第34話 日常

 夕食が終わり、なっちゃんさんは浴室へ行った。僕は洗い物をしながら、ふと考えた。僕の対面で食事をするなっちゃんさんがいるという日常を。なっちゃんさんがいなくなった時間の寒々とした重さを。なっちゃんさんが帰って来た時のあの感情を。食器についた汚れを、洗剤を付けたスポンジでこすり、水で流していく。あらゆるところをこすったはずなのに、汚れが残っていたり、ぬるっとしたところがあったり、それらはその段になってからでしか気付かない。だから、もう一度それをこすって流して綺麗にしようとする。その一方で気付かない、見えない傷が食器に刻まれていく。それが年季になる、愛着になる。それは使った人の人生と同じになる。

 洗い物を終えて居間に座った。まだなっちゃんさんは戻ってない。しかし、この家の中にはいる。それだけで安堵している自分がいた。

「ああ、ここにいてえなあ」

 寝っころがって照明が目に入った瞬間、自分の声が聞こえて驚いた。

「どうしたの?」

 なっちゃんさんが入って来た。メガネのフレームと同じくらいに目を丸くしている。

「いや、なんていうか、はは」

 起き上がりながら、言い訳さえも出ずに笑って誤魔化した。というか思わず出てしまった言葉は寝言と同じだった。だから自嘲じみて笑わずにはいられなかったのだ。

「じゃあ、僕もお風呂入ってきます」

 できることと言えば、まさにその場を誤魔化すことだけだった。

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