第11話 男子大学生、つるんで家電量販店へ
家電量販店へ向かいながら、僕は少し考えていた。ゼミ中に頭をもたげていた件ではない。むしろ、ゼミのおかげで新たに浮かんだ問題である。もしかしたら、本当に僕は「憑かれた」のかもしれないと。だから、サラマンダーに遭遇して、目撃して、……。だけれども、藤村さんが発表していたことだが、それだとして憑いたということではない。というのも、僕は体調不良にもなってなければ、怪我をしてもないし、翻って大金が何のわけもなく手に入ったわけでもない。僕は聖人君子の自覚はないし、無自覚に誰かの不興をかって恨まれる、そんなことがまるっきりないとは断言できない。だから、もし呪いみたいなことをされた結果、憑いたのだということもないとは言えない。悪魔の証明である。けれども、僕自身にも、僕の周りにも異変らしい異変は起きてない。だとしたら、一応憑かれてはないと、生兵法の解釈で納得するしかない。僕の中の意地汚い部分が、「今度の調査で『あなた憑かれてますよ』と言われたら、お祓いをしよう。本物なら見えるはずだから」みたいな邪念を生んだ。
そんなこんなを思っていたら、内山の背にぶつかった。
「なんだよ、赤信号だぞ」
素っ頓狂に内山は振り返った。
「いや、考え事をしていて。悪い」
「授業中もそう言ってたな。なんか悩んでんのか?」
下野も内山の横で変な顔をしていた。
「いや、悩んでいるのとは違う。ほら、青になる」
二人の視線を前方に戻した。率直に、そうなのだ。考えているわけではなかった。ただぼんやりと浮かぶサラマンダーとの遭遇が何度も何度も僕の頭で再生されていただけで。僕自身いったい、何を思って繰り返し見ているのか、自答できるなら自問のし甲斐があるというものだが、それは望めない気がしていた。どっちかというと、その映像のリピートを、山からの眺望のように、水平線を見つめるように、ただただ見えていることが息をするのと同じになっていた。
家電量販店で時間をそうかけずにⅠCレコーダーを少額でも値切って購入できたのは内山と下野がいたからだが、その代わりに近くのコーヒーショップでおごることになった。
「サ、じゃなくて、精霊についてよくまとまった本があるなら紹介してくれ」
と、内山に尋ねたのは、その帰りである。
ついでに一部風聞と断ったうえで、下野が別れ際にこんなことを思い出した。
「藤村さんもネタにしてたけど、丑の刻参りを物見遊山したろ。あの辺りって幽霊とか目撃情報が少なくなかったんだよ、けどお前たちが行った後から情報激減どころか皆無。マジでとり憑かれたんじゃね?」
内山は「そういえば、あの頃から俺……」などと与太話なのか天然ボケのマジ話なのかをし始めた。たぶんひきつった笑いになっていただろう僕は、まったく別のことが頭に浮かんでいた。
この日買ったⅠCレコーダーだけでなく、教授から指南いただいたツールを駆使した結果、僕の泊りがけの聞き取り調査の取りまとめは予定よりだいぶ早く完了させることが出来た。まさか八月中に終えられるとは思ってもいなかった。
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