第21話【赤魔道士】は違和感を覚える
「おーっほっほっほっほっ!!」
12階に溢れるサハギンどもを相手に、リディアが斧槍を振り回す。
【女王騎士】へクラスチェンジしたことで、その強さにはさらに磨きがかかったように見えた。
俺たちはミリアムさんからの要請で、12階のサハギンを可能な限り討伐している。
大ボス戦に向けて、ザコの数は減らせるだけ減らしておいたほうがいいらしい。
いくら倒したところで無限に湧いて出てあまり数が減ったようには感じられないが、放っておけば塔の外まで溢れ出すほど増えるのだとか。
あと、ここには仮拠点として簡易な建物が作られはじめていて、それらのスペースを確保する意味でも、ザコの掃討は重要な作業だ。
なんというか、思った以上に大変な出来事なんだな、大ボス戦って。
「ふぅ」
1時間ほど戦い続け、ふたりで4桁にのぼる数のサハギンを討伐したところで、小休止に入った。
「調子はどう?」
「絶好調ですわ」
クラスチェンジしてレベル1になり、そこからサハギンを倒しまくってレベルアップしたことにより、リディアはさらなる成長を見せている。
「レベルは?」
「先ほど、ようやく5になったところですわね」
いくら上級職でも、あれだけのサハギンを倒せばふた桁に達してもおかしくないはずだが、レベルの上がりづらさはさすがレアクラスといったところか。
そのぶん、成長が見込めそうで何よりだけど。
「ただ、武器は新調したほうがよさそうですわね」
「まだ充分使えそうだけど?」
「いまのわたくしには少し軽すぎますわね、これは」
リディアはそう言いながら、斧槍を片手でひょいひょいと振り回した。
うん、なんというか、とっても頼もしいな。
「それはそうと……」
リディアがふと眉を寄せる。
「先ほどからなんだか嫌な視線を感じますわ」
「嫌な視線? さっきの模擬戦で注目されたのかも」
リディアは美人で派手な格好をしていて、戦い方にも華があるからな。
注目を集めるのも仕方ないと思うけど。
「いいえ、そういう類の視線は以前から多く受けておりましたから、気になりませんわ。なんというか、もっとこう、粘着質のある、嫌な感じといいますか……」
「タチの悪い冒険者にでも、目をつけられたのかな」
「その程度でしたら、気にならないのですが……」
結局その視線の正体もわからず、リディアの気のせいかもしれないので、考えるのはやめることにした。
「とりあえずこれ食ってひと息ついたら再開しようか」
そう言って俺は〈
「あら? なんだか美味しくなってますわ!」
リディアは携行食をかじるなり目を見開いてそう言った。
「腕を上げましたわね、レオン」
「いやいや、実はこれ、エメリアが作ってくれたんだよ」
しばらく屋台が再開されそうにないと知ったエメリアは、少しでも俺たちのサポートをしたいということで、俺のレシピを参考に穀物やドライフルーツ、豆類を固めた携行食を作ってくれたのだ。
さすが【調理師】だけあって、レシピにちょっとしたアレンジを加えて味を劇的に向上してくれた。
「さすがですわね」
「ほんと、助かるよな」
美味い携行食を食ってモチベーションの上がった俺たちは、次々に湧いてくるサハギンどもを蹴散らしつつ階層を上に進む。
13階、14階と進むにつれ冒険者の数は減るものの、モンスターの数はあまり変わらないように思えた。
冒険者の数が少なくなり、討伐数が減っているから、相対的にモンスターの数が多く感じられるのだろうか。
俺たちは、道すがら可能な限り多くのモンスターを倒しつつ進み、15階に到達した。
「ここも、思った以上にモンスターの数が多いな」
「そうですわね……。11階と12階に少し戦力を割きすぎなのかもしれませんわね」
周囲を見渡すと、遠くのほうでちらほらと戦っている冒険者の姿は見えるが、近くに人影はない。
「とりあえずこのあたりの連中をサクッと片付けようか」
「ええ、そういたしましょう」
それから俺たちは周囲のモンスターを掃討し、岩陰に隠れてさっとセックスを済ませた。
《条件を満たしました。賢者タイムを開始します》
賢者タイムに入った直後、俺はぞわりと背筋に悪寒が走るのを感じた。
「レオン、どうされました?」
少し乱れた衣服を整えながら、リディアが尋ねてくる。
「いや、なんていうか……」
なんだろう、この嫌な感じは。
ねっとりと張り付いてくるような……。
「そうか、視線だ」
さっきリディアが言っていた言葉を思い出した。
嫌なヤツに見られているという、違和感があった。
「視線……? もしかして、わたくたち、み、みみ見られましたの!?」
「いや、そんなはずは……」
そう思い、意識を〈気配探知〉に集中したが、少なくともこのフロア内で俺たちに気づいている者は、人で魔物であれ存在しないことは確認できた。
「大丈夫、誰もいないよ」
「そうですの、よかった……」
俺の言葉に、リディアはほっと胸を撫で下ろす。
ただ、視線だけはまだまとわりついているようだった。
○●○●
その後俺たちは12階に戻って討伐を再開した。
賢者タイムの俺と、【賢者】のバフを受けたリディアの戦いっぷりはそれなりに注目を集めたが、大半の冒険者はどんどん現れるサハギンどもを前に俺たちから興味を失い、自分たちの戦いに集中していた。
それから2時間、俺とリディアはひたすらサハギンを狩り続けた。
《賢者タイムを終了します。おつかれさまでした》
「なぁリディア、嫌な視線って、まだ感じる?」
賢者タイムが終了し、前線を退いてひと息ついたところで、リディアに尋ねる。
「そういえば、途中から気にならなくなりましたわね」
途中から、か。
「それっていつごろから?」
「えっと……」
リディアが顔を赤らめ、少し俯く。
「レオンと、その、いたしてるときは……それどころじゃありませんから……」
「あ、うん……」
いかん、リディアの愛らしい姿に、俺まで恥ずかしくなってしまった。
「そういえば、そのあとはとくに視線など気にならなくなりましたわね」
そしてリディアは、ふと思い出したようにそう言った。
「どうやらあれは、気のせいだったようですわ。クラスチェンジしたばかりで少し気が逸っていたのかもしれませんわね」
彼女はそう言うと、クスリと微笑んだ。
「そっか」
「レオン、なにか気になることでも?」
「ああ、うん。なんでもないよ」
「そういえばレオンもさきほど、視線がどうとか……」
「いや、それも気のせいだったみたい」
嘘だ。
視線はいまも、感じている。
ただ、〈気配探知〉には、それらしい存在がひっかからないんだよな。
リディアを見ていた何者かの興味が、俺に移った……っていうのは、考えすぎだろうか。
いや、そもそもこの視線が気のせいって可能性もあるな。
これだけ人の多い場所で【賢者】になることなんて、いま考えればなかったわけだし。
わからんものは考えても仕方ない。
「レオン、今日のところはこのくらいにして、引き上げましょうか」
「ああ、そうだな」
下層への転移陣に向かって歩き始めたリディアに続き、一歩足を踏み出したときだった。
――ふふっ。
咄嗟に身を翻したが、前を歩くリディア以外、周囲には誰もいない。
「レオン、どうされましたの?」
俺の動きを察知してかリディアが振り返り、心配そうに首を傾げる。
「いや、なんでもないよ。帰ろう」
俺はそう言ってリディアを促し、歩き始めた。
たしかに、微かな笑い声が聞こえた。
そして、耳にかかるような吐息も、感じられた。
気のせいじゃない。
でもあいかわらず〈気配探知〉ではあやしいヤツを見つけられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます