第15話 サラマンダー?VSかまいたち?


 ドアノブを握り、上腕と下腕に少し力を込めてドアを押した。隙間から強い風が吹き入って来た。猛烈な、それこそ台風のような風ならばそもそもドアを押し開くことが出来ないか、もっと全身に力を込めなければならない。それに比べればましなのだが、風の勢いはまさに疾風と呼ぶようなけたたましさだった。爽快な秋晴れの日ではなかったが、かといって低気圧の接近は天気予報でも空模様でもまったくにおわせもしてなかった。それなのに、そこだけが尋常ならざる気象状態。思い切ってさらに押し開いて外に出た。そこは確かに駐車場だった。多くは軽自動車だ。ドアを開いた時でさえ感じた、この強風の中数十台の自動車は横転するどころか微振動さえ起こしてなかった。

「あら~始まってますか」

 こんな時でさえ風間さんの口調は軽い。顔もどっちを向いているのやら。それにつられるわけではないが、視線を上げると、風が線を蛇行に描いていた。視認できる風というのもおかしいかもしれないが、見えたものは仕方ない。それも一本ではない。二本だ。ドッグファイトでもなかろうに、互いにけん制し合っているようにも見える。さらにはその線が、速度が鈍化すると僕にはラジコン同士の競い合いには見えず、それよりもむしろ見知った色合いを帯びていた。

 中空で一瞬それらが止まった。やはりだ。炎に包まれた爬虫類が空を飛んでいたのだ。もう一方は、

「あれって……」

「見たまんまですよね」

 僕は目を疑っていたのだが、風間さんも同じ生物を視認したようだ。白いイタチが、同じく空を飛んでいたのだ。

「でも、前足が、その……鎌みたいに見えますけど」

「だねぇ」

 風間さんは両生物に驚いた様子が微塵もない。そっちの方が驚きなのだが、風間さんの方が先にこの状況をよく思い起こせば認めていた。そういえば、僕が下宿に入ったしたころ、風間さんは霊能力がどうのとか言ってた気がするなんてことを、今更になって思い出すことになるとは。ということは、あの炎の生き物も、空飛ぶイタチもやはり既知の常識的な生物ではないということになる。文字通りならば、かまいたち。

 とか言っている間にも、一旦間を取った炎もイタチも再び空中での滑走を始めていた。よく見れば鬼ごっこをしているようにも見える。それこそイタチごっこか、などとたわけたことを思ったついでに、これらの生物を未知に分類したきっかけは、風間さんの戯言を是と前提にしていたことに気付いて、いたたまれなくなった。というわけで、

「あのこと知ってるなら、とっとと丸く収めてください。さもないと警察呼びますよ」

 軽いジャブを風間さんにぶつけてみた。

「いやーそれは困りますねえ。でもまあ、すぐに片付きますよ」

 よし、次はボディブローだ。労働基準監督署に通報しようかと思っていると、スマホを探す手が止まった。距離を設けたイタチが静止したかと思うと両腕を順に袈裟切りの要領で振るったのだ。瞬く間に風が刃になって炎の爬虫類に向かって飛んでいく。その火の生物は静止することなく口から火の玉を二つ吹き飛ばし、さらに空を進んだ。刃の風は火の玉によって粉砕されてしまった。イタチはそれに驚いたように身を伸ばして、さらなる飛行の姿勢の構えをした。ところが、飛ぶことはなかった。頭部を力なくおろし、身を反転させ、丸くなった。火の獣がスピードを上げて近づいていく。

「おい!」

 僕は叫んでいた。炎の爬虫類が止まり、僕を見た。

「そいつ殺したりしないよな」

 火の獣はじっと僕を見つめていた。艶のある目から僕は目を逸らすことが出来なかった。まるで「殺したりはしない」と言っているように見えた。

 それは再び動き出した。口を開けイタチに向かっていても、それが捕食でない確信があった。とはいえ、爬虫類がイタチに口を開けて迫る、しかも空中でというシーンに好奇心が疼かなないというわけでもなかった。

 火の生物は大人しくなったイタチを咥えると、身をひるがえしてどこかへ飛んで行ってしまった。どこか、というか駐車場の反対側だから、学生玄関とか正門とかの方なのはすぐに分かったのだが。せめて、誰も気づくことなく、動画に撮られることもなくなんてことを心底願っていた。

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