第33話 なっちゃんさん、帰って来る

 なっちゃんさん母さんが帰ったその夜のこと。そろそろ何か食べようかなと思えるようになって、台所へ立とうとすると、家の戸が開く音がした。ずいぶん懐かしい音の気がした。開ける音、閉める音で分かる。僕は玄関へ走った。僕の足に鉄球はなくなっていた。走る距離ではないし、距離というほどの空間でもないのだが。そこにはなっちゃんさんがいた。浄火に行った時と同じ格好のままで靴を脱ごうとしていた。僕を見止めると、すごく間が悪そうな表情を、平静でつきとおそうとして、

「た、ただいま」

 目を逸らして眼鏡をクイと上げた。

 僕は、燃えるような、いや今燃え始めたのではない。ずっと七輪の中の炭と同じで、種火として存在していた、その静かなそして決して消えない火が盛んに再び燃え始めるような感じがした。

 なっちゃんさんはそそくさと居間に入った。僕は夕食を作り始めることにした。出来上がったメニューを見て、なっちゃんさんがほころぶのが見えた。ただ、なっちゃんさん母さんが来たことを告げると、

「それはもう言わないで」

 顔を赤くしてしきりに袖を摘んでいた。

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