第14話【赤魔道士】は思わぬ再会を果たす

 さっきまでの浜辺もキツかったが、ここはまた質の違った暑さだ。

 湿度が一切感じられない、とでもいえばいいのかな。

 少し動いただけで、喉が渇きそうだ。


 直射日光がないのだけは救いだな。

 雲ひとつない青空に太陽が出ていたら、日光のせいで肌もさらせないわけだし。


「さて」


 当初の目的だった21階には到達したが、これからどうするか。

 一気に砂浜エリアを駆け抜けたせいで、それぞれかなりの疲労が溜まっている。

 お試しというかたちで砂漠の探索をやれる程度には体力も残っているけど、どうせここへは転移ですぐ来られるのだし、さっさと帰るってのもありだよなぁ。


「ねぇ、レオン」

「なに?」

「わたくし、できればすぐに帰りたいのですけれど」


 俺の迷いを察してか、リディアがそう言う。


「砂浜での連戦、やっぱり疲れた?」

「いえ、そういうわけではありませんの」


 申し訳なさそうに言うリディアだったが、どことなく嬉しそうだ。

 思わずニヤけそうになるのを、耐えているような……。

 あっ、もしかして!


「レベルアップした?」


 俺がそう尋ねると、彼女は驚いたように目を見開いたあと、すぐ嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「はい、ついにレベル50へ至りましたわ!」


 そして彼女はそう言って、胸を張るのだった。


「ようやくだね」

「ええ。ですが、思っていたよりは早かったですわ」


 クヴィンの塔でレベル49になって、結構な時間が経つ。

 レベリングの効率だけを考えれば、あのまましばらくクヴィンの塔上層階を徘徊したほうがよかったのだろうが、俺たちは先に進むことを決めた。


 そしてここクヴァルの塔は、環境はともかくモンスターの脅威度的にはクヴィンの塔と変わらない。

 レベリング的には下層階からやり直すのと同じような状態なので、ここの30階あたりでレベルアップするのではないかと予想していたのだ。


「あのサハギンのおかげかな」

「かもしれませんわね。強さはともかく、数は相当なものでしたから」


 鬱陶しいことこの上ないサハギンどもだったが、悪いことだけじゃなかったか。


「じゃあ、帰ろうか」

「ええ」


 早くクラスチェンジしたくでうずうずしているリディアにバフをかけなおし、俺たちは早々に帰還用の転移陣を目指した。


○●○●


「おかえりなさい、早かったわね」


 ギルドに戻ると、ミリアムさんが出迎えてくれた。


「ただいま」

「ただいまですわ」

「今日は11階から21階だったわよね?」

「そう。サハギンが多くてちょっとしんどかったよ」

「いつもあのようにたくさん発生しますの?」

「いいえ、ここ半月で一気に増えたのよ」

「そうなんだ」

「……それで、今日はサハギンの納品が大量にあるのかしら?」


 そう尋ねてくるミリアムさんは、少しお疲れ気味のようだ。

 あれだけいたサハギンのドロップアイテムとなると、相当な量になりそうだな。


「いや、今日は進むことだけを考えて、回収はしなかったんだよ」


 俺がそう答えると、ミリアムさんは軽く眉を上げたあと、少し安心したように息をついた。


「そうね、レオンくんたちがいまさらサハギンのドロップを納品しても、お金以外にあまり意味はないわね」


 そしてお金に関しては、クヴィン家に任せておけばいい。

 俺も少しずつだが、そうやって割り切れるようになってきた。


「そうだ、ミリアムさん、実はリディアが……」


 そこまで言うと、リディアがすっと前に出てくる。


「わたくし、ようやくレベルアップしましたの」

「ホントに!? おめでとう!」

「それで、祝福の間を使いたいのですけれど」


 各ギルドにある祝福の間。

 そこで冒険者たちは、いつでもジョブチェンジが可能なのだが……。


「あー、その……実はちょっと待ってもらわなくちゃいけないのよ」


 ミリアムさんが、申し訳なさそうに言う。


「なにかありましたの?」

「例の大量発生したサハギンの影響で、このところレベルアップする冒険者が急増しちゃって……」

「なるほど、祝福の間が混み合っておりますのね」

「そういうことなの」


 いくら貴族だからといって、順番を飛ばす権利はない。

 というわけで、リディアはしばらく待機することとなった。


「そうだ、エメリアたちは?」

「まだ帰ってないわね」

「でしたらレオン、迎えにいってさしあげたら?」

「あー、でも……」


 ここにリディアひとりを置いていくのもなぁ。


「ご心配なく。わたくしはミリアムさんと上級職についてお話しておきますので」

「そうね。おそらくリディアさんは【姫将軍】が候補に出ると思うから、そのあたりのことを話しておきましょうか」

「そっか。そういうことなら」


 というわけで、俺はふたたびクヴァルの塔に入り、11階に転移した。


「うわぁ、人が多いな……」


 11階は、俺たちが出発したころよりも人が増えていた。

 パンパンに膨らんだバッグを担ぐ人が目につくのは、12~13階あたりでサハギンを狩って帰ろうとしている冒険者が多いからだろう。

 あれだけの量を狩ったら、〈収納庫ストレージ〉だけじゃ全然足りないだろうし。


 このぶんだと、エメリアの屋台も繁盛してるかな。


「ちょ……すみません……うわっと……!」


 うーん、人が多すぎてなかなか先に進めない。


「回復屋~、回復屋だよ~」


 ふと、耳慣れない言葉が聞こえた。

 回復屋って、なんだろう?


「塔でケガをした人はいませんか~? 塔を出る前に回復しといたほうがいいよ~、回復屋だよ~」


 どうやら塔でケガをした冒険者を回復するお店のようだ。

 たまにクヴィンの塔にもつじヒールで小銭を稼ぐヒーラーはいたけど、お店を出すヤツはいなかったな。


 こういう屋台街のある塔ならではのものかもしれない。


 俺には必要ないサービスなんだけど、人並みの流れに揉まれたせいか、どんどん回復屋の声が近づいてくる。

 ちょっと気になったのでそちらに目を向けてみると、小柄な神官が呼び込みをしていた。


「おーい、悪いが回復してくれんかのう」


 そこへ、腰を押さえた老人がよろよろと近づいていった。


「おじいちゃんまた来たの? 言っておくけど、塔の外でケガしたぶんは、回復できないからね」

「わかっとるわい。ここでの仕事中に腰を痛めてのう。重い荷物を持ち上げた拍子に、ビキッと……」

「ええー、それっていいのかなぁ。普通は冒険者の傷を治すのがボクの仕事なんだけど」

「塔内のケガに貴賤はないんじゃ! 早う治しておくれ……いててて……」

「はぁ、しょうがないなぁ」


 神官は呆れたようにそう言うと、老人の腰に手を当てて《傷回復ヒール》を使った。


「おほー! 助かったわい!!」


 魔法を受けた老人は、別人のように元気になり、その場をぴょんぴょんと跳びはねる。

 《傷回復ヒール》で治ったってことは、ぎっくり腰だったのかな。


「いやー、朝起きたらぎっくり腰になってのう。なんとかここまで辿り着いたんじゃ。いや助かった助かった」

「ちょっと待って、それダメなやつじゃん」


 うん、完全に違法治療だな。

 ただよくあることなのか、神官は呆れたように笑うだけだった。


「次はちゃんと医者にかかってよ?」

「じゃがのう、連中はしばらく安静にしろとかいうて、高い痛み止めを出すだけなんじゃ」


 いや、ぎっくり腰の治療って、それが普通だから。


 ……まぁ、塔外のちょっとしたケガを塔内で治療する冒険者もいるにはいるし、ギルドが入場を許可したんなら問題はないのかな。


 それにしてもあの神官、なんか見覚えがあるんだよな。

 あの青い髪、どこかで見たような……。


「じゃあおだいじにね、おじいちゃん」

「ほいよ。今日は助かったわい。また頼むぞ、ノエルや」


 えっ、ノエル!?


「なぁ、ちょっといいか」


 ちょうど回復屋の前にいた俺は、青髪の神官に声をかけた。


「なにかな?」


 振り返ったそいつは、俺の代わりに『狼牙剣乱』へ加入した【神官】のノエルだった。

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