24. フレア作『もう叶うことのない夢』

 今回のお題は『チョコレートケーキ』でお願いします。深い意味はありません。(アッシュ)


 分かりました。(フレア)


     *     *     *


 題名『もう叶うことのない夢』


 一日一個まで……と言われていた、チョコレート味の飴。楕円形の、チョコというよりコーヒーのような色をしたあめ。緑色の包装の飴。素材は覚えていない。あまりに遠いむかしのことだから。そのチョコレートの飴は一袋二十個入りで、わたしの家庭でも買えるほど安かった。でも、ほんとうのチョコレートケーキだけは、食べさせてもらえなかった。


「あのケーキは、ものすごーく甘いから、すぐに虫歯になっちゃうの」


 と、お母さんは言っていたけれど、ほんとうは、このケーキを食べたらわたしが何度もねだってしまうんじゃないかって、心配していたのだろう。


 だけど、わたしはチョコレートケーキが食べたかった。

 今度の誕生日に食べたいと言っても、それは許されなかった。


 父親は自分の夢を追うばかりで、家庭のことなんて二の次にしか思っていない。お母さんは苦労をして、わたしを育ててくれた。だから、ねだって、ねだって、わがままばかり言ってはいけないのだと、わたしは知っていた。


 父親は「良いじゃないか、一度や二度くらい」なんて、無責任に言うけれど、なにも分かっていないんだ。自分が、お母さんの立場になってみればいい。わたしは、お母さんの味方でありたいし、父親の肩を持たないって決めている。


 お母さんは、だんだんとわずらいだした。そのとき、もう「寿命」は分かっていたらしい。だから、急にこんなことを言い出した。


「次の試験で全部の教科で八十点以上を取ったら、チョコレートケーキを買ってあげる」


 だけどわたしは、数学がとても苦手だった。父親はむかし、「俺の子なのにな」なんて言って、わたしを泣かせて、お母さんと口論をしたことがある。それなのにお母さんは、


「数学もちゃんと八十点以上を取るんだからね」

 そして――

「分からないところは、お父さんにきなさい」

 と、言ってきた。


 当時は、泣きべそをかいていたのだけれど、いま思えば、これからは父親とふたりで生きていくことになるのだから、ちゃんと信頼しあえるようにと、そのための種をこうとしていたのだろう。でも、わたしは、どんな分からない問題がでてきても、自力で解こうと決めた。


 だから――

「七十点じゃ、買ってあげられないね」

 と、容赦なく言われてしまった。あんなに優しいお母さんに。父親を頼らなかったことに、怒っていたのだと、いまでは思う。


 わたしは、〈お母さんにチョコレートケーキを買ってもらう〉という夢を、実現できなかった。

 いまのわたしは、いつでも、チョコレートケーキを買うことができるようになった。

 だけれど、もうあの夢は叶わない。そう思うと、ときおり涙を流したくなってしまう。

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