22. アッシュ作『昼の薪割り』

 仕事が立て込んでまいりましたが、一作だけで終わりというのは、なんとも味気がないので、少しの間だけ、文字数を減らすことにしましょう。

 お題は『本』でお願いします。いまわたしの机の上にあり、よく目に入るものから選びました。なので、深い意味はありません。(フレア)


 お仕事お疲れ様です。了解しました。あまり長くならないようにします。(アッシュ)


     *     *     *


 タイトル『昼の薪割り』


 夜までに、食事を作るために、お風呂に入るために、暖を取るために、まきが必要なのだが、薪割りをしようと庭へ出ると、切り株の上には彼女がいた。座って本を読んでいる。これでは、仕事にならない。それに、陽が輝く昼といえども、夜になればめっきり寒くなる季節だ。いくら羽織っていても、風邪をひかないか心配になる。


 ぼくは、斧を下ろして、彼女にそこをどくように言った。しかし彼女は、口を開かずに本に目を落としている。文章を読んでいないのは確かだ。さっきから一向にページがめくられていない。


「薪を割らないと、今夜、ぼくの家の食卓が悲惨なことになるんだけど」

「…………」

「ぶるぶる寒さに震えることになるんだけど」

「…………」

「なんでそんなに怒ってるの?」

「怒ってない」

「怒ってるよね?」

「だから、怒ってないって」


 ぼくはなぜ、彼女がここまで頑固になっているのかが分からなかった。ここ数日の記憶をたどっても、彼女を怒らせるようなことをした覚えはない。だから、その理由を聞いた。


 すると、彼女は本を勢いよく閉じて、

「ぜんぜん、わたしに構ってくれないじゃない」

 と、そっぽを向いて、そう言った。


「でも……ぼくだって、忙しいんだよ」

「前までは、もっとわたしのことを気にしてくれてた」

「そうなんだけど……ちょっと、締切りがたくさんあって」

「ふうん。そう……」

「いま引き受けている仕事が全部終わったら、一緒にどこかへ遊びにいこう」

「あと、どれくらいで終わるの?」

「それは……ぼくのがんばり次第だけど、とにかく、薪を割らないと今夜は仕事が進まないのは確かだ」


 そう言うと彼女は切り株から立ちあがり、本を抱えたまま、庭の柵にもたれかかった。柵には一カ所、ぽっかり穴が空いているところがあって、そこはこの前に急ごしらえでふさいだところだったが、二度目の台風のときに釘がゆるんでしまったのだろう。彼女がここにいたのはきっと、この穴を使ったに違いない。


 斧を振り下ろすと、ふたつに割れた木がそれぞれ反対側へと倒れていく。何度も、斧を振り下ろす。薪をまとめて縄でしばる。こんな代わり映えのない作業を、彼女は本を胸に抱えてじっとみている。…………


 彼女は、あくびをひとつして、「もう終わったの?」と聞いてきた。

 ぼくは、縄で結んだ薪の束を持ち上げて、「終わったよ」と返した。


「あの穴……また塞いじゃう?」

 彼女は、一度目の台風で空いてしまった穴を指さした。そして、「そこから入ってきたの」と白状した。


「たしかに、泥棒が入ってきたら困るし、これを運んでしまったら、直そうかな」

「直すのはいいのだけれど……」


 かわいた芝生の上に転がっている小石を、こちらに蹴飛ばしてくる。


「わたしだけは、入れるようにできない? 明日の昼も薪割りをするでしょう? そのときに……お弁当を作ってきてあげるから」

「いいよべつに。家で簡単なものを作るから」


「こういうときは、ありがとうって、素直に言うものよ」

 彼女は、ぼくのこころを見透かしたかのように、苦笑した。

「ありがとう。明日は一緒に、お昼ごはんを食べようか」


 ぼくたちの上から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。空気は少しだけ冷たくなってきた。もうすぐ、夕暮れだ。ぼくは、彼女のそばに歩み寄った。

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