第13話 領主であるために……

 ともかく、わたしはまだ納得しきれずにいた。

 カレンにさらに反論する。


「けれど、わたしが徴税吏ちょうぜいりを追い出したとき、みな喜んでいたじゃないか」

「あれは……」


 カレンは言葉を途切れさせた。

 何かを言うのをためらっている気配がする。


「かまわないから言ってくれ。わたしはけっして君に怒ったり、村人たちに罰を与えるようなことはしない」

「そうですか、では……」


 一拍置いたあと、告げた。


「あれはほとんど演技です」

「……演技?」

「はい。最初に領主様を褒めたたえる声を上げたのが誰だったか、覚えていますか?」

「……ジラフ村長だ」


 記憶をたぐりながら、わたしは答えた。

 カレンは小さくうなずき返す。


「あのとき、村のみなの頭の中にあったのはたった一つ。どう振る舞うのが一番、この先、自分たちの利益になるか、です」

「……その結論を最初にくだしたのが、ジラフ村長だったというんだな? みなもあとからその決定にしたがった、と?」

「そうです」


 カレンの言うことは理解できた。

 けれど、それを認めるとしたら、わたしはあまりにもマヌケだった。


「わたしたちは、明日を生き抜くために必死です。けれど、領主様が想像しているほど弱くもありません」

「わたしはただ……」

「わたしたちは、あなたの想像よりずっと、したたかで計算高い。みんな、内心では怯えていました。けれど、こうなったらあなたのことを担ぎ上げるしかない、と決めて喜んでみせていたのです」


 言葉と同時、冷ややかなまなざしがわたしに注がれる。

 あのときと同じ目だ。


 それでわたしは気づく。

 たしかに、カレンはわたしを嫌っているわけじゃない。


 、と。


 いまさらながら、理解した。

 村人たちはわたしをたたえ、喜色を浮かべながらも、その目の奥には怯えがひそんでいたのだ。

 わたしはそれに気づかなかったフリをしていた……。


 徴税吏を追い出し、得意満面だった。

 悪をこらしめた正義の騎士、ナターシャ様のようになった気まんまんだった。


 けど、実際は、自分より立場の弱い者をボコボコにして「さあ、オレについてこい!」と威張りちらしているガキ大将でしかなかった。

 そんなわたしの正体を、カレンだけはまっすぐな目で見つめていた。


「う、うぅぅ……」


 カレンや村人たちに怒ったりしない、と約束した。

 そもそも真実を指摘されて怒るなんて、筋違いだ。


 それよりも……自分が情けなかった。

 強烈な羞恥心しゅうちしんが湧きおこり、頭を抱えてしゃがみこむ。

 床を転げまわりたい気分だった。


「レイリア様?」


 カレンが驚きの声をあげていなかったら、ほんとにそうしていたかもしれない。


「……わたしはまんまと担ぎ上げられたわけか」


 自分の口からもれたのは、しおれたような苦笑だった。

 村人たちへの怒りも不審もない。

 ただ、自分のマヌケさを思い知るだけだ。


 考えてみれば、村長がカレンをわたしの元にやったのも、機嫌を取ろうとしてのことだろう。

 彼女は人身御供ひとみごくうにされたようなものだ。


 もしこれが騎士道ロマンス小説の一場面なら、わたしは正義の騎士どころか、完全に悪役ポジションだ。


 村の美しい娘を館にはべらせる悪徳領主の役。

 主人公にバッサリ裁かれる側の人間だ。

 ……女同士ではあるけど。


 どんどん、自分が恥ずかしくなってくる。

 彼女が正直に指摘してくれなければ、ずっと無自覚なままだっただろう。


「ありがとう、カレン。君がいてくれてほんとによかった」

「そんな、いまにも泣き出しそうな声で感謝されても、リアクションに困りますが……」


 はじめて、はっきりと自覚した。

 わたしは、このままではダメなのだ、と。

 思えば、その感覚は、騎士団を追放されたときからずっと付いて回っていた。


 村人から本当に信頼される領主にならなければ……。

 白薔薇の騎士ナターシャ様のような、騎士道ロマンスのヒーローになるなんて夢のまた夢だ。

 宮廷騎士団にもどれるような功績なんて、とても築けそうにない。


 何より、カレンにまた「おまえは何も分かってないな」とあきれかえるような、冷たいまなざしを向けられるのが怖かった。


「わたしはまだ、この村にとって異物なんだろうな……」


 カレンはなんの反応も返さなかった。

 ひとり言だととらえたのかもしれない。

 だから、今度は明確に彼女に問いかける。


「わたしが、この村の一員として、心からみなに認められるにはどうしたらいいと思う?」


 カレンの言葉は、棘のように自分に突き刺さっていた。

 村人たちに、その一員だと認めてもらうには、まだまだ遠い。

 このままじゃ、領地経営を成功させて宮廷騎士団に復活するなんて夢のまた夢となるだろう。


 けど、正直自分ではどうしていいか分からなかった。

 前へ進むためには、彼女からもっと学ぶしかない。


 カレンはわたしの質問自体をいぶかるようだった。

 けれど、ややあって、ゆっくりと口を開く。


「……わたしたちのことをもっとよく知っていただくこと。そして、ちゃんと利益になるようなお仕事をしていただくこと、じゃないでしょうか?」

「なるほど」


 村のことをよく知って、彼らにプラスになるよう努力する。

 まとめてしまえば、単純明快だ。

 まさに領主の仕事の本質だろう。


 カナリオ村のみなに、領主として心から認めてもらいたい。

 その願望にいつわりはない。


 けど、突きつめるとそれは、カレンに認められたいという強い気持ちだった。

 そのことを、このときのわたしは、まだはっきりとは自覚していなかった。


「ならば、カレン。村人みなが一番に、心から望んでいることとは、なんだと思う?」

「おいしいご飯をお腹いっぱい食べられること」


 今度は即答だった。


「いやしい願いだと思いますか?」

「いや。わたしも孤児院の出身だから……。ひもじさがどれだけ苦しいものか、よく知ってるつもりだ」


 ジラフ村長からも、ざっと聞いていた。

 村の平均的な暮らしでの主食は芋をこねて作る蒸しパンのようなもの、大麦を溶かしたオートミール。

 それに少しの野菜と、たまに黒パンや羊のミルク、エール酒がつけば上等といったところだそうだ。

 一日に朝、昼の二食がふつうだ。

 それも、いつでも食べられる保証はない。


 村人は日々の糧を得られることを願い、領主は安定した税の取り立てを望む。

 これは、太古の昔からつづき、きっとこれからも不変の営みなのだろう。


 あれは、わたしが七つか八つくらいのときだっただろうか。

 全国的な不作が王都にも影響した年があった。

 その頃は、パンのかけらをみなで分け合って飢えをがまんしていた。


 それでも、王都に住んでいただけ、マシだった。

 地方では、多くの餓死者が出たということを、宮廷騎士団に入隊してから教えられた。


「よし、分かった。ならば、まずは村の生産高を上げることを最優先課題としよう」


 領主としてすべきことが、はじめて明確になった。

 すべてカレンのおかげだ。

 

「ほかのことは?」

「ひとまず置いておこう。もともとこの村は在地領主がいなくても回っていたのだから」


 そう断言してしまってから、カレンの顔をうかがう。

 どう思う? と問いかけるように。

 彼女はあいかわらずの無表情だけど、その目はもう、冷たいものではなくなっていた。


「……それでいいと思います。それで、具体的に何か考えはあるのですか?」


 問いかけられ、わたしは首をひねる。

 方針は定まったものの、具体的な案を考えるのは、これからになりそうだ。


「……いや、何も思いつかない。まずはわたし自身が、村の実情をよく見て回ることだろうな」


 何せ、彼らの畑も仕事ぶりも、ろくに見たことがないのだ。

 資料の数字だけでは分からない、カナリオ村の実態をつかまなくては、案を出すも何もないだろう。

 そう思っていたら、カレンが助言を与えてくれた。


「なら、わたしから一つ提案があります」

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