25. アッシュからマヌールへ(2)

 もう一度、強調しておきます。


 きみも知っているように、ぼくは文章を書いて生きていきたいと思っていた。小説を書く、詩も作る、戯曲にだって挑戦する……そんな「物書き」になりたかった。


 けれど、その想いを捨てて公務員になり、官憲として辛く悲しい任務を引き受けてきました。しかし、誘惑に駆られてしまったことで、むかし砕いてしまった夢の欠片を、拾ってみたくなったのです。


 きみが見つけた書簡の相手、すなわちぼくの「友達」というのは、フレア・ルングマンという哲学者です。知っていると思うけれど、あのブニエーエル・ルングマンの娘で、官憲の監視の下に置かれている人物のひとりです。


 ぼくは、きみと付き合いはじめたとき、彼女の監視を任務としていました。彼女の生活と軌を一にするように、ぼくは日々生活をしなければならなかったのです。


 それに、きみとは違って、直接会って話す機会もたくさんありました。もちろんそれは、きみととのような、恋人どうしの会話ではありません。ですので、浮気をしたということではありませんし、恋心を抱いていたというわけでもないのです。むろん、も、フレア・ルングマンとそうした仲にはなっていません。


 しかしぼくは、あるきっかけから、フレア・ルングマンと小説を書き合う関係になりました。お題に沿った小説を書き、それをこっそり相手に渡し、相手が書いたものと一緒に、コメントのついた自分のものを返してもらい……と。


 だから、どちらも常に、いくつかの原稿やメモの束を持っている状態でした。きみが見つけたのは、それです。


 顔を合わせて原稿のやりとりをするのではなく、書いたものは、フレア・ルングマンの研究室のポストに入れておくことになっていました。ですから、フレア・ルングマンと一緒にむつまじく過ごしたということは、決してありません。


 なぜ、ぼくとフレア・ルングマンが小説を書き合う仲になったのかというと、同僚がルングマン家を家宅捜索したとき、その父、ブニエーエル・ルングマンを拘束したことがきっかけです。


 きみは、くどくど「言い訳」のようなものを並べ立てることを、好まないでしょう。ですが、ぼくだって、自分の無実を証明したいのです。そのために、ことのいきさつを書いています。辛抱して読んでください。

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