつくと、人の少ないところにいた。
さざ波の音が、耳に心地いい。
「いや、ウォルフたちはどうしたのかなって」
「あら、あの方たちなら、とっくにここを攻略して、トリの塔へ向かわれましたわ」
「えっ、そうなの?」
そういや昨日の夜、ミリアムさんから、ウォルフたちのことは気にならないのか? と聞かれはしたものの、そのあとあいつらの現状については結局教えてもらってないな。
そこを聞かなかった俺も悪いけど、自分から話を振っておいて言い忘れるミリアムさん、やっぱどこか抜けてるよなぁ。
なんにせよ、ここを攻略したってんなら、渇癒水の問題もうまくこなしたんだろう。
にしてもそうか、あいつらはもうここを攻略したのか……。
「レオン、悔しいんですの?」
「まぁ、ちょっとだけね」
少しは追いつけるかな、とは思ってたけど、あいつらはどんどん先に進んでるんだなぁ。
「わたくしたちには、わたくしたちのペースがございますわ」
「それもそうだね」
リディアの言うとおり、自分たちにできることを堅実にこなしつつ、ペースを乱さないようにしないとな。
ぼんやりと海を見ながら、ふと視線を巡らせると、せっせと作業している人たちの姿が見えた。
冒険者には見えないけど、一般人ともなにか違うような……。
「
俺の視線に気付いたリディアが、そう説明してくれた。
「なるほど、あれが」
この大陸に流通する塩の大半は、ここクヴァルの塔で生産されている、というのは誰もが知っている話だ。
「あの人たちのおかげで、俺たちは遠慮なく塩を使えるってワケか」
「それはどうですかしらね」
「えっ、違うの?」
「だって、塩田で作られる塩は嗜好品、どちらかといえば高級品ですもの。流通している塩のほとんどは錬成塩ですわ」
「へええ」
錬成塩というのは、錬金術を使って海水から塩だけを抽出したものらしい。
ああやって塩田で作られる塩のほうが、味に深みがあるのだとか。
なんにせよ、ここには大陸の食を支える製塩所があり、そのおかげでダンジョン内でありながらこうして街のように栄えているのだ。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうですわね」
11階に到達したことで、次回からはここに転移できるようになった。
渇癒水の重要性も身に染みて理解できたことだし、目的を達成した俺たちは、半日足らずの探索を終えて町に帰るのだった。
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