残る2つの未解決問題を解くには、彼を突き落とすだけでいいのに。

紫鳥コウ

01. 序文

 ぼくは、自分の属するを名乗らないようにと教えられた。

 それだけではなくて、このにはひとつの民族しか存在せず、即ちそれを「」というのだと、この国の指導者は言う。

 民族に対して言及することを取り締まる、「国家分裂扇動罪こっかぶんれつせんどうざい」などという法律もできた。

 そしてぼくたちは、褐色かっしょくの軍服に身を包み、小銃を携帯し、国のあちこちで反社会分子を取り締まってきた。


 しかしぼくはいま、のために、国境警備隊の目を盗み、〈カスミ〉というものに飛び込もうとしている。

 彼女は、研究倫理と照らし合わせると、この実験が違反行為であると思っていながらも、でも、この国を包括する「」というものの存在の発見が、この閉塞した社会を変革すると信じて、すっかり冷たくなったその両手を、ぼくの背中にくっつけている。


     *     *     *


 ぼくは、とのいままでの軌跡を、このノートにしたためておいた。

 だれかにたくす、遺書のたぐいのものではない。

 もし「世界」というものが存在するのだとしたら、その発見の功労者は、間違いなくぼくたちだということの証拠のひとつとしても、役立つことだろう。


 もしあなたが、このノートを読もうと思うのならば、どうか最後まで目を通してほしい。


 なぜかといえば、このノートに書かれていることはすべて事実なのに、時間軸がでたらめになっているという、とても不親切な構成になっているからだ。つまり、全体像――ぼくたちの軌跡は、最後まで読まないと分からなくなっている。


 そんな構成にした理由は、具体的には明示していないけれど、このノートを読み進めていくうちに、分かっていただけるかと思う。

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