第11話【赤魔道士】は新たな拠点に移り住む
「ぜひぃ……ぜひぃ……」
訓練場内を、プリシラが息を切らせながら走っていた。
まだ30分も走っていないのに、もうフラフラだ。
まぁ、地面が砂なので、かなり疲れやすいんだろうけど、この程度でへばっているうちは塔の探索なんてできない。
『ふぇっ!? 強くなるって、レベリングだけじゃダメなんですかぁ?』
とにかく倒れるまで走れ、と言ったときの、彼女の反応だった。
たしかにレベルアップによって強くはなれる。
だがそれだけでは片手落ちだ。
塔内で得られるクラスの恩恵は、身体能力を増幅させる。
レベルアップごとにその上昇幅も上がるのだが、素の身体能力が低ければ、もちろん効果も低くなるのだ。
なので冒険者にとっては、塔外での訓練も重要になる。
俺も駆け出しのころは、ひたすら鍛えたもんだ。
「ぜひ……ぜひぃ……も……むりですぅ……」
ほぼ歩くのと変わらない状態だったプリシラが、その場に倒れ込んだ。
「おつかれ、がんばったね」
「ぜぇ……ぜぇ……アニキ……こんなに、走る意味って、あるですかぁ……?」
「もちろん。探索の大半は移動だからね。持久力こそ、冒険者にとって一番大事な力なんだ」
ひたすら歩き回ったあと、しっかりと戦闘をこなせるかが、勝敗を分ける。
死力を尽くして戦ったあと、危機から逃れるために走らなくちゃいけないことだってある。
もちろんそういった体力もクラスの恩恵で強化されるけど、素の筋力や持久力はあったほうがいいんだ。
「ほら、飲みな」
なんとか身体を起こしたプリシラに、渇癒水の入ったボトルを渡してやる。
汗まみれで倒れたものだから、身体中砂だらけだ。
「んぐ……んぐ……ぷはぁ……これ、めちゃくちゃ美味しいです」
「渇癒水ってそういうもんらしいよ」
少し休憩したところで、今度は組み手に移る。
「せぃっ! はぁっ!」
走り込みの疲れが残っているせいか、動きはへろへろだけど、型はなんとかこなせていた。
剣術にしろ体術にしろ、塔外でしっかり身体に叩き込んでおいたほうが、恩恵の効果もあがるのだ。
「プリシラ、立てるか?」
「はい、です……」
組み手が終わったあと、少し休憩をはさんで声をかけると、プリシラはふらつきならがも立ち上がった。
「歩けるか?」
「歩けます、です……」
さすが獣人だけあって、身体能力に加えて回復力も高いようだ。
「じゃあ、いまから塔にいくよ」
「ふぇ……?」
俺の言葉を理解しきれないらしいプリシラの手を取り、塔へ向かう。
特に怪我もしておらず、自分で歩けるなら、入場を止められることもない。
「はぁ……はぁ……冒険者の厳しさはわかったですが……さすがに、この状態で戦闘は……」
塔に入って恩恵を受けたプリシラだったが、昨日の勢いはなかった。
「大丈夫。ほら《
「ふおおおおお!?」
《
「さすがアニキ、疲れがふっとんだです! これならいくらでも戦えるです!」
どうやら元気になったみたいだ。
「よし、じゃあ帰ろう」
「ほぇ?」
塔を出るとちょうど昼だったので、彼女を連れてギルドの食堂に入った。
「アニキ、これめちゃくちゃ美味しいです」
「ダンジョンに海岸があるからか、ここは魚介類が美味いね」
訓練で腹を空かしていたプリシラは、ガツガツと料理を口に運んでいく。
「プリシラ、疲れは大丈夫?」
「ふぁい……! アニュギぬおくぁげれ」
「なに言ってんのかわかんないけど、問題なさそうだね」
「ぅあぃっ」
口にものを含んだまま、プリシラが力強く頷く。
「じゃあ午後は2セット、いってみようか」
俺の言葉に、彼女の動きが止まる。
プリシラは口の中のものをゴクリと飲み込むと、なにやら窺うような目を向けてきた。
「2セットって、なんのことです……?」
「なにって、走り込みと組み手をやって、塔で回復」
俺がそう言うと、彼女は手にしたスプーンを落とした。
○●○●
「アニキ……身体中が、痛いです……」
あれからみごと2セットのトレーニングを終えたプリシラは、翌日みごとに筋肉痛となった。
「じゃあ今日は休みね」
「なんとか、動けるです……から……塔で、回復……」
「だめ。それは普通に休んで治したほうがいいから」
訓練による疲労と違って、筋肉痛は魔法で回復しないほうがいいといわれていた。
俺も理由はよくしらないが、そういうことなのでプリシラにはしっかり休んでもらう。
さらに翌日。
無事筋肉痛を治したプリシラとともに、塔に入った。
「ふぉおおっ! なんだか身体が軽いです!!」
彼女は塔に入るなり、はしゃぎ始めた。
「まるでレベルがいくつか上がったみたいです!」
「プリシラはこれまで鍛えたことがなかったから、身体能力の伸びしろがすごいんだよ。それを、クラスの恩恵がさらにのばしてくれたってわけ」
「なるほどです!」
今日はレベリングをすることにした。
「うおりゃー!」
一昨日と同じレベルのプリシラだったが、動きは段違いによくなっていた。
発見したデザートラビットに、猛スピードで駆け寄っていく。
「喰らいやがれです!」
「キュキュゥッ!?」
彼女の勢いに驚き、逃げようとする敵に追いすがりながら放った前蹴り1発で、倒すことができた。
素の筋力が増したおかげで、攻撃の威力も増強されたようだ。
「アニキ、やってやったです!」
「うん、いい調子だ!」
その日は5階までを往復した。
俺の妨害魔法による補助などを受けながら戦いを繰り返し、プリシラはその日のうちに
「どうだった?」
「ちゃんと【格闘家】があったです」
塔を出たあと、ギルドの祝福の間で確認したところ、クラスチェンジ候補に【格闘家】が出ていたことを確認した。
「すぐにクラスチェンジしなくてよかったですか?」
「焦る必要はないよ。レベル20まで上げておこう」
翌日は塔外での訓練をし、その次の日は例のごとく筋肉痛で休養。
さらに次の日、プリシラとの訓練をはじめて6日目には11階に到着した。
「ふわぁあっ! すごいです!!」
はじめて海岸を目にしたプリシラは、大喜びだった。
「早くエメリアさんにも見せてあげたいです」
「そうだな」
その日、
「師匠! 引き続きよろしくお願いするです!!」
俺の呼び方が、なぜか師匠に変わっていた。
○●○●
「師匠! いくです!!」
「おう、来い!」
俺はいま、クヴァルの塔12階でプリシラと戦っていた。
12階にいるのは、サハギンやジャイアントワーフローチなど、出現モンスターが11階とほぼ同じなので、それらとの戦いに慣れつつレベリングするため。
俺と戦っているのは対人戦に慣れるためだ。
「はぁっ!」
彼女が突き出した拳をかわし、刃を潰した剣で斬りかかる。
「ほっ!」
彼女は身体をひねりながら跳びさがってそれをかわした。
「せぁっ!」
そして素早い踏み込みとともに膝蹴りを繰り出した。
「くっ……!」
俺はなんとか手で防いだが、かなりの威力で吹っ飛ばされてしまう。
「おりゃーっ!」
なんとか体勢を立て直しつつ着地すると、高く飛び上がったプリシラが拳を振り下ろした。
――ドパァッ!
ぎりぎりのところで身をよじってかわした直後、彼女の拳を受けた地面から、砂が舞い上がる。
いや、どんだけ威力あるんだよ。
「とはいえ……」
俺はその砂に身を隠すようにして間合いを詰め、彼女の首筋に剣を当てた。
「ああー、やられたです……!」
悔しがるプリシラだったが、今回はあぶなかった。
彼女がクラスチェンジして数日が経ち、すでに【格闘家】レベルが10を超えている。
「最後くらいは、1本とりたかったです」
残念そうな口調ではあったが、彼女は清々しい笑顔を浮かべている。
「いやいや、冒険者になって10日かそこらのプリシラに、負けるわけにはいかないよ」
「あはは、やっぱ厳しいですか」
「それは、ね。でも、護衛としての力量は、申し分ないよ」
わずか10日程度の訓練と実戦で、プリシラはめきめきと力をつけた。
冒険者としてもEランクとなっており、Dランクも間近という状況だ。
どうやらとんでもない才能の持ち主だったらしい。
「ぎりぎり間に合ったですね」
「だな」
今日、ちょうど俺たちは新居に引っ越す予定だ。
なので午前中に最終試験というかたちで、かなり本気で戦った。
これまで俺が【戦士】や【斥候】、【弓士】など、いろいろクラスを変えて模擬戦をしていたのだが、今日は本気の【赤魔道士】だ。
その俺を相手にいい線まで戦えたので、大抵のトラブルには対処できるだろう。
「それじゃ、俺たちも帰って引っ越しを手伝うか」
「ですです」
訓練を終えた俺たちは、11階の転移陣で塔を出た。
○●○●
新しい拠点だが、はっきりいって大豪邸だった。
「こんな広くてきれいな家に住める日が来るなんてなぁ……」
俺がぽかんと口をあけて拠点を眺めていると、隣にリディアが並んだ。
領主への挨拶は無事終わったので、すぐにでも探索を再開できるみたいだ。
「あら、レオンが望めば、もっとよいところに住めますわよ?」
「いやいや、これで充分だよ」
「ふふふ、たしかに、住まいにこだわりすぎる意味はないですわね」
俺以上に驚いているのは、プリシラだろうか。
「ほわぁ……本当にわたしが、こんなところに住んでいいですかぁ……?」
貧しい家に生まれた彼女は、口減らしのため娼館に売られた。
そんな自分が、こんな大豪邸に住めることに、実感がわかないのだろう。
「本当に、人生なにがあるかわからないわね」
半ば呆れたように、エメリアが呟く。
元は拠点の維持管理をお願いするために同行してもらった彼女だけど、さすがにここをひとりで見てもらうのは不可能だ。
それに、彼女には11階でお店を開いてもらうし。
というわけで、日常的な掃除やらは自分たちでするけど、何日かに1回は人を雇っていろいろ手入れしてもらう予定だ。
「ふふふ……ここならギルドからも近いし、モチベーションあがるわぁ」
ミリアムさんはなにやら悪い笑みを浮かべていた。
案外逞しいんだな。
「さて、それじゃあ準備を始めるわね」
エメリアがそう言って、服の袖をまくる。
それから彼女は大皿料理をいくつも作り、俺たちも飲み物やら食器やらのセッティングをした。
「それじゃ、俺たちの新しい生活に、乾杯!」
引っ越し初日と言うことで、自分たちだけでちょっとしたパーティーを開いた。
その日は遅くまで飲み食いし、楽しい夜となった。
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