第14話 学園祭だと言うのに

 土曜日とはいえ学園祭前ともあって、公認非公認に関わらずサークルに所属する学生の出入りは激しい。平素の講義日よりもにぎやかに聞こえるのは、まさに祭りの準備だからだろう。勝手に頭の中でケとハレなんていう民俗学の用語が浮かんでくる。ただ純粋に堪能すればいいのに、なんて自分で嘲るような気持ちにもなる。なるのだが、自分うんぬんよりも嘲るどころか、

「いやーやっぱり大学っていいね。このちゃちなのに盛り上がれる感じ」

 どっかの代表取締役だとかが構内の喧騒に感嘆をするものだから、この機を営業成績につなげようなんてことを考えているのではないかと不安をぶつけた。

「そんなことしないよ、僕だって」

 言いながら獲物を探すジャッカルの視線がもういかがわしい。それをまた軽妙に説得力もなく否定するものだから、

「いかがわしいんじゃなかったら、きょどらないでください」

 そんな指導、いや調教をしておいた。僕を先頭にして若干の歩数を稼いで風間さんとなっちゃんさんがついて来ていた。

「だってねえ、在籍生が先陣切ってるとツアコンみたいでかっこいいじゃない」

 まったく理由になってないのは、根拠を納得させようという意志がないからである。風間さんにそれを期待するのは野暮なのだが。

「まあ、このにぎわいにまぎれれば、ばれないと思うけどね」

 こんな調子である。

 初対面の人と会う時に知人が間に入っていると緊張感が抑えられたり、話しがスムーズに進んだりするのは往々にして散見されることである。風間さんとはいえ、例に漏れずなのだろう、いやたぶん違う。

 この大学であの社・施設に関する研究分野とあれば、僕のゼミの教授しかいない。そういうことなのだろうと思って研究棟に向かっていたのだが、

「あ、……清水く」

 構内が物珍しくて落ち着きのなかった風間さんが何かを言いかけると、脱兎の勢いでなっちゃんさんが駆けだして、どんどん遠くなっていった。

「風間さん、なっちゃんさんにセクハラしたでしょ。早く謝罪を」

 一瞬あっけにとられたが、下手人に心当たりが一人しかいない以上、なっちゃんさんのご機嫌を直すためにも、訴訟をちらつかせて社会的信用を失墜させてやるのが最も効果的な役職の男にけしかけてダッシュした。

 言いだしっぺというか、勧誘のきっかけというか、発起人というか、そういう働き手であるはずの風間さんがまったく追跡をする意思を催している感がなく、後ろから蹴り飛ばすか、狩猟犬を放ってやろうかと気が立つくらいにのっそりとしたジョギングレベルの速度で、僕は先んじては戻り風間さんに発破をかけ、またダッシュしてまた風間さんに戻るなんてことを何度したかしれない。

 もはやゼミ室も大講堂も通り抜け、研究棟さえ素通りしてしまった。すでになっちゃんさんの背中どころか足跡さえもうかがえない。なっちゃんさんがアスリートだったとは知らなかった。そんな状況でなぜそちらへ走ることが出来たのかと言えば、

「なっちゃん、右に曲がったね」

 鼻孔を膨らませたり縮こませたりしながら、それでも亀並みのジョグを続ける風間さんがいたからである。もういっそのこと競歩か早足かにした方がどんなに速いことだろう。そんな犬みたいな嗅覚があるくらいなら、それこそ犬並みの疾走を見せてもらいたい。一応風間さんは人間だから、そんな嗅覚は実に疑わしい判断なのだが、構内の構造的には間違ったルートではない。だから、風間さんの言うことなのに従わなければならない、なんという苦渋さ。とはいえ、目的がなっちゃんさんを探すことだから無碍にもできない。

「おーい、清水クーン」

 僕は足を止めた。振り向くと、風間さんが指さしていた。僕の前には身長よりも大きなガラスのドアがあった。その先を指示していたのだ。駐車場に出るはず。風間さんは少し息を弾ませて僕の横に並ぶと、またしても外を指さした。

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