第26話 狩人兄弟の報告
魔物の襲撃から三日が過ぎた。
警戒体制は続けていたけれど、あれから村が襲われることはなかった。
雨雲は散って、朝から秋晴れの空気が澄み渡った一日だった。
村のみなを頼る、といっても全員で相談したら収拾がつかない。
代表者を屋敷に集めて、作戦会議をすることにした。
選んだのは十人。
ジラフ村長に、鍛治師のアクスト、大工のヘインズ。ほかは
カレンの言うとおりだった。
自分ひとりでは、この村の危機を解決できないことを認め、みなの力を貸してほしいと頭を下げたとき、誰もわたしに失望したりはしなかった。
怖がる必要なんて、なんにもなかった。
みんな、わたしがそう求めるのを待っていたかのように、意気込んでいた。
考えてみれば、一番はじめにカレンが言っていたことじゃないか。
何か問題が起きたときは、村のみなでよく話し合う、と。
それが、ずっと続いてきた、村の伝統だった。
わたしは、とっくの昔に、答えを教えてもらっていたのだ。
思えば最初の事件から、疑問に思わないといけなかったんだ。
魔物が村の中にまで侵入してきたのは、異常事態だった。
トロールを討伐するよりも、その根本原因を調べることが先決だったのに……。
エリンズを殺された怒りに目がくらみ、冷静さを失っていた。
ただ、自分の信じる正義にすがりついて、ひとりで突っ走っていた。
これじゃ、騎士団を追放されたときから何も変わらない。
カレンにあきれられるのも、無理なかった。
カレンにもみなに薬草茶を淹れたあと、席についてもらった。
聡明な彼女の意見も、きっとこの難事を解決する手がかりになるだろうと思ったのだ。
「……じゃあ、ジェフ、ジェイミー、報告を頼む」
わたしはテーブルの奥の席に座る若い男二人に、発言をうながす。
村の中では珍しいほど、たくましく研ぎ澄まされた肉体の持ち主だ。
彼らは兄弟で、狩人の生業をしている。
農耕主体の村にあって、野生動物のような雰囲気をまとった、ちょっと珍しい二人だ。
村の者を集めるのに三日置いたのには、わけがある。
彼ら二人に、魔の森の調査をしてもらっていたのだ。
危険な任務ではあったが、二人とも迷うことなく、この役目を引き受けてくれた。
「おう。みんな聞いてくれ。魔の森にとんでもねえモンがいやがったんだ。ガキのころから狩人をやって、けっこうな年になるけどよ。あんなもんを見たのは、人生はじめてだ。まったく、びっくり仰天、おったまげたなんてもんじゃねえ。親父も、じいさんも、そのまたじいさんもきっと見たことねえだろうぜ」
待ってました、とばかりに勢いよくしゃべりはじめたのは、弟のジェイミーのほうだった。
「ああ。オレたちにも判断がつかない。みなの意見を聞きたい」
兄のジェフも、低い声でそう付け足した。
ジェイミーはどこか軽い雰囲気のある男で、よく舌が回る。
一方のジェフは、口数は少なく、生真面目な男だった。
その姿も、ジェイミーは髪を油でなでつけ、身だしなみに気をつかっており、顔立ちもハンサムと呼べる部類なのに対し、ジェフはいかにも狩人然としたボロ着に、ぶしょう髭、髪も無造作に束ねている。鋭い目つきのせいか、男前というより無骨な印象だった。
正反対な二人だけれど、それでいて兄弟仲は悪くないみたいだ。
狩りのときも、いつも兄弟そろって行動していた。
「詳しく話してくれ」
わたしが先をうながすまでもなく、ジェイミーは話したくて仕方がないというふうだった。
「おうともよ。オレたち森に生きる狩人だって、魔の森にはめったに入ったりしねえ。ま、あそこにむやみに近づいちゃなんねえってのは、この村の常識だわな。けどよ、エリンズはいいやつだった。魔物に殺された牛や馬もかわいそうだしよぉ。領主様から、森の調査を頼めるか、って聞かれたときはオレも兄貴も一も二もなくうなずいたね。こいつは村の一大事だ。それに、領主様に頼りにされてるとあって、二の足踏んだりしたんじゃ、男がすたるってもんだ。で、まあ、準備万端、いざ尋常に、魔物だろうが干物だろうが来てみやがれ、っと魔の森の中に入ったわけだけどよ……」
「まてまてまて」
ジェイミーの長口上を、大工のヘインズが声をあげてさえぎった。
「お前さんが女を口説くときみたいにベラベラベラベラしゃべったんじゃ、日が暮れる。要点を言え、要点を」
ヘインズの言葉に、兄のジェフが苦笑を浮かべた。
「……だ、そうだ。頼む、ジェイミー」
あくまで報告のメインは、弟に任せるつもりのようだ。
兄のほうは、あまりしゃべるのが得意じゃないんだろう。
兄弟の特徴を足して二つに割ったらちょうどいいのに、なんてことを思う。
「任せてくれ、アニキ! ええと、要点な、要点っと……。そう! オレたちも魔の森にはめったに足を運ばねえんだけどよ。けど、入った瞬間、思ったぜ。どうもこいつは様子がおかしいってな」
「ああ。魔物の気配が明らかに普通じゃなかった。嵐の前の獣に似ていた。何かに怯え、それに興奮もしていた」
「そうそう。まっ、魔物なんてのは、もとから異常な連中だけどよ」
またアクストが口をはさみたさそうにしていたけど、わたしが目で制する。
ささいなことに聞こえる報告も、何か重大な情報をはらんでいるかもしれない。
二人には、覚えているかぎり、見てきたものを伝えてほしかった。
「こいつは、いよいよおかしいと思って魔物の森の奥まで進んでみたんだ。ヤバい気配もそっちからしてたしな。そしたら、どうだ? とんでもねえもんを、俺たちは見ちまったんだよ」
たしかにジェイミーの口上は、報告としては長々しいが、聞いていると、つい引き込まれる
まるで詩人の語るうたのようだ。
もとより、冒険小説が大好きなわたしだ。
ひととき、立場を忘れ、
村の者たちも、食い入るように彼の次の言葉を待っている。
「そいつはなんと! おっそろしくデケエ魔物よ。いや、あれは魔物っつうより化け物だな。いま思い出しても震えがくらぁな」
「ああ。魔の森にあんなモノはいままでいなかったはずだ。オレもアレは怪物だと思った」
ジェイミーのみならず、寡黙なジェフですら、少し震えているように見えた。
「化け物のような魔物か。どんな外見だったか覚えているか?」
「ああ。忘れようったって忘れられねえよ」
そう威勢良くジェイミーは答えたが、どうも彼のほうはその魔物を目にした途端、一目散に逃げ出してしまったみたいだ。
化け物の特徴を細かく教えてくれたのは、ジェフのほうだった。
兄のジェフが魔物の詳細を話すと、ジェイミーも「そうそう、そんな感じだったぜ、アニキ」とお調子良くうなずいている。
けど、そんな彼の様子にツッコミを入れている場合じゃなかった。
その外見にぴったり一致する魔物の名を、わたしは知っていた。
もし、予想があっているなら、大変な事態だ。
ジェフの報告が進むにつれ、いよいよわたしは確信した。
「……
わたしのつぶやきは、みなの耳に届いたと思う。
けれど、その魔物の名を知る者は、わたしのほかにいない様子だった。
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