19. フレア作『子どものいたずら』

 フレアへの最初のお題は『花瓶』にしました。具体的な「モノ」の方が物語をイメージしやすいと思ったので。一週間で作ったフレアの物語を、ぼくに見せてください。楽しみにしています。(アッシュ)


 お題について承知いたしました。一点気になったのは「具体的な『モノ』の方が物語をイメージしやすいと思った」という部分です。なぜ、具体的な「モノ」の方が、抽象的なもの(愛とか友情とか)より、物語を書く上で容易だ、というような結論になったのでしょう。根拠が薄弱な気がします。


 今回は、このことは不問にしてあげますが、今後、ひとに何かを伝えるときは、読み手のことを考えるようにしてください。


 あと、小説は初めて書くので、あまり期待しないでください。それに、とても短いものになるかと思いますが、ご了承ください。(フレア)


     *     *     *


 題名『子どものいたずら』


 あるカントリーに、ユーリーという少女がいました。この少女は、九歳で、父親と母親がいます。祖母もいます。祖父は六年前に他界しました。ですので、ユーリーは祖父との記憶があまりありません。ユーリーたちが住んでいる家は、小さな庭があり、小さな樹が二本あります。小さな池もあります。ささやかながら、祖母が家庭菜園をするための場所もあります。父親と母親は、家の横に開いたケーキ屋さんで働いています。そこは、チョコレートケーキがとても美味しいことで有名です。


 三層のうち一番上がビターなチョコで、下にいくにつれてどんどんマイルドになっていきます。フォークをいれると、すっと下まで通っていくほど柔らかく、口に入れると、いつまでもチョコレートの風味が香り、天にも昇る気持ちになります。価格は少しお高いですが、それくらいの価値はあるのです。


 ユーリーは、ひとりきりで家で過ごす時間が多く(友達がいないので)、絵を描いたり、おり紙を折ったりしていました。ユーリーがそうして過ごすのは、台所の横にあるソファーの置いてある部屋で、そこには箪笥たんす鏡台きょうだいと細長のテーブルがあり、壁には父がむかし描いた小さな絵画がふたつかかっています。どちらもこのカントリーの風景を描いたもので、ひとつは夕方の清らかな川、もうひとつは朝陽の昇る山の絵です。


 そして一昨日から、花びらがいくつか描いてある白色の花瓶が、箪笥の上に置かれました。これは、ユーリーの母親の友達が、彼女の誕生日のときに贈ってくれたものなのですが、ユーリーはそれに嫉妬していました。というのも、ユーリーが贈った桃色の折鶴おりづるより喜んでいるように見えたからです。だから、あの花瓶が箪笥の上にあることで、ユーリーが悲しみを覚えてしまうのは、当然でした。


 だれかが箪笥に当たって、落ちて割れてくれやしないかと思って、箪笥と机の間を通る父親や母親、祖母をまじまじと見ることもありましたが、当たることはありません。そもそも花瓶は、割れないように置くものですから。しかしユーリーは、自分の手で箪笥を揺らそうとは思いませんでした。それくらいは、ものの分別がつく子だったのです。だからこそ、悔しくて辛いのです。しかしだからといって、思うようにならないのが人生、くらいに割り切れる年頃でもありません。


 水曜日の午後です。よく晴れた過ごしやすい気候でした。ユーリーは学校からの帰り道、路傍ろぼうに一輪の白い花が落ちているのを見つけました。手に取ってみると、みずみずしさが残っており、萎れる気配はありませんでした。そこでユーリーは思いました。この花をあの花瓶にしたらどうなるだろうと。そうすれば、あの花瓶に対してひとつの復讐ができると思ったのです。花を挿すために花瓶があるのよということを思いしらせてあげる、などと。


 ユーリーはその一輪の花を大事に抱えながら家へ帰りました。しかし花瓶に花を挿そうにも箪笥の上には手が届きません。そこで机を箪笥の方へとなんとか引っ張って、そこに足をつけて背伸びをしてみましたが、ようやく花瓶の真ん中辺りに手が届いたくらいです。今度は机の上に、ソファーの枕を置いて白色の花を高々とかかげました。するとどうでしょう。ユーリーはよろめいて、背中からカーペットの上へ落ちてしまいました。


 わんわん泣いてしまったのは言うまでもありません。目からはたくさんの涙があふれてきます。かすみゆく視界のなかで、あの花瓶が誇らしげにこちらを眺めているのが見えます。あまりに大きな声で泣いていたので、母親がかけつけてきました。


 母親の手当てあてを受けているとき、ユーリーは「ごめんなさい」と、小さな声で謝りました。すると母親は、ほほえみながらこう言うのです。

「お母さんを驚かせようとしたのよね……ほんとうに、悪い子」

 夕陽が窓からさしこんで、ふたりを明るく切り抜いていました。

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