第二章

第5話 大学の噂

 その噂が他の学科生よりも少し早く耳に入ったのは所属するゼミが民俗学専攻だったからかどうかはさておくとしておこう。単なる噂と流せないのは、研究のせいとも言えるし、神社で目撃してしまった経験のせいとも言える。

で、その噂と言うのは、構内に妖怪がでるとか。

 初めは駐車場のボヤ騒ぎだった。ボヤというのも大げさで駐車場の端っこの雑草が焦げたくらいの件だった。どうせ誰かの吸い殻のポイ捨てだろうだと誰しもが思ったのだが、辺りの清掃を昼にしたばかりで、その直後に火元らしいものが何も発見されなかった。とはいえ、不注意は十分考えられたので、大学関係者全員へ注意喚起のメールが入った。

 その翌日には警備員が巡回を終えて終業に背を伸ばした際に目撃した。日の入りして少し経った頃だと言う。すでに職員は退勤していた。食堂裏の人気のないところに、道路の反射ポールかのような火の柱が立っていたのだそうだ。はっとして食堂の裏口から入って(警備員なので鍵を持っていたそうだ)、消火器を取って戻ればすでに火の柱はない。地面が焦げた跡があったが、もう火はない。バケツいっぱいに溜めた水を一応そこにかけておいたそうだ。事務局へはその日のうちに報告済み。昨日の今日の上に、やはり火元がないことで、不安をあおってもとの判断でこれは一部だけが知っているに留まったそうだ。

 もうこの時点で僕は嫌な予感がしていた。いやがうえにも、神社で目撃した火の玉とか火の生物が頭をよぎった。もしかしたら、僕か内山が付け狙われているのかとさえ思った。けれども僕の家や、あるいは内山周辺でそういう不可解が起こってはいなかったから、なおさら何事なのだろうと首をかしげてしまった。その上、あの時と違うのは火の跡があること。僕には必要のないことなのに、頭を抱えてしまった。そこに舞い込んだのが、それは妖怪の仕業だ、という噂である。社会学のゼミによる社会調査の一環の誤認の流布とか、社会心理の実験研究かとさえ思ったのだが、教授に確認してなかった上に、顔見知りの学生が所属しておらず、根拠のない伝聞を確認のため、他の学生たちに情報を求めた。それも又聞きのため、この噂自体が妖怪とさえ思えてきた。そんな僕の個人的な心象がその翌日には一般の学生まで流布する不安に変わった。

 構内に敷かれたガス管がすべて破損したのであった。朝出勤した准教授が構内のいたるところのアスファルトがめくれあがり、ガス管が切断され突出している様子に慌てたとのこと。関連各位に連絡の上、消防が駆け付け、一帯を一時封鎖する騒ぎにまでなった。その後警察から事情聴取されたのは、研究室に泊まり込んだ教授たちや、昨日夜遅くまでいた学生などなど。しかし、要領をえないというか、警察や消防も事態の異様さに大学関係者、というよりも大学に恨みを持つ団体、個人でそんなことを一夜でできるはずないと早々に考えていたようだった。それはコンクリートをめくり上げた騒音がなかったばかりではなく、ガス管の切断面が裏付けとなったようだ。鋭利な刃物だけならまだしも、その形状が一様でなかったのだ。何をどうしたら、そんな切断になるのか、専門家すら首を傾げる始末だったようだ。

 噂の上に、僕の記憶。確かに妖怪か、何か得体のしれない何某かならそれは可能かもしれないと、僕は微妙な納得をしてしまった。その僕がまさにこの噂の現場を目撃することになるとは。

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