第12話【調理師】は塔で屋台を開く

 翌朝、少し早い時間に出発した俺たちは、全員で連れ立ってギルドに向かった。


「それじゃみんな、気をつけて。エメリアもがんばってね」


 ミリアムさんに見送られ、塔に向かう。


「なんだかドキドキしてきちゃった」


 塔に続く道を歩いていると、エメリアがそう呟いた。


「エメリアは塔に入るの、はじめて?」

「もちろんよ。正直いまもちょっと不安なの」


 クヴィンの町じゃ冒険者でもない限り、塔に入ることはないもんな。


「大丈夫、エメリアのことは俺たちが守ってみせるから」

「そうですわね。そこは安心してくださいませ」

「お任せくださいです!」


 俺たちの言葉に、エメリアが微笑む。


「ええ、頼りにしてるわ」


 そのまま4人で転移陣まで歩き、1階へ。


「わぁ、すごい!」


 突然切り替わった景色に、エメリアが声を上げる。

 あたり一面に広がる岩石砂漠。

 突き抜けるような青い空。

 頬を撫でるぬるい風。

 これが塔の中と言われても、なかなか実感できないだろうな。


「それじゃ、いこうか」


 最初の1回は、自力で11階までいかなくちゃいけない。

 エメリアにはきついだろうが、がんばってもらうしかないんだ。


○●○●


「プリシラ、大丈夫? 重くない?」

「はい、全然平気です!」


 エメリアはいま、プリシラの背負うしょに腰掛けていた。

 最初は自分の脚で歩くとがんばっていたエメリアだったが、1階の途中で断念した。


 この過酷な環境をクラスの恩恵もなしに歩くのは、はっきり言って自殺行為だからな。


 ちなみにエメリアが腰掛けてる背負子は、人を運ぶ専用のものだ。

 11階で商売をする一般人を運ぶために開発されたもので、これを使った護衛と運搬を専門にする冒険者もいる。

 この町ならではの職業だな。


「やっぱり私も、なにかの戦闘職になっておいたほうがよかったんじゃないかしら?」


 プリシラに背負われながら、エメリアが申し訳なさそうに問いかけてくる。


「問題ないよ。エメリアは【調理師】のままで」


 エメリアは【調理師】という一般職に就いている。

 これは彼女が例のお店で働く前からのクラスで、それをずっと続けているという状態だ。

 【娼婦】があればクラスチェンジしてたかも、なんて言ってたけど、そんなクラスはなかった。


 一般職と戦闘職の大きな違いは、塔の内外で恩恵が変わるかどうか、だろう。

 俺の【赤魔道士】やリディアの【姫騎士】、プリシラの【格闘家】なんかは、塔に入らなければその恩恵はほぼ得られない。

 対してエメリアの【調理師】やミリアムさんの【受付嬢】、他にも【鍛冶師】や【錬金術師】、【医師】【薬師】などは、塔の外でも恩恵が得られる。

 一般職も塔内のほうがさらに恩恵が高まる、なんて説もあるけど、あまり実感できる人はいないみたいだ。


「せめて【荷運び】くらいにはなっておいてもよかったんじゃない?」


 【荷運び】は少し不思議なクラスで、塔の外でも恩恵を得られるが、塔内だとさらに力が増幅される。

収納庫ストレージ〉の性能に変化はないが、歩いていても疲れにくくなるのだ。

 当時を思い出すと、危機の察知なんかもできたような気がするな。


「レベル1じゃあ、そんなに変わらないよ」


 とはいえ、いくら【荷運び】になったからといってレベル1ではそれほどの恩恵を得られない。


「クラスチェンジの手間なんかを考えると、やっぱり【調理師】のままでよかったんだよ」


 ちなみに【調理師】の恩恵だが、作ったものがなんでも美味しくなる、なんていう魔法みたいな効果はない。

 調味料の分量がなんとなくわかったり、包丁さばきがうまくなったりと、手際がよくなるのだそうだ。

 あと目利きもよくなるので、そのあたりがいろいろ合わさって、美味しい料理が作れるようになる、という感じかな。


 ちなみにエメリアの【調理師】レベルは28。

 一般職の大半には中級や上級がなく、リミットは99なので、ものすごく高いわけじゃない。

 プロの料理人は多くが50を超えているそうだ。


 それでも素人にしてはレベルが高いほうなので、彼女がお店に勤めながら空き時間や休みの日に料理を作っていたことがよくわかる。

 これからは屋台もあるし、俺たちの食事も担ってくれるので、さらにレベルアップできるだろう。


「それにしてもみんな、本当に強いのね。敵が現れてもあっという間に倒しちゃうんだもの」

「おーっほっほっほ! そんなの当たり前のことですわー!」


 エメリアの感心したような言葉に、リディアが高らかに答える。


「エメリアさんにわたしの強さも見せてーです! ここらへんの敵なんて、一発で蹴り殺せるですよ!」


 プリシラが、心底悔しそうに言う。

 エメリアを背負う彼女には、あまり激しく動いてほしくないからな。


「……この子たちの変わりようにも驚いたけどね」


 普段とは異なるリディアとプリシラの様子に、エメリアが呆れたように言う。


「恩恵の影響だね」

「そういえばレオンは、そんなに変わらないわね」

「そうなんだよね。冒険者としての素質が低いのかな」


 俺がそう呟くと、リディアとプリシラが足を止めた。


「そんなことありませんわ! レオンはわたくしなどよりずっと優れた冒険者ですもの!」

「そうです! 師匠は最高の冒険者なのです!」


 そして真剣な表情のふたりに、そう言われた。


「あはは、ありがとう」


 少し恥ずかしいけど、素直にお礼を言っておく。

 ふたりは何度かうなずき、ふたたび歩き始めた。


「ふふっ、信頼されてるのね」

「ほんと、光栄なことだよ」


 エメリアの言葉に、俺は少し照れながらそう答えた。


 そして昼前の時間に、11階へと辿りついた。


○●○●


 11階は相変わらず人でごった返していた。

 あと1時間もすれば本格的な昼食の時間帯となり、さらに人が増えるという。


 このエリアは、時間経過で日が昇ったり沈んだりせず、ずっと明るいままだ。

 にもかかわらず、お昼どきになるとみんなそろって昼食を食べるというのも、なかなかおもしろい話だと思う。


「えーっと……ここね」


 割り当てられた屋台に到着した。


「あら、結構揃ってるのね」


 屋台には水とお湯が使えるシンクと、調理台があった。

 それ以外のものは、使用者が用意する仕組みだ。


「えっと、バッグはレオンが持ってるんだっけ?」

「ああ、そうだよ」


 俺はそう答えて、担いでいたバックパックをエメリアに渡す。

 これは魔法鞄マジックバッグなので、〈収納庫ストレージ〉には入れられない。

 本来ならプリシラが運ぶのだが、初日はエメリアを担ぐ必要があったので、俺が持っていたのだ。


「ありがと。じゃあプリシラ、お願い」

「はいです」


 プリシラはバックパックを開け、中から細長いグリルをひょいと取りだした。

 それを調理台に置いたあと、グリルの底に炭を敷いていく。

 続けてエメリアがグリルにあるスイッチを入れてしばらくすると、炭が赤く燃え始めた。

 このグリルには着火機能があり、効率よく炭に火を点けられるのだ。


「エメリアさん、食材ここに出しとくです」

「ええ、ありがとう」


 プリシラがひと抱えはあろうかという大きさのクーラーボックスを、軽々と取り出して足下に置いた。

 これは魔石の力で内部を冷やし、食材が傷むのを防げる魔道具だ。


「レオン、リディア、食べていくでしょ?」


 俺たちに尋ねながら、エメリアがクーラーボックスを開く。

 中には、野菜と肉を串に刺し、タレに漬け込んだものが並べられていた。


「そうだね、おなかも空いたし、少しいただくよ」

「お言葉に甘えさせていただきますわ」

「じゃあ、さっそく焼いていくわね」


 エメリアは串を何本か手に取り、グリルに並べていった。

 彼女が屋台で売るのは、串焼きだ。


 これ、昨日のホームパーティーでも出してくれたんだけど、甘辛いタレにピリッとしたスパイスが利いて、めちゃくちゃ美味かったんだよな。


「牛と豚だけ?」

「ええ、そうね。あまり増やしても面倒だし、しばらくこれで様子を見るわ」


 エメリアは炭火の上で回転させながら、串を焼いていく。

 この焼き加減も【調理師】の恩恵でいい具合にわかるのだろう。


 甘辛いタレの焼ける匂いに、周りの人たちも反応し始めた。

 さっそく興味を持たれているようでなによりだ。


「はい、おまたせ。牛串と豚串、2本ずつね」

「ありがとう」


 俺とリディアで、それぞれ1本ずついただくことにする。


「プリシラ、お代」

「まいどありです!」


 会計兼用心棒のプリシラに、料金を渡す。

 いま無料で提供を受けてしまうと、他の人たちに難癖をつけられるかもしれないからな。


「あっ、美味い!」

「昨夜お家で食べたより、美味しいですわね」

「それはそうよ、今日は炭火だもの」


 昨日のホームパーティーで出されたのは、拠点のキッチンにあった熱線式のグリルを使ったもので、今日のは炭火だ。

 なるほど、食感も香りも格段によくなってる。


 もちろん屋台用の熱戦式グリルもあり、魔石をセットするだけで使えるそちらのほうがお手軽なのだが、エメリアは炭火にこだわることにしたようだ。


「おっ、美味そうな匂いだ。いくらだい?」


 さっそく冒険者の一団が、屋台の前に立った。


「牛串が2000ガルバ、豚串は1500ガルバよ」

「おいおい、串焼きにしちゃちょっと高くねぇか?」

「そう言われるのは残念ね。昨日一生懸命仕込んで、丁寧に焼いてるのに」

「なに、あんたが作ったのか? 全部?」

「もちろん。食材を切り分けて、ひとつひとつ串を刺して、タレに漬け込んで……それにほら、炭火で焼いてるでしょ? 結構手間がかかってるのよ」

「そうなのか? あんたはてっきり売り子だと思ってたよ」

「私こう見えても【調理師】なの」

「そうかそうか、あんたみたいな美人の手作りってんなら安いね。それぞれ1本ずつ、人数分いただくよ」

「ありがとう。はい」


 エメリアはうまく話をまとめ、牛串と豚串をそれぞれ5本ずつ売ることに成功した。

 受け取ったメンバーの中にはすぐさま口に入れるやつもいて、美味い美味いと絶賛していた。

 そうだろう、エメリアの料理は美味いだろう。


「ところでお嬢さん、今夜の予定は――」

「商品を受け取ったらさっさと金払いやがれです!」


 エメリアを口説こうとした男の目の前に、プリシラがそう言って手を出す。


「うちは串焼き以外、売ってねーですから」

「おっと、どうやら怖い用心棒がいるようだな」


 男はおどけたように言ったが、プリシラの実力を見抜いたのか、少し表情をこわばらせている。


「ええ、頼りになる、いい子よ」

「そうかい、じゃあまたくるよ」


 男は取り付く島もないと諦め、代金を払って去っていった。


「プリシラ、その調子でエメリアのこと、頼むな」

「おまかせなのです!」

「ではわたくしたちは、探索に向かいますわ」

「ええ、気をつけて」


 屋台にはどんどん客が訪れていた。

 どうやら問題はなさそうだと判断した俺とリディアは、塔の探索に向かうのだった。

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