14. マヌールへの手紙(2)

 きみからもらった手紙を読んで、きみはとても独占欲の強いひとなんだと思いました。そうでないと、あんなに長い文章を書くことはできないはずです。だれよりも「あの人」のことを愛したいという気持ちは、ひとを饒舌じょうぜつにさせるものです。自分にとって「あの人」は、だれよりも特別な存在であるということを、相手に認めさせようとするのです。


 なぜ、そういう意地悪なことを言ってしまうのかというと、ぼくも実際、きみに対してだけ饒舌であるからです。きみを、ぼくにとって特別な存在として、自他ともに位置付けたいという気持ちを、強く、とても強く……いまこのときも、そしてずっとこれからも、抱き続けることでしょう。


 しかしぼくは、きみも知っている通り、具体的なことはひとつも言えないけれど、任務内容が変わり、日々活動する時間が反転し、休日もほとんどないに等しく……それはつらいことではあるのだけれど、きみと会えないことの方が、よりいっそう、つらく、悲しく、仕事を放り投げてでも、きみの下へと行きたいと思うことが、何度もあります。


 それくらい、きみのことを好きになってしまった。でも、きみの方はそうではないと思っていた。ぼくをひとりの話し相手としてしか思っていないと感じていたからです。


 ぼくは、きみが話しているとき、ずっと相槌あいづちを打ち続けていました。きみの話は、魅力的でしたから。


 しかし、きみから手紙をもらって、読んでいくうちに、もうひとつ気づいたことがありました。もしかしたら、ぼくもきみも、ある地点を境にして、自分たちの役割を勝手に決めていたのかもしれません。


 つまり、相手から愛想をつかされたくなくて、いままで通りの役割を自分がになわなければならないと……そうしなければ、嫌われてしまうのではないかとの危機感を抱いていたのかもしれません。


 しかしぼくは、この手紙から分かるかもしれませんが、饒舌なときは饒舌だし、きみの言葉にずっと耳を傾けられるわけではありません。でもこれからは、ぼくもきみに対してよく話し、きみの言葉をたくさん聞ける関係を……新しい特別な関係を、ぼくたちの間に敷きたいと思っています。


 きみの言う通り、このつらい任務を越えれば、退屈とは言わないまでもゆったりと仕事ができるときが来るでしょう。しかしそれは、どこか遠いところにあるような気がしています。


 詳しくは言えませんが、それくらいの任務なのです。どこにゴールがあるか分かりません。だから、きみとデートをできるとは限らないし、話をする機会も少ないかと思います。もしかしたら、手紙でのやりとりだけになるかもしれません。


 だから、心配でしかたありません。ぼくたちの関係が、途中でプツンと切れてしまう恐怖があります。一緒にいられないという苦痛を分け合う「苦痛」を、覚悟してもらえるでしょうか。きみが覚悟してくれるなら、ぼくは喜んで覚悟を決めます。


 この仕事を辞めるわけにはいきません。むかし少し話したかもしれませんが、ぼくは、小説家になりたかった。いや、文章を書くことを仕事にしたかった。小説だけじゃなく、詩や戯曲も書きたかった。その名残から、本を読んでいます。


 ですが、そんな不安定な、それも、なれるかどうか分からない仕事に就くことは、家族のためにできないんです。父を亡くしたいま、家族を支えていかなければならない……とくに、妹に高等教育を用意するためのお金を稼がなければならない。


 だからこそ、どれだけ辛くても、この仕事を辞めることができません。話を聞いているかぎり、きみも、ぼくと大体同じ理由を抱えて、この仕事をしているのだと思います。じゃないと、長期任務を命令されて、それを引き受けたりしないでしょう。


 ぼくは、きみのためだけに生きることはできないし、きみのためだけに時間を割くこともできない。もしかしたら、一緒に過ごすことができるようになるのは、一年も二年も先になるかもしれません。


 こんなときに、恋をしてしまった自分を、こんなときに、とても魅力的なきみを見つけてしまったことを、うらんでしまいます。


 それくらい、ぼくは、きみのことを好きでしかたなくなりました。


 だから、この手紙を書いているのですし、くどくどと文章を連ねずに、きみからの告白を受け入れたい気持ちでいっぱいです。


 しかし、これから先のことを考えると、果たしてぼくたちは結ばれていいものか………………いや、こんなんじゃダメだ。


 弱気になるな。自分のこの想いは、ぼくたちを引き裂くかもしれない運命を、砕くことができるはずだ。どんな障壁も、越えられるはずだ。伝えろ、伝えないと、ダメだ。手紙じゃなくて、いま、会いに行け。そして、マヌールの目を見て、しっかりと言うんだ。


 だれがなんと言おうと、マヌールのことが好きだ――と。

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