第8話【赤魔道士】は拠点を選ぶ
11階の転移陣で塔を出てギルドに帰った俺たちは、受付台へいってミリアムさんに声をかけた。
「おつかれさま、どうだった?」
「正直なめてたよ、砂漠の暑さを」
「でしょう? 特にクヴィンの塔からきた冒険者は、そこで痛い目を見るのよね」
「そうですわね。あと、渇癒水の重要性も身に染みてわかりましたわ」
「だね」
「それはなによりね」
俺たちが宿に帰る旨を伝えると、ミリアムさんも一緒に戻ることになった。
専属担当は通常業務よりも、担当冒険者を優先して問題ないそうだ。
宿に戻ると、ちょうどエメリアとプリシラが帰ってきたところだった。
「おかえりなさい、早かったわね?」
「いやぁ、準備不足じゃ半日が限界だね」
「なんだか大変そうね。この塔でやっていけそう?」
「準備を怠らなければ、ね。環境にさえ気をつければ、敵の強さは前と変わらないから」
「そう、ならよかった」
それから俺たちは部屋に戻り、食事をしながら今後のことについて話していく。
「拠点だけど、よさそうなところが見つかったわ」
エメリアに渡された資料によると、ギルドからほど近い場所にある、そこそこ広い家だった。
家賃は30日で……300万ガルバ!?
「エメリア、いくらなんでもこの家賃は……」
「問題ありませんわ」
エメリアへの言葉を、リディアに遮られた。
「予算については考えず、条件だけを見るよう、エメリアにお願いしておりましたの」
「……そういうことよ、レオンくん」
そう答えたエメリアだったが、少し呆れた様子だった。
いくらなんでもやりすぎだという思いが、少なからずあるのだろう。
「一応別の候補もあるんだけど……」
エメリアはそう言うと、別の資料を取り出す。
「たとえばここ。ギルドから少し離れるけど、家賃は半額……」
「却下ですわ」
「空調や防音なんかの設備の質を落とせばもう少し……」
「却下ですわ」
「セキュリティもここまで高くなくても……」
「却下ですわ」
その後もリディアはエメリアの出す候補を、ことごとく却下していった。
彼女の中で、譲る気はないようだ。
「なぁ、リディア、もう少し安くても……」
「最初のものよりいい物件なら、問題ありませんわ」
「いや、でも、そこまでいい場所じゃなくても」
「いいえ、ダメですわ。身体が資本の冒険者にとって、心身を休める拠点に妥協の余地などありませんの」
「でも、いくらなんでも30日で300万って……1日10万ガルバってことだろう?」
「あら、わたくしたちがその気になれば、それくらいは稼げますわよ?」
「いや、上層階にいけばそれなりに稼げるかもだけど、当分は赤字じゃないか」
「その分は遠慮なく当家に頼ってくださいませ。資金面で苦労はさせませんわ」
リディアはそう言って、自慢げに微笑む。
たしかに俺は勇者を目指すにあたり、クヴィン家の援助を遠慮なく受けると言ったが、実際その状況になると尻込みしてしまう。
「レオンくん。資金に余裕があるのなら、住む場所にはこだわったほうがいいわよ」
結局ミリアムさんの後押しもあり、俺は月300万の家に住むことに決めた。
「なんだか、申し訳ないわね……」
「……です」
高い家に住むと決めたことで、エメリアとプリシラが萎縮する。
「あら、エメリアたちには家のことをお任せするんですもの。気にする必要などありませんわ」
「でも、あなたたちってほとんど塔で過ごすわけでしょう? 一番その家を使わせてもらう私たちが、家事手伝いだけっていうのも、ねぇ……」
「だったらエメリア、あなたお店を出しなさいよ」
申し訳なさそうな様子のエメリアに、ミリアムさんが声をかける。
「お店?」
「ええ、そうよ。実はちょうど、11階の屋台に空きができて、募集がかかってるのよ」
その言葉に、俺は11階の砂浜エリアに並ぶ屋台の光景を思い出した。
その一角にエメリアがいるというのは、悪くない気がした。
「あなた、料理店を出すのが夢だったって言ってたでしょう? せっかくだしその夢、叶えちゃいなよ」
ミリアムさんはそう言って、パチリとウィンクをした。
「エメリアの料理をダンジョンで食べれるなんて、最高だと思うよ」
「ええ、そうですわね。それにあの腕前なら、きっと人気のお店になりますわ」
困った様子のエメリアだったが、俺とリディアの言葉が決め手になったのか、意を決したように頷いた。
「……そうね。それで少しでもみんなの役に立てるなら、やってみたいわね」
「おっけー、申し込んでおくわね。それじゃ……」
そこでミリアムさんがプリシラに向き直る。
「プリシラちゃんは冒険者になりましょうか」
「ふぇえっ!?」
突然の言葉に、プリシラが間抜けな声を上げる。
「わた、わたし、が……冒険者、ですかぁ……?」
「ミリアム、それはどういう意図があっての言葉かしら?」
事態をよく理解できていないプリシラに変わって、エメリアが問いかける。
「11階でお店を出すには、かならず護衛をつけなくちゃいけないのよ。いくら安全でもあそこは塔だし、思わぬ所から魔物が湧き出るおそれもあるわけだから」
「……つまり、プリシラにその護衛役をやらせるってこと?」
「そ。あなただって、よく知らない冒険者を雇うっていうのもイヤでしょう? でもレオンくんとリディアさんは塔の攻略を進めなくちゃいけないし」
「それはそうだけど、でも……」
「わ、わたし、やります!」
エメリアは心配そうにしていたが、当のプリシラはどうやらやる気になったようだ。
「わたし、エメリアさんに恩返ししたいです!」
「そんなの、気にしなくていいって言ったでしょ?」
「エメリアさんがよくても、わたしがいやなんです! わたし、頑張ってエメリアさんを守りたいです!」
「プリシラ……」
エメリアは困ったように言ったが、それでもプリシラの言葉が嬉しかったのか、口元には笑みを浮かべていた。
「ミリアムさん、わたし、どうすればいいですか?」
「そうね……じゃああなたのこと、詳しく見せてもらっていい?」
「はい! お好きなだけどうぞ!」
ミリアムさんはしばらくのあいだプリシラを見続けたあと、小さく息を吐いた。
「そうね、兎獣人のあなたは身体能力が高くて、特に敏捷性に優れてるから、おすすめのクラスは【斥候】【弓士】【喧嘩士】といったところかしら」
「ひとりでエメリアの護衛、しかも人の多い場所でしたら、やはり【喧嘩士】ですかしらね」
「ええ、リディアさんのいうとおり、【喧嘩士】から【格闘家】を目指すのがいいと思うわ」
そこでミリアムさんは、俺のほうを見る。
「しばらくは、プリシラちゃんのレベリングをしてほしいんだけど」
「えっと、俺はいいんだけど……?」
そう答えたものの、そのあいだ塔の攻略を休んでいいものか……。
「ちょうどいいですわ。わたくし、こちらの領主のもとへ挨拶にいかねばと思っておりましたの」
「ならそのあいだ、レオンくんにプリシラちゃんを任せるとしましょう」
「よろしくお願いしますです!」
プリシラが胸の前で拳を握り、やる気をアピールしてくる。
「ああ、できるだけのことはさせてもらうよ」
当面の方針が決まったみたいだ。
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