第26話 異常事態発生になっちゃんさんが駆けだして
瞬く間に辺りを覆い尽くす煙。靄か霞が一瞬にして辺りに溢れたような、あるいはテレビのバラエティーとかで見るノズルで噴霧されて一帯が白色の粉じんに染まるような、そういう現象が目の前に現れた。いくら続々と燃やされるからと言っても、急激に辺りを煙が覆うなんてことはない。そう覆ったのだ。煙なら立ち上るだろうし、風があったとしても風上から風下への流れがある。そういうのとはまるで違ったのだ。さらには煙った時の眼にしみる感じやせき込むことがない。確かに息苦しくはある。あるのだが、これは果たして煙なのだろうか。靄や深い霧に包まれてしまった、そんな風景と言えなくはないが、事態はそんな悠長なことは言っていられない。
「君は、そこにいて」
なっちゃんさんが僕の手を握って、そう血相を変えて言った。その眼はいつも見ているなっちゃんさんの眼とは違っていた。まるで爬虫類のような。その上、その眼が磨かれた鏡のように光っていた。僕が息を飲んでいる間に、さっさと走って行く気配がした。なんといっても視界は数メートルどころか数十センチもない。身近にいたなっちゃんさんが影となり煙に飲み込まれていった。
四方八方から悲鳴やどよめきが上がっていた。
そう言えば、同学もいたんだった。なっちゃんさんに静止させられていたが、やはり心配である。僕は小声で内山の名前を呼んだ。二度、三度呼んで反応があった。僕は震える声の方へ歩いた。十数歩歩いて丸い影がうっすらと低い位置にあった。内山がしゃがんでいた。僕も横にしゃがみ込むと、すねる子でもあるまいに、内山は枕を抱えるようにして体を抱えていたのである。
「なんかもう超怖い。バイノーラルで野獣が至近距離でうなってるみたいな。ああ、俺食われちまうよ」
こんなに怯えている内山は珍しいが、野獣というフレーズはよからぬ方へ想像がはためいてしまって確かに聞き捨てならない。僕は何も言えず、内山の肩を一度軽く叩いてから立ち上がった。頭をよぎった。神社、内山、変な現象。否応なく、あの時のことを思い出したのだ。連想ゲームだ。すると、目が慣れてきたわけでもないが、何かが動いているように見えた。さらに凝視すると、はっきりと容姿ではないが、それこそ蒸気が形態化していて動いているように見えた。サラマンダーと、図鑑などで見たことのある伝説の生物の姿。龍だ。この二頭? 二匹? が、あれは手をつないで仲良くお散歩ではまるでなく、明らかに険悪にけん制している様子だった。間を取り合っている武道家の試合みたいな状況だった。武道家という例えが良いのか悪いのかしれないが、両者を取り巻くなんというか氣とかオーラとかそういう類の、普通なら目に見えないはずが煙なのか水蒸気なのかっぽいものがまさに妖気立つようにして増幅し、揺らめきだした。こんなもの目撃者多数で通報ものだ。社務所から神主とか巫女さんとかがお祓いという得意技を駆使するために駆け付ける事案だし、消防車やパトカーなどの救急車両が来てもおかしくない。おかしくないのだが、それよりもおかしくなったのは、さっきまでの悲鳴やらどよめきが一切消えたことである。参拝者の気配すらない、人っ子一人いないような空間と化していた。
さらには両者のにらみ合いが圧倒されそうなくらいに熱気になって伝わってきた。すると、両者はその対峙のまま上空へゆっくりと昇って、それから急加速となって行ってしまった。もはやロケットの発射を観覧したような、一種の虚脱感さえ催された。
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