第35話 素材集め
まず、素材の一つ、火喰い鳥の尾羽根について。
思い当たることがあった。
鳥、と名がついているが、それは巨大なトカゲに翼が生えたような奇怪な姿をした魔物だ。
非常に珍しく、また強力な種族で、下級のドラゴンに匹敵する厄介な魔物だった。
学術的には幻獣の一種と分類するのが正しいとか、宮廷騎士団の講義で聞いた気もするけど、このさいそれはどうでもよかった。
その名が示すとおり、活火山の火口をすみかとしている。
生物としては、異様なほどに炎と熱に強く、溶岩のなかですら活動できると言われていた。
ふつうに暮らしていれば、まずお目にかかることのないはずの魔物だ。
それが、なんの因果があってか、火山のふもとの住民を襲ったことがあった。
そして、それを宮廷騎士団で討伐した。
わたしもそのときの遠征組の一員だった。
最終的に火喰鳥にとどめを刺したのは、ヴァイスハイト騎士団長だ。
その際の死闘は、いまも騎士団内で語り継がれるほど激しいものだったけど、詳しいできごとは置いておく。
いま、大事なことは、いまも魔物の遺骸が宮廷に保管されているはずだ、ということだ。
もちろん、尾羽根も。
王都に向けて、急使を出すことにした。
ヴァイスハイト団長、それとわたしのルームメイト、見習い騎士のシーラに宛てて急ぎ、手紙をしたためる。
宮廷の保管物である火喰い鳥の遺骸を、どんな名目で手に入れてもらうかは、申し訳ないけど、知恵が回らなかった。
ムチャを承知で、なんとかして手に入れて送って欲しい、と二人に懇願するよりほかになかった。
なぜ、それが必要なのか、すべて包み隠さず手紙には書いた。
村の領民であり、わたしの世話係をつとめてくれた人が、死の淵に立たされている。
それだけじゃない。
カレンが自分にとって、どんなに大切な存在であるか、この一年、どれだけ彼女に助けられてきたかを、想いのままに書きつづった。
たぶん、
手紙を書くうちに、また涙があふれてきた。
けど、弱気になっている場合じゃない。
ヴァイスハイト団長とシーラの二人なら、きっとわたしの力になってくれる。
そう願うしかなかった。
もし、この願いを叶えてくれたなら、一生かけてでも恩を返したい。
手紙にもそうつづったし、嘘偽りのない本心だった。
わたし自ら王都にもどって、二人に直接懇願したい思いも、もちろんあった。
けど、ほかの材料も一刻も早く手に入れなければならない。
狩人のジェフ、ジェイミーの兄弟に使者の役目を頼んだ。
彼らは馬も乗りこなせるし、村で一番体力のある若者だ。
公共の郵便を使うよりも、彼らに直接手渡してもらうほうが安心だった。
出発前、村を囲う柵の外まで二人を見送り、深く頭を下げた。
「二人とも、どうか頼む。わたしの名前を出せば、悪い扱いはされないはずだ」
手紙は、滅多に使うことのなかった、領主の
雑な扱われ方はしないはずだ。
「……ああ。宮廷騎士団のヴァイスハイト団長とシーラ。名は覚えた」
「任せてくれよ、領主様。へへっ、王都なんて初めてだけど、このカッコで大丈夫かな?」
兄のジェフは重々しく、弟のジェイミーはひょうひょうと、それぞれうなずいてくれた。
「観光に行くんじゃない。オレたちは領主様の大切な使者だ」
「分かってるって、アニキ。じゃあ、領主様。ひとっぱしり行ってくるんで。元気になったら、カレンちゃんにもオレたちの活躍、伝えておいてくださいよ」
「ああ。二人とも、気をつけてな」
ジェフが手紙をしっかりとふところにおさめ、二人はそれぞれ馬に乗る。
あっという間にその姿は小さくなり、見えなくなった。
彼らが使者の役目を無事果たしてくれるだろうことは、信じて疑っていなかった。
◇◆◇
そして――四つの材料のうち、ただ一つ。
月影樹の地底根だけは、薬の原料としてごくわずかにだが、市場に出回っている代物だった。
だが、舶来品であるその品は、ほかの三種に劣らないほど稀少なものだ。
その値は、たとえ王侯貴族であろうが、簡単には手が出ないほどの莫大な価格だった。
購入資金を得るためにわたしが打てる手は、一つしか考えつかなかった。
――わたしの、カナリオ村の統治権を抵当に入れて借財する。
わたしが持つツテ、私財、人生経験、すべて引っかき回してみても、これ以上の財産はほかに見当たらなかった。
もし、この借金を返済できなかったら、カナリオ村は有力な地方貴族の私有領となる。
国王陛下から任命された領主権を、私的に売り渡す。
もしそれが発覚すれば、騎士の地位はく奪どころでは済まないだろう。
わたしの身に、どんな
最悪、入牢か処刑の可能性だってある。
カナリオ村も、貴族の私有地となる以上、何が起こるか予想もつかない。
いままでよりずっと重い税を課される可能性も、大いにありうる。
もし、この条件で金を借り入れても、統治権の譲渡まで猶予がある。
けれど、村全体で借金を負う形になることには、変わりなかった。
村の収益を計算すれば、現状、必ず返済できるという保証もない。
こんな決断を、わたしひとりで下すわけにはいかない。
村の代表者だけで決定していいとも思わない。
ジラフ村長に頼み、わたしは村のもの全員を集め、彼らをまえに、自分の考えを告げた。
誰ひとりに対しても、秘密にはしたくなかった。
「――以上ですべてだ。カレンの命を救うには、月影樹の地底根を購入する以外に手はなく、その資金を得るためには、いま説明した方法をとる以外にない」
わたしの願いを聞いたとき、村人たちはみな沈黙した。
当然のことだ。
これはもう、領主としての啓示じゃない。
ただのお願い、懇願でしかない。
自分たちの利益を何よりもまず第一に考える村人が、簡単に賛同できるはずがない、とは分かっていた。
たしかに、カレンは村の一員だ。
けど、村人全員がその死に責任を負うわけじゃない。
それなのに、わたしはそれをさせようとしている。
領主失格と言われても、何も言い返せなかった。
それでもわたしはみなに呼びかけた。
誰か一人でも納得できないようなら、別の方法を考え出すしかない。
そう決めていた。
痛々しい沈黙が広場にただよう。
誰かの身じろぎする音や、咳払いすら響いて聞こえるようだった。
木枯らしが身にしみる。
「待ってくれ」
わたしのそばで、声を上げたものがいた。
カレンの父、木こりのハンスだ。
「俺の娘のために、村を潰すわけにはいかない。領主様の言ったことは忘れてくれ」
低いが、よく通る声だった。
表情は押し殺しているが、顔色まではごまかせない。
その顔は、雪山の行軍で凍死しかけながら、部隊を全滅させないために「かまわずに先に行け」と訴える兵士のようだった。
誰も何も返事をしなかった。
わたしからも何も言わない。
……言えなかった。
わたしの立場でこれ以上の言葉をかければ、それは命令となりかねないから。
「それでいいわけあるかよ、ハンス。やれることが残ってるなら、あがけよ。絶対に後悔するぞ」
そう声を張り上げたのは、鍛治師のアクストだ。
彼が最愛の妻と子を亡くしていることは、村のものなら誰もが知っていた。
「金が必要だってんなら、俺が刀剣でも包丁でもいくらでも作って売りさばいてやる。だから、簡単に諦めるんじゃねえ」
彼はもう、その悲しみから立ち直っていた。
けど、他界したものたちが戻ってくるわけじゃない。
彼の声音は、我がことのように切実だった。
「わたしも、最後までやれることをやり尽くすべきだと思います。命があるかぎり」
アクストの主張に寄り添うように、そっと声を上げたものがいた。
静かに――けれど、力強く言い切ったのは、いまは亡き、農夫エリンズの妻だった。
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