第9話【赤魔道士】は新たな扉を開く

 ミーティングを終えたあと、俺は自分に割り当てられた寝室に戻った。


 シャワーを浴びてさっぱりしたあと、ベッドに腰掛けてしばらくぼんやりしていた。

 すると、ドアがノックされた。


「レオンくん、いいかしら?」


 エメリアが訪ねてきたみたいだ。


「ちょっと待って」


 シャワーを浴び終えた俺は、タンクトップにトランクスという格好だったので、とりあえず備え付けのガウンを羽織った。


「どうぞ」


 ドアを開けて、招き入れる。


「ありがと」


 エメリアは珍しく、ローブ姿だった。

 シャワーを浴びたばかりなのか、まだ湿り気の残る髪から石けんの香りが漂っている。


「おじゃまするわね」


 彼女はそう言うと、勝手知ったる他人の部屋とばかりに、すたすたと室内を歩いた。


「どうしたの? なにか用?」

「あら、こんな時間に部屋にきたんだもの。用件はひとつしかないと思うけど?」


 ベッド近くで立ち止まったエメリアが、ローブを脱ぐ。

 その下は、シースルーのネグリジェだった。


 ゆったりとしたワンピースタイプのものだが、生地の向こうが透けているせいで身体のラインがはっきりと見える。


「えっと……」


 突然のことに俺は言葉を詰まらせ、思わず目を逸らしてしまう。

 彼女の裸体は何度も目にしたけど、こういう格好はまた違った趣があった。


 というかエメリア、上からローブを羽織っていたとはいえ、この格好で廊下を歩いてきたのか。

 フロアを借り切っているので問題ないと言えばないけど……。


「あら、かわいい。レオンったらまだそんな初心うぶなところがあるのね」


 俺が戸惑っていると、エメリアはからかうような笑みを浮かべてそう言ってきた。


「っ……しょうがないだろ、ちょっと前まで童貞だったんだから」


 言いながら、彼女に歩み寄る。

 からかわれたことが少し恥ずかしかったけど、それを受け流すくらいの余裕はあった。


「ふふっ、そういえば、そうだったわね。レオンくんと初めて会ったときから、そんなに経ってないものね」


 エメリアに童貞を捧げて【賢者】に目覚めて以降、リディア、リタ、マイア、そしてミリアムさんと、いろんな女性と経験させてもらった。


 それはとても濃密な時間だったけど、期間としてはそれほど経ってないんだよな。


「まだまだ駆け出しのレオンくんには、おねえさんがいろいろ教えてあげないとね」


 彼女はそう言いながら、俺の首に腕を絡めてきた。


 妖しげな光を宿す瞳に、吸い込まれそうになる。


 少しずつ彼女の顔が近づいてきて、熱い吐息が鼻にかかった。


 薄い生地ごしに、柔らかな感触が伝わってくる。


「お、おねがいします」


 エメリアにならなにをされてもいい、なんてことを思いながら、俺はそう口にした。


「ふふ……素直でよろしい」


 満足げに微笑む彼女が、さらに近づいてくる。


「……んむ」


 唇が重なり、そのままの流れで前哨戦が始まった。


○●○●

 

「んふ、ごちそうさま」


 エメリアは立ち上がると、これ見よがしに唇を舌でなぞり、満足げに微笑んだ。


「まったく、エメリアにはかなわないよ」

「あら、満足したようなこと言っちゃって。本番はこれからよ?」


 彼女はそう言うと俺に背を向け、彼女が脱いだバスローブの前でしゃがんだ。


「なにしてるの?」

「ふふ……実はいいものを持ってきたのよ」


 ローブを漁っていた彼女が、なにやら小瓶を手に取った。


「エメリア、それは?」

「これはね、ローションよ」

「ローション? なにそれ?」

「ふふっ、駆け出しのレオン坊やじゃあ知らなくてもしょうがないわね」

「駆け出しで悪かったな」


 そんなことを言い合いながらも、エメリアはローションの説明をしてくれた。


 なんでも海岸があるこの街では、塩や魚介類以外に海藻類も多く採れるらしい。


「レオンくん、海藻は知ってるわよね?」

「たまにサラダとかで食べたことはあるけど……なるほど、あれはこの町で採れたものなのか」


 ここクヴァルの町は、俺が前に住んでいたクヴィンの町からそれほど遠くない。

 本職の【荷運び】やその上位職【運送士】なら、新鮮なまま運べるだろう。


「それじゃあ海藻を食べた感想は?」

「えっと、そうだな……コリコリしてたかな」

「ほかには?」

「ん……ぬるっとしてる?」

「それよ」


 俺の応えに頷いた彼女は、俺の手を取って小瓶の中身を少し垂らした。


 彼女の言うとおり、手のひらに垂らされた透明の液体はぬるぬるしていた。


「でも、これってなにに使えるの?」

「ふふふ、いろいろ使えるわよ」

「い、いろいろですか……」


 なにやら淫靡な表情で笑うエメリアに、少し圧倒されてしまう。


「でもそうね、せっかくだから今日は、レオンくんに新しい扉を開いてもらおうかしら」

「新しい、扉?」


 彼女は戸惑う俺に顔を近づける。


「ねぇ、レオンくん」


 そして耳元で囁いた。


「お尻のほうでするのは未経験よね?」


 そして俺は、エメリアに促されるまま、初めてお尻のほうを経験させていただいた。



「はぁ……はぁ……」


 いつもと異なる快感に、息が乱れる。


「はぁ……ふぅ……ふふっ……どう、だった?」


 エメリアが息を整えながら、そう尋ねてきた。


「よかった……と、思う」


 正直、よくわからないまま終わってしまった。


「はじめてだもんね。そのうち慣れるわよ」

「そう、かな……」


 戸惑う俺を気遣うように、エメリアが言ってくれた。


 そして戸惑いと興奮が落ち着き、呼吸が整い始めたときだった。


《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》


「……え?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る