第36話 村おこし
木こりのハンス、鍛治師のアクスト、それにエリンズの妻が声を上げたのをきっかけに、みなは呪縛が解けたように思い思いの考えを口にした。
月影樹の地底根購入に賛成のもの、反対のもの。
様々な意見が飛び交う。
――カレンは村の一員なんだから、村のみなで助けるべきだろう。
――そうだ。いまこそ、みんなで一致団結するときだ。
アクストたちに賛同して、そう声をあげてくれる人たちもいた。
――いままで領主様の言うとおりにして、何か間違ったことがあったか?
――ああ、あの化け物だって領主様の言うとおりに退治できたじゃないか。
――領主様を信じよう!
そう呼びかけるものもいた。
正直、胸が痛い。
今度ばかりはわたし自身、うまくいく自信なんて、ぜんぜんない。
ただ、カレンを救うにはこれしか方法が思いつかなかっただけだ。
リスクも不安も包み隠さずに説明している。
けど、みなの信頼を盾にしているようで、気が引ける思いも湧いてくる。
それ以上に、不安を口にする声のほうが大きかった。
――借金を負うのは怖い。
――あまりにもリスクが大きすぎる。
――村のみなで協力するといっても、それとこれとは話が違う。
――たとえカレンが元気になったとしても、残った借金をどう返すんだ。
声を出せないでいるものも、同じように感じている村人は少なくない印象だった。
ときが経つにつれ、反対の声は大きくなっていった。
やっぱり、こうなったか……。
半ばは覚悟していたことだ。
村のみんなは責められない。
けど、わたしの力の至らなさを、悔しく思う……。
「その購入費用は、村おこしの投資金と考えればよいのではないですかな」
顔を伏せかけたわたしの耳に、声が届いた。
再び前を向くと、ジラフ村長がみなのまえでそう言葉を投げかけていた。
つぶやくような声音なのに、不思議と広場中にとおった。
彼はこっちを振り返り、まっすぐにわたしを見た。
集まったみなは、ぴたりと口をつぐんだ。
「領主様、この地方の州都も、かつては我々と同じ小さな村であったことはご存知ですかな」
「……習ったような気もする」
少し弱気に、わたしは答えた。
わたしの代わりに、村のものたちが声をあげてくれた。
「それなら俺も聞いたことがあるぞ。村の小さな泉が病気を治す水だって評判になったのが最初だって」
「ああ。聖母様の泉だろ、知ってる。なんでも村の娘が聖母様の声が聞こえるって、泉を掘り当てたらしいな」
「おお。それで、教会が聖地に認定してから、巡礼者がわんさかやってきて、いまじゃ州都になったって話だ」
なるほど、そんなようなことを習った気もする……。
なんて、デキの悪い生徒のようなことを内心思っていたけど……。
みんなが見ている手前、顔に出ないよう、わたしはしたり顔で、鷹揚にうなずいて見せた。
「ジラフ村長。もしかすると、それと同じことをこの村で起こせないかと考えているのか?」
「ええ、そのとおりです。領主様」
ジラフ村長はわたしの言葉にうなずき、続けた。
「我々、村のものは急な変化を恐れるものです。けれど、あなた様は領主になられてから、次々と良き変化をこの村にもたらしてくださった。それは、これからも続くものと、わしは思っております」
村のみなも、村長の言葉に聞き入っていた。
うなずきながら聞いてくれる顔も、いくつもあった。
「あなた様が領主になっていなかったら、わしらは不当な税を納め続けたままでした。新しい畑地や農耕具を作り出すことなど、思いも及ばなかったでしょう。魔物の襲撃を受けたとき、誰も何もできなかったに違いありません」
そうだ、そのとおりだ、とささやきかわす声。
「“変わらぬこと“は安全ではない。そうわしはあなた様のおかげで知りました。この村を守り続けようと思えば、変わることを恐れてはいけないのでしょうな」
賛同の声はさっきよりも、大きくなった。
「カレンには
「チャンス……」
ジラフ村長の話は、絵空事とばかりも言えなかった。
腐竜を村のみなで討伐したことは、ほかの町でもウワサになっているとも聞く。
村の知名度をさらにあげようと思えば、いまが絶好の機会とも言えた。
「なるほどな。“不治と云われていた病を治した奇跡の村“だ。泉どころの騒ぎじゃねえぞ」
「おお、そいつはすげえな。最初の借金なんて全部チャラになりそうだ」
「薬草園を作ろう。エリンズが遺してくれた土地がある」
「その月影樹のなんとかいうのも、栽培できるかもしれねえぞ」
「ついでに、農作物もいっしょに売っちまえ」
ジラフ村長の言葉をきっかけに、村のものたちの声は、カレンを救うべきか否かよりも、この機会をどう活かすかに変わっていった。
彼らの言葉を聞きながら、わたしも頭のなかで、その実現可能性を目まぐるしく検討する。
でも、最後まで口は出さないつもりだった。
「きっと、村に巡礼客が押し寄せるぞ。酒場が一件だけじゃ、とても足りねえ」
「うまい料理も、もっと作らねえとな」
「それもこれもカレンが死んでしまったら台無しだ。絶対に元気にさせるぞ」
「教区教会のネエちゃんも説得して“奇跡の村”として話を広めてもらおうぜ」
「ああ。教会に認定してもらえりゃ、百人力だ」
イライザはいま、わたしの屋敷でカレンのそばにいる。
これを聞いたら、苦笑するに違いない。
けど、カレンのためだ。
わたしもイヤとは言わせないつもりだ。
ジラフ村長がみなの意見をひと通り聞いてから、わたしに頭を下げた。
「残念ながら、わしらは読み書きも計算も得意ではありませんからな。これからも村のためによろしく頼みますぞ、領主どの」
「……わたしひとりでは無理だ」
いままでの領地経営だって、わたしには手いっぱいだったのだ。
急な村おこしなんて、ひとりで抱えたら頭が破裂してしまう。
時間も資金も人員も、きっとあっちこっち課題だらけになるはずだ。
その思いを、正直に白状する。
「けど、みなといっしょなら……。カレンがそばにいてくれるなら、絶対にできる」
これもまた、正直な思いだった。
わたしが迷いそうになったとき……。
ひとりでなんとかしなくちゃ、と問題を抱え込みそうになったとき……。
カレンがわたしの背を押し、蹴っ飛ばしてくれたなら、きっと大丈夫だ。
怖いものなんて、何もなくなる。
「なら、カナリオ村の将来のために、あの子を救う以外にありませんな」
すべての退路を断ち切るように。
ジラフ村長が断言した。
それに、村のすべてのものが賛成の声をあげた。
津波のような歓声だった。
徴税吏を追い出したときのように、その目の奥に怯えの色を隠しているものは、どこにも見当たらなかった。
演技には、とても見えなかった。
冬のさなかだというのに、汗ばむほどの熱気を感じる。
その熱は、自分の中からもせり上がってくるものだと気づく。
わたしはただ、黙ってみなに向けて頭を下げることしかできなかった。
胸が熱くなり、泣くのをこらえるのが精一杯だった。
もしこの村おこしのアイディアが、わたしひとりで思い描き、強引に村のみなを巻き込もうとしたなら、まず失敗する未来しか見えない。
けど、村のみなが主体となって動いてくれるなら……。
それは、とてつもなく大きな力になる。
宮廷騎士団ですら持て余すような、巨大な力を持った魔物を仕留めたことでも、それは明らかだ。
カレンのためだけじゃない。
わたしも、そんなみなの力になりたい。
彼らの言うとおり、村おこしがうまくいくとはかぎらない。
けど、何があっても、このカナリオ村を見捨てない。
わたしはあらためて、そう心に誓った。
◇◆◇
火喰い鳥の尾羽根の入手には、ヴァイスハイト団長とシーラの力を頼るしかなかった。
月影樹の地底根の購入を受け入れてくれたのは、村のみなだ。
黒南風の結晶は、シスター・イライザが手にいれ、教会で所有しているという。
すべて、わたしを支えてくれるみなの力だ。
ひとに頼らなければ、どうしようもなかった。
――けど、わたしは知っている。
ただ誰かに頼りきるばかりの人間に、ひとはついてこない。
運命の女神も微笑んではくれないだろう。
誰かに頼るなら、まず、率先してわたし自身が動かなければ……。
残るひとつの素材。
白魔雪の銀花。
これは、自分の手で探し求め、見つけ出す。
そう、心に決めていた。
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