第8話 飲みながら思い出してみる
風呂から上がると、ちょうどなっちゃんさんがロックグラスを持って居間から出て来るところだった。
「部屋でこれ飲んで寝る。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
丸メガネを外して挨拶するから、僕も頭を拭いていたバスタオルを止めて一言。居間に入る瞬間、なっちゃんさんの背中を見た。肩が上下に大きく動いたようだった。息を吐き出したのは酒の回りのせいだろうか。僕は居間になっちゃんさんがいないことをいいことに、同じように大きく息を吐いた。どうもまだ今晩のことが思い浮かべられてきて仕方なかった。キッチンに入り、冷蔵庫から三百五十ミリリットルのビール――といっても第三のビールだけど――を取り出して、小さなグラスを棚に探した。けれど止めた。プルタブを開け、居間に入り、座り込むと一気にあおった。どれくらい飲めたか知れないが、喉を通らせた後また大きく息を吐いた。ビールを飲んだ後の例の動作であり、やはり拭いきれない記憶を吐き出したい思いでもあり。なっちゃんさんがいたらここまで盛大には決してできなかったろう。できるとしたら、自室に戻ってからぐらいだ。蛍光灯を見た。円形の蛍光灯がやたらにまぶしかった。
――そういえば、あいつの火はまぶしいって感じなかったな
またしても思い出してしまっていた。顔を元に戻して頭を左右に何度か振って、ビール缶に口をつけた。もう一度息を吐くと、視界が歪んできた。頭を振るべきでなかったと後悔しても遅かった。その缶を開けて、二本目を飲み干して自室に戻ったのはもう日をまたいでいた。
翌日以降、構内は不審火も焦げ跡も、それらしい事件はなく、ガス管の切断の件もお蔵入りとなった、そうだ。
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